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今朝は6kmを軽〜くジョギングした。レース後、特に筋肉痛もなく、もちろん故障箇所もなかったが、予想以上の好記録であったため、大事をとって月・火の2日間、完全休養とした。おかげで、すこぶる調子がよい。とても軽く、全身にバネを感じる。いわゆる「超回復」状態であろうか?
今朝は春の霞が濃く、お山はかすんで、そのお姿を隠されていたが、その方に向かい遥拝し、レース結果の報告とお礼を述べた。
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一昨日に記した感走記を、たくさんの方々に読んでいただき、また、たくさんのコメントを頂戴し、ありがとうございました。私的な日記のつもりで始めたブログでありますが、同じくランニング愛好家をはじめ、たくさんの方々にご訪問いただけるようになり、とてもうれしく思っております。この場を借りてお礼申し上げます。
さて、この機会に、自己紹介も兼ねて「私とランニング」について書いてみたいと思います。
長文につき、ご興味を持っていただけましたら、以下を読み進めてください。
<走り始めたきっかけ>
2年前、私は見事なまでの中年太りでした。171cmの身長に対して、体重は80kg,体脂肪率は30%で、完璧なリンゴ体型でした。ご存知かと思いますが、いわゆる内臓脂肪による肥満で、生活習慣病になってしまう可能性が非常に高い状態にありました。
当時は運動習慣なし、食事は無制限、休日はお菓子とびいるを片手にテレビの前でごろ寝という、絵に描いたようなぐうたら生活を送っていました。体力もかなり落ちていたのでしょう。歩くだけでしんどく、ヒザもよく痛みました。おまけに、年に2,3回、腰が「グギッ!!」となっていました。
もう処置無しですね。
極めつけは、その年の定期健康診断で、「要治療」の宣告を受けたこと。数年前から、脂質代謝の項目が上昇傾向を示していたのですが、とくに気にせず、対処もせずにほったらかしてきた結果です。総コレステロールと中性脂肪の値が基準値を大きく上回り、ほうっておけば、遠からず高脂血症や脂肪肝になってしまったであろうことは、想像に難しくありませんでした。
さすがにあせりました。まだ31歳ですよ。ショックでした。うすうすは気付いていながらも、「30歳やそこらで、まさかね〜」なんてタカをくくっていたのです。しかし、体は正直に、このぐうたらな生活習慣を反映していたのです。
「なんとかしなければ。。。」、考えました。仕事の関係で、生活習慣病がどういったものか、ある程度知っていました。その恐ろしさはもちろんですが、どうすれば改善できるかについて知っていたことは、ラッキーでした。
そう、その名のとおり「生活習慣」を改善するしかないのです。適度に体を動かし、エネルギー収支のバランスを取ることが、改善への一番の近道なのです。食事量だけ減らしてもダメです。ぐうたらな生活に馴染んだ体の細胞を、すべて入れ替えてやる必要があります。基礎代謝を上げて、脂肪を燃焼できる体を作る必要があるのです。
迷わず、「ランニング」を選びました。理由は単純、いつでも簡単にできて、お金もかからないこと。思い立ったが吉日、その日の晩から走り始めました。今から1年9ヶ月前のことです。
<健康的な生活習慣>
さて、走り始めてみたものの、最初はとてもとても走れたものじゃありません。上に書いたように、歩くだけでも息があがってしまうような体たらく、ちょこちょこっと走っては歩き、またちょこちょこっと走っては歩き、ふぅふぅ言いながら、4kmほどの道のりを走り歩きしました。季節は初夏でした。滝のような汗です。しかし、それがとても清々しく、シャワーを浴びたときの、あの爽快感を今でもはっきりと覚えています。そして、その後のびいるの、なんと美味かったこと。走っている途中は、「なんでこんなしんどい目ぇせないかんねん。あほらし。。。」などと思うこともありましたが、走った後のシャワーの爽快感と、びいるの美味さを励みに、なんとか続けることができました。
1ヶ月が経過しました。目に見えて変化が現れ始めました。それまで増える一方だった体重が、減り始めたのです。走り始める前に比べ、確実に1kg減りました。体脂肪率も2%ぐらい減りました。そして、4kmの道のりを、ほとんど歩きを交えずに走り通せるようになっていました。「走るのって、けっこう楽しいかも」。徐々に、ランニングの楽しさを感じ始めていました。
2ヶ月,3ヶ月と経過するにつれて、体重と体脂肪率はどんどん減っていきました。それに反比例するように、どんどん楽に走れるようになってきました。この頃には、4kmの道のりを、余裕をもって走り切れるようになっていました。それまでは平日の晩のみのランでしたが、休みの日に少し距離を伸ばして走ってみたりするようになりました。
食事制限は一切していません。むしろ増えたぐらいです。それでも体はどんどん絞れていきます。体重や体脂肪率の減少だけでなく、肌ツヤが良くなってきたな、と感じ始めたのもこの頃です。
ますますランニングが楽しくなってきました。早く帰って走りたいがために、仕事もテキパキとこなすようになり、ランニングの心地よい疲労感により、夜もぐっすり眠れるようになりました。ランニングにより、何もかもが良い方向に向かい始めました。
そんなときに、近くでマラソン大会が開催されることを知りました。
<はじめてのレース参加>
「第25回新春びわ湖健康マラソン IN 大津なぎさ」。私が始めて出場したレースです。2004年1月2日、走り始めて約半年後のことです。10kmの部に申し込みました。楽団のメンバーにたまちゃんという子がいて、たまにジョギングをするというので誘い合わせて、彼女の友人も一緒に、3人で出場することになりました。
このレースに出ることが決まってからは、一気にモチベーションが上がり、「とにかく完走!!」を目標に、それまでの「ダイエット目的のジョギング」から「レースのためのトレーニング」へと、ランニングスタイルが変わりました。といっても、それは気持ちの上でのこと。やっている内容は、それまでのジョギングと大差ありません。ただし、走る距離は少しずつ長くなっていきました。
そして迎えた初レース。最初は3人で一緒に走っていましたが、ペースが合わず「ゴールで会おう」ということになり、そこからは必死に走りました。ゼコゼコいいながらも感動のゴール。記録は54分17秒。やった!! 1時間切れた!! しばらくしてたまちゃんとその友人もゴール。お互いの健闘を称えあいました。初めてのレース、とにかく楽しかった。正月の朝早くから、こんなにたくさんの人が集まって、お金を出してまで走るのです。それまでは理解できませんでしたが、市民ランナーの気持ちというものが、初めて理解できた瞬間でした。
<ランニングにのめり込む>
初レースで、これまで経験したことのない感動を味わい、それからランニングの世界にどっぷりとはまっていきます。日々のランニングも、量・質ともに充実していき、それとともに体重と体脂肪率もどんどん減っていきます。今では、65kg,15%まで体も絞れ、体力年齢は、まるで高校生時代に戻ったような気分です。この間、以下のような大会などに出場してきました。
2004年
3月21日
●京都ロードレース(初ハーフマラソン) 1時間57分
前日にお腹をこわし、体調が悪いにも関わらず出走、必死の形相で目標の2時間を切る。
5月3日
●琵琶湖南湖1周単独走(約50km) 6時間半
体重が70kgを切った記念に、大好きなびわ湖を自分の足で1周してみる。
ただし、南湖のみ。いつの日か、本当に1周したいと思っている。
5月15日
●奥びわ湖健康マラソン(15km) 1時間12分02秒
雨の中のレース。目標の75分切り達成。
8月29日
●琵琶湖ジョギングコンサート(10km) 46分13秒
目標の45分切りは叶わずも、夏まっさかりのびわ湖畔を気持ちよく走れた。
10月17日
●マキノ健康栗マラソン(ハーフマラソン) 1時間42分41秒
目標の1時間45分を切る。ゴールまでバテずに走り切れ、満足感に浸る。
11月7日
●大阪淀川市民マラソン(初フルマラソン) 3時間59分04秒
39km地点で完全に潰れてしまうが、怪速亭サブ4隊に死ぬ気で
喰らいついて行き、初フルサブ4を達成する。
このときが、TEAM怪速亭との初めての出会いであった。
12月12日
●東山36峰マウンテンマラソン(30km山岳マラソン) 3時間51分
大文字山から眺めた京都の街並みが、最高に素晴らしかった。
デジカメで写真を撮りながらの観光ラン。撮った写真は70枚!!
2005年
2月6日
●京都木津川マラソン(フルマラソン:代理出走) 3時間56分
代理出走のお話があり、練習のつもりで参戦。
30kmから試しにペースを上げて、36kmあたりでエネルギー切れるも、
笑顔でサブ4達成。
2月20日
●河内長野シティマラソン(ハーフマラソン) 1時間41分
京都シティハーフマラソンの足慣らしのつもりが自己新。
ゴール後も余裕たっぷりで、実家までの4kmを走って帰る。
3月13日
●京都シティハーフマラソン(ハーフマラソン) 1時間37分21秒(グロス)
狙い通り、100分切りを達成。
<TEAM怪速亭について>
ランニングとは、人を作り、また人と人との絆を作るものです。私はそういうふうに思います。ち〜むに入って、そう考えるようになりました。淀川市民マラソンでち〜むと出会ってから、まだ4ヶ月しか経っていませんが、まるで昔からの親友の集まりのような、そんな居心地のよさを感じます。メンバーはみな、よく食べ、よく呑み、よく騒ぎ、底抜けに明るいです。心身ともに、とても健康的です。これらはランニングによって培われたものではないかと思っています。
ち〜むに入ってから、ふだん一人で走っていても、みんなで走っているような気がするときがあります。ロング走をしているとき、ペースランをしているとき、坂道ダッシュをしているとき、つらくなってきても「DOBY、がんばれ〜」と励まされているような気持ちになって、がんばれるときがあります。
ランニングは、基本的に個人競技です。しかし、けっして自分だけの力で走っているわけではないということに気付きました。走り出せば、いつでも仲間に会える。怪速亭のおかげで、私のランニングの世界は広がり、さらに深いものになりました。ほんとうに、いい人達に巡り合えました。ありがとう。
<今後のランニングライフ>
もっと速く走れるようになりたい。もっと長く走れるようになりたい。大会に出場する以上、記録というものがつきまとい、そのことに一喜一憂します。それは、そういうものですし、目標を設定して、トレーニングを積んで、コンディションを整え、そして目標を達成できたときの喜びはひとしおです。
今年はまず、ハーフ100分切りを達成できました。次は初ウルトラへの挑戦、鯖街道ウルトラマラソンの時間内完走が目標です。秋のフルマラソンでは、3時間40分を切ることを目標とします(年初には「笑顔でサブ4」を目標にしていましたが設定変更)。それらは、ランニングにおける楽しみ方の一側面ですが、全てではありません。
乗り物に頼らず、自分の足でどこへでも行ける。その道々で、道端に咲く花を愛で、街角の風景を楽しみ、びわ湖や山々の景色に移ろう季節を見つけ、小鳥のさえずりに耳を傾け、そしてラン仲間達の絆を感じる。走った後のびいるやご飯の味は、また格別です。そんな、ランニングのある人生そのものが楽しくてしょうがない。100歳まで走り続けることができれば、これほど幸せなことはないでしょうね。ランニングライフに感謝!!
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