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前回までのあらすじ
名古屋城でシャチホコを楽しみ、天守閣に登った一行 名古屋駅のツインタワーを目指すことになるのだが・・・ おで「これが石垣というものか」 付人「敵から城を守るための壁ですね」 おで「よくこんなでかい石を運んできたもんじゃ」 付人「このお城、特に築城名人と名の高かったある人の功績が大きかったようです」 おで「築城名人?」 付人「それがこの方なのです。」 部下「ここで問題」
名古屋城の築城に大きく貢献し、城内に像が建てられている人物はだれでしょう? 1 織田信長(かぶき者) 2 豊臣秀吉(さる) 3 徳川家康(たぬき) 4 前田利家(としいえとまつ) 5 加藤清正(ななほんやり) 答えは下で おで「名古屋といえば織田信長の1番じゃろ」 付人「信長さんはさっさと岐阜に拠点を移してしまったからはずれです。」 おで「利家とまつ ドラマ見たぞ。4番の前田利家だな。」 付人「はい消えた。前田利家は加賀を頂いたから、石川県です。」 おで「そういえば前回は徳川幕府っていってたな。3番の徳川家康じゃ。」 付人「大きい意味では正解だけど。家康の像はありませんからハズレです。」 おで「じゃあ2番の猿か?」 付人「ハズレ」 おで「ご、5番か?」 付人「大正解♪ って、最後まであたりませんでしたね」 おで「加藤清正なんぞ、誰も知らんぞ」 付人「じゃあ例によって説明させましょう」 部下「説明しよう」
加藤清正(1562-1611) 元は豊臣家臣。賤ヶ岳七本槍の1人にも数えられた勇将で、朝鮮派兵で活躍し「虎加藤」の逸話を残す。 秀吉死後は石田三成と対立し、関ヶ原合戦でも東軍に属したことで肥後熊本52万石を得た。 清正が精魂込めて建てた熊本城は日本五名城の一つ。 名古屋城の築城にも力をそそぐが、 工事の終わり、熊本に戻る折に突然の病死。 おで「ぐぐったら”政治63 統率81 知略57 教養47”とでたぞ」 付人「なんですかその数字は?」 おで「ゲーム信長の野望を知ってる人間にしかわからん数字じゃ」 付人「だから、マニアックな内容はファンがいなくなるからダメですってば。」 付人「こちらが清正公が運んだといわれる、石垣の中でも一番大きい石です。」 おで「おお、でかいのお、わしよりもでかいぞ」 付人「“清正石”とよばれている石でございます」 おで「なんと、加藤清正が運んできたのか」 付人「いいえ、実際はここの石垣担当の武将が運んできたんだろうっていわれてますけどね」 おで「なんじゃ、情報操作か捏造ってやつじゃな」 付人「いいんです。その方が観光客も来るし、案内人のネタにもなってるんですから。」 おで「ここで案内人が笑わせるわけじゃな」 付人「何十年と変わらず受け継がれてきた、由緒正しいネタです。」 おで「やはり驚くか笑わんと駄目か」 付人「熟年層には大うけらしいですよ。修学旅行生はさめてるそうです。」 |
中部-愛知県
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2005年8月12日 〜 8月17日
「岐阜旅行」 この旅は主人公”おでっせうす”と付人(フクロウ)と部下(パンダ)の物語 前回までのあらすじ
シャチホコに案内されて天守閣へと上る一行 空から名古屋を見物してみる 名古屋城 おで「わしの前世は徳川家康らしいぞ 」 付人「偶然ですね。この名古屋城を築いたのも徳川幕府なんですよ」 おで「そうだろ、そうだろ♪なんか不思議な縁を感じておったもんね。わしも今日から天下人じゃ」 付人「タヌキっぽいとこなんて、そっくりですよ」 おで「鳴かぬなら 泣いてしまうよ ほととぎす じゃあ 天守閣 おで「お〜、見てみろ!人が○○のようじゃ。」 付人「○○ってなんですか。」 おで「自主規制ってやつじゃ。適当に好きな言葉を入れてくれ」 付人「相変わらずの卑怯者ですね」 おで「ムスカと呼んでくれ」 付人「天空の城ラピュタを見てない人にはわけがわかりません。」 おで「遠くに見える日本の角はなんじゃ?」 付人「あれは名古屋駅の駅ビルのツインタワーです。」 おで「駅?ああ汽車の発着場か」 付人「汽車なんて今どき走ってませんよ」 おで「よし、あそこに行くぞ」 付人「今からですか」 おで「今からじゃ!馬をひけい、いざ出陣じゃあ!」 付人「あほ大名なんだから」 おで「なんじゃこれは」 付人「螺旋階段になってるんですよ。」 おで「これで上まで上がってこれるんじゃな」 付人「疲れますけどね」 おで「降りるときは一瞬じゃよ」 付人「えっ?」 おで「ええい ドン」 ひゅうううううううううううううううううううう ドスン!!!! 付人「い、痛いじゃないですか!」 おで「丈夫な体じゃのお」 |
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2005年8月12日 〜 8月17日
「岐阜旅行」 この旅は主人公”おでっせうす”と付人(フクロウ)と部下(パンダ)の物語 前回までのあらすじ
名古屋城の迫力に圧倒された一行 ふと空を見上げた先にあるものとは? 名古屋城 おで「上ばかり見てると首が疲れるのお 」 おで「あ〜〜!!な、なんだあれは (/ 'o')/ ) 部下1「(/ 'o')/ 鳥だ!」 部下2「(/ 'o')/ 飛行機だ!! 部下3「(/ 'o')/ いや タケチャンマンだ!!(古くてすんません)」 付人「はいはい、おおげさな。ただの金のシャチホコですよ。」 おで「相変わらずつまらんやつだのお。お前のあだ名は今日から委員長じゃ」 部下「いいんちょ〜♪」 おで「まあ、よいわ。で、この金のシャチホコとやらは、本当に金でできてるのか」 付人「お城の中に展示してありますので、そちらに行ってみましょう。」 おで「ほんとにつまらんやつだ」 おで「これが金のシャチホコだな。」 付人「左様でございます」 おで「近くで見ると、結構まぬけな顔だな。」 付人「おで様の顔にはかないませんよ」 おで「お前、死刑」 付人「( ̄□ ̄;)!!まじっすか」 おで「まあよいわ。では説明してみせい。」 付人「ほっ。かしこまりました。」 部下「説明しよう」
金のシャチホコとは 築城の際、徳川家の威光を知らしめるためにのせられたのが、この金のシャチホコです。 以来、城とともに名古屋のシンボルとして長く愛されてきました。 悲しくも、第二次世界大戦の空襲のおり、城とともに焼失してしまいましたが、 その後の努力の甲斐あって昭和34年、見事に再建されました。 おで「写真とってもいいのか」 付人「一階フロアだけよいらしいですよ。ここから上の階は禁止だそうです」 おで「では、天守閣に上っていこうかの |
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2005年8月12日 〜 8月17日
「岐阜旅行」 この旅は主人公”おでっせうす”と付人(フクロウ)と部下(パンダ)の物語 前回までのあらすじ
名古屋城の門前でうかれる一行 眼前にそびえる建物の迫力に圧倒されてしまった 名古屋城 おで「パンパン♪ ペコ・・・ っと」 付人「どうしたんですか、頭を下げちゃって。」 おで「この中には神様がいるから入っちゃいけんのだろ」 付人「住んでいませんよ」 おで「頭も下げんでええのか?バチもあたらんのか?」 付人「熱田神宮とは違いますから、ここはお城ですよ」 おで「なんと、城か!!城攻めなら天才戦略家のわしにまかせんかい」 付人「よっ、天才軍師♪」 部下「てんさいぐんし〜♪」 おで「例の楠で木馬をつくっちゃうよ」 付人「それは駄目です」 部下「だめ〜♪」 おで「大迫力だのお」 付人「見事ですね」 おで「さて、日本の城がどんなんなっているか、中を覗かせてもらおうかのお」 付人「敵情視察ってやつですね」 おで「それにしても面白い形だのお」 付人「日本のお城もいいもんですよ」 おで「”です いず じゃぽねすく”ってやつじゃな」 付人「よくわかりませんが、なんとなくそんな感じですね」 おで「なんじゃなんじゃ、楽しげな歌が聞こえるの」 付人「お盆の特別企画でしょうか、演歌ですね。」 おで「・・・心に染み入る歌声だな」 付人「なんか、セリフが棒読みになってますよ」 おで「・・・ふう、ギリシアのエメラルドの海が懐かしい♪」 付人「ごまかさないで下さい。まったくもう」 おで「ところで、この城の説明を聞いておらんぞ」 付人「では、部下(パンダ)に登場してもらいましょう」 部下「説明しよう」
名古屋城は 「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」 とか 「日本一だよ名古屋のお城 城がなければただの町」 などと唄われてきた、天下の名城。 尾張というと織田信長のイメージもありますが、 こちらのお城は1612年に徳川幕府によって築城されたのだそうです。 その後は徳川御三家のひとつ尾張藩の居城となっていました。 ちなみに徳川御三家とは、尾張、紀州、そして管理人のブログの故郷水戸の三家をいいます。 |
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前回までのあらすじ
熱田神宮でお参りをすませ、ひつまぶしでお腹を膨らました一行 次に向かったのは、金の鯱で知られるあのお城だった 正門 おで「これはまたでかいなあ」 付人「でかいでしょ」 おで「今度は騙されんぞ、これは鳥居というものだな」 付人「これは門でいいんですよ。正面の門、正門です。」 おで「・・・・・おのれちょこざいな」 おで「見ろ見ろ!あの者、横から入っておるぞ。バチがあたるぞ♪」 付人「何が楽しいんだか。ここは鳥居と違って門だから横から入ってもいいんです」 おで「・・・中に神様は住んでおらんの」 付人「住んでいません」 おで「バチもあたらんの」 付人「壊したら警察に通報されちゃいますけどね」 おで「な〜んじゃ、緊張して損した。ほら部下どもよ、わしについてこい」 部下「は〜〜い♪」 付人「あほ大将(ぼそ)」 表ニノ門(国の重要文化財)
付人「こちら表二ノ門から中に入ります。」 おで「出発じゃあ♪」 |



