2007年1月7日
北野美術館、湯島天神信濃分社でお参りをすませる
気がつくと雪もあがり、青空が顔をのぞかせていた
次はどこに行こうかな
長野でお参りといえば善光寺
「牛に引かれて善光寺参り」なんて諺にもなっているお寺でです
天神さんの牛に乗って いざ善光寺へ・・・・・
ふと思う、なんで長野に湯島天神信濃分社があるのか不思議だったけど
もしかして牛に縁のある神様を呼びたかったんじゃないのか?
こんな妄想をしてみる
きっと北野建設ではこんな会議があったに違いない
社長「長野オリンピックに向けてわが社をアピールできるものはないかね」
社員「それでしたらこんな企画はいかがでしょうか」
社長「話してみたまえ」
社員「長野が誇るランドマークといえば善光寺です」
社長「うむ、その通りだな」
社員「さらには当社の名は北野建設。北野といえば菅原道真の北野天満宮などが有名です
天満宮の菅原道真の乗り物といえば牛でございます」
社長「うむ」
社員「この善光寺、天満宮の牛、北野の三つの名前のコラボレーション企画
題して“牛に引かれて善光寺の牛は天神さんの牛だった”プロジェクトです」
社長「ぷ、ぷぷぷ♪ 北野建設と北野天満宮と牛と善光寺か
がはははははははは♪ それ面白い、採用♪ すぐに工事にとりかかれ」
なんて規模のでっかいオヤジギャグ(笑)
やるな北野建設
ということは、湯島天神信濃分社、善光寺と参るのがマニアの正式参拝ルートなのかも♪
天神様の牛に引かれて善光寺にやってきました
大きな三門は現在修理中
日も暮れそうなので急いでお参りしなくっちゃ
でもでも、「牛に引かれて善光寺参り」ってどんな意味だろう
・牛に引かれて善光寺参り
善光寺の近くに住んでいたお婆さんは大変に欲深く、人を信じない人でした。
ある日、庭にかけておいた布を、隣の家の牛が角に引っ掛け、走り去ってしまいました
これは大変と牛を追いかけたお婆さん
やっと追いついたその場所こそが善光寺だったのです。
お婆さん、これに縁を感じ、その後はたびたびお参りするようになったのです
意味:何かのはずみでやったことが、偶然よい方に導かれることをいう
しかし、無念のタイムオーバー
善光寺着いたとき、すでに拝観時間を過ぎてしまいました
これは次回は時間に余裕をもってきなさいというお導きに違いない
改めて信州旅行を企画して、ゆっくりお参りにこようと思う
牛に引かれて善光寺参り
何かのはずみでやったことが偶然よい方に導かれることをいう
悪天候のためスキーをやらずに下山し、牛(天神さん)と一緒に善光寺参りも時間切れ
改めて信州旅行を企画しようと思う
これも「牛に引かれて善光寺参り」の例えになりませんかね
善光寺さん、ありがとう また来るよ
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