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「ローズピンクのドレス」
わたしは、自分が「おいしいコーヒー」を飲めさえすれば、それでいいの。
コーヒーをおいしくしてくれるすべてが、好き。 大切なの。愛してさえいるわ。
その「愛」が、わたしをおいしくする。わたしの声を、言葉を、表情を
輝かせてくれる。
しあわせを感じているんだもの、なんだってしあわせ色に染めちゃうわけ。
そのために生きてる。その「生き方」に出会うために、
わたしは生まれてきたのだもの。
育てる母のしあわせ感とは、こんなものだ。
最初は、動くのが、ただただふしぎだった。
ことばを手に入れてはじめて、それにかわいらしさが加わった。
今は、わたしの言葉にどんな返答をするか、それが面白い。
何よりも、家族のしあわせは、「今を喜べること」だ。
笑って泣いて、はしゃぎまわった友達いっぱい少女の「過去」じゃないし、
恋にあこがれ、胸をどきどきさせて、結婚・不倫まで匂って来る「未来」でもない。
平凡さいっぱいの、「今」を。
しあわせだった「過去」をなつかしむことでも、今をがまんして
「未来」にしあわせを先のばししなくてもいい。
「今」に、しあわせがあるのだから。
エリカが卒園式で「送る言葉」を読むことになった。
けっこう幼稚園では人気者になっていたらしい。それで、
「エリカちゃんがいい」
ということになった・・・らしい。
それで、ちょっと、ごほうびに、ひらひらのついたロングドレスをプレゼントした。
かなり少女趣味、もちろんわたしの。アメリカの少女が、クリスマスに着るような。
うすい「ローズピンク」。前から背中にまわる、大きなリボンがかわいらしい。
わたしがときどき訪れるお店でオーダーしたので、エリカはお店ではカチンコチン、
緊張しまくっていた。
大人の、それも美しい大人たちに囲まれて、今まで見たこともないようなドレスを
試着する。
オーナーはフランス人だし、スタッフにはアメリカ人も、イタリア人もいるし、
店長はフランスと日本の混血。わたしだって、最初はカチンコチンだった。
そのドレスが自分へのプレゼントで、卒園式に先輩達の前で着ても良い、
と知ったときのエリカの言葉を、わたしは一生忘れない。
スタッフのお針子さんのマチ針に気をつけながら、まっ赤にほほを染めて、
涙さえ浮かべていたのだ。
『ありがとう、ママ!
すてき! おじょうさまみたいだよ・・・。
みなさん! ありがとうございます。
すてきなドレスにしてくださって!
こんな春風のような服で出かけたら、
どんなすてきなことに出会えるのかしら・・・。
もう、期待で、むねが、ふるえてる!
ドレスを、しあわせ色に染めてくださったから、
きっと、わたしの毎日も虹の色になるのね。
ようふくやさんって、季節の色やしあわせの色を
みんなにお届けするお仕事なんですね!
すてき・・・毎日、しわせをお届けするなんて・・・」
オーナーがエリカに近寄り、ひざまづいてその手にキスをした。
みんなが拍手をして、彩(いろどり)をそえた。
帰り道、エリカがわたしの手にさわってきた。
後ろを向いて指先をぬらしてから。
そっとさわり、わたしの心を読んでから、ほっとしてわたしを見上げた。
まだまだわがままをきく心の広さはあるというのに、エリカは遠慮している。
「なあに? 言ってみなさいよ。ごほうびは、ひとつだけじゃないかもよ」
『ママ、あのね、クーニャンが結婚したいって』!
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海降る雪空上る雲
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小さいとき、泣き虫で、いじめられっ子で、ひとりでトイレにも行けない
「おもらし娘」・・・ちょんと小突かれるとこてんと転ぶこどもだった。
家族からも見放され、しかも、慢性の便秘症。幼稚園時代は辛かった。
だからこそ、自分のこどもだけは、そんな無責任に育てたくなかった。
高校生になって、少し強い女の子になったとき、育児日記をつけ始めた。
笑われたってへへ〜んだ。ただ恋愛や遊びに青春をついやしたって、
いい母親になんかなれない。そんなことばかりしてるから、無責任な
育て方しかできない親になるんだ。
大人は、自分を、「大人」に育てられない!
だから、こどものことは、青春時代にこそ、考えておかなくっちゃ、
いけないのだ。
水族館の仕事を終わって、夫がいつもより早く帰ってきたときだった。
珍しく、シャワー室を出ると、そのままキッチンにきた。
「なによ〜。シャツくらい着てきてよ」
と怒ると、エリカの笑い声が気になって仕方がないと言う。
「部屋にひとりでいるのに、なんでケラケラ笑ってるんだ?
なにが楽しいんだよ。テレビでも買ってやったのか?」
楽しいのはテレビ。テレビがあると笑いがいっぱい・・・なんて、
いつの時代のこと?
夫の時代はそうだったのかもしれないけど、エリカは違う。
誰かのまねじゃない、自分で見つけた、本当に個性的な遊びのせいだ。
「ほら、シールゲームが終わったときよ。シールシートをじっと見つめて、
(これ、目にしたい)
と言い出したの」
「目? 目って、この目か?」。夫は指先で自分の目をさわってみせた。
「シールをワンセット、ほしいって。あげたら、機種変更して、使わなくなった
ケイタイをカメラにして、色々写すようになったの。
雲とか、砂とか、空とか、森とか、家とか・・・」
「わからんなぁ・・・。それと目と、どんな関係があるんだ?」
「少し、ショックよ〜。娘のしようとすることを、まるで理解できない大人に
なっちゃった・・・って」
「おいおい・・・それは、違うだろう。まあ、エリカの頭の回転が早くなった・・・
とは言えるけど」
「色々写してきて、年賀状用にしか使っていないプリンターをこども部屋に
持ち込んで、ひとりで印刷してるの」
「おいおい・・・ジョ−クだろう? 使い方もそうだけど、コードの接続や
印刷モードの変換なんて、無理だろう?」
「でも、完璧にこなしていたわ。あとからきいたら、ゆりこさんに
教えてもらったみたい」
「クリニックの、まさか、あの子に?」
「きいてみたらね、
わたし、一度しか教えていません。それも、ぐだぐだになりながらでしたけど。
だって」
「そりゃあそうだ。彼女、機械の接続系、まったく苦手だからな。なら、どうして?」
「エリカったらすごいのよ。プリンターを見て驚いた。接続する部分に、
同じ色のシールがはってあるの。同じ色のシールどうしをつなぐためにね。
それも、先につなぐのは「緑」。次に「オレンジ」、次に「赤」・・・」
「信号か!」
「そう、信号順! それから、赤→白→黄色」
「なんだ、それは・・・」
「歌よ、チューリップの・・・。歌詞だから、順番が変わることはない。
まいったな〜」
「ほんとうだ。怖いくらいだ」
「ね・・・笑わないで聴いてね。すごくおかしなこと言うから」
「驚かすなよ・・・。ボクの子じゃないなんて言うなよ」
「バ〜カ。・・・わたし、エリカって、(ニュータイプ)かなって、思うの!」
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『楽しい笑い声の子』 エリカは本当によく笑う子に育った。
話を聞きながら、絵本を読みながら、自分ひとりの空想の世界にひたりながら、
声を上げてケラケラと笑っている。その声をきくと、
どうしてそんなにおかしいの?
と、聞かずにはいれなくなるほど、楽しい笑いだった。
わたしが高校のときに書いた育児日記の中に、
「シールをはがせる子」
という項目がある。
最初は、目を閉じさせておいて、少し大き目のシールを手にはり、
目を開けさせて、はがさせる。そう、小さな子の運動機能を育てる単純なものだ。
からだのあちこちにはって遊ぶ。手が終わると、顔。腕。ひざ、ふくらはぎ、足・・・。
これは、「おふろゲーム」にも発展した。
背中にはって、それをはがさせる。
肩甲骨(けんこうこつ)の間になんかはられたら、大人でもはがせない。
手のゲームでもよく遊んだ。
てのひらを目の高さに固定して、親指を鼻につける。
その上に、お手玉を乗せて歩き、おじぎをしてお手玉を落とす。
じゅうたんにもお手玉が置いてあって、それに当てるとビンゴ!。
かくれんぼも活用した。自分が隠れるのじゃなく、自分の分身、
ぬいぐるみだったり、指人形。ビー玉、おはじき。マッチ棒のときもあった。
最初の頃は、エリカが隠してあるに場所に近づくと、大げさにあわててみせた。
「ああっ・・・」とか、「もうダメ・・・」とか、声を出したり、目をおおったり。
わたしのおかしな声が楽しいのか、前に行ったり、さがったり、
近づいたり、離れたりして、隠し場所を特定していた。
ドイツに行ったときに買ってきた「秘密のボックス」は、小学生になっても
よく遊んだ。これは遊びというより、「なぞ解き」の訓練だった。
それは、文字つみ木のようなもので、いくつかつなげると「言葉」ができる。
それが、わたしがしかけた「言葉」と同じだったとき、ファンファーレが響いて、
箱が全部開く・・・というもの。
正解したときは、箱からごほうび。キャンディーだったり、ヌガーだったり。
幼稚園時代には、そのころ気に入っていた「ままごとセット」のフィギアを
いれておいた。
そんなこともあって、エリカは「なぞ解き」の大好きな少女に育っていった。
色々な遊びを知っていて、それに「なぞなぞ」も得意。
わからないことから逃げないで、笑顔でチャレンジする。
そんな女の子になってほしかった。それをさりげなく練習させるのに、
ゲームが最高に便利だったのだ。
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『ママって、ほんとにおりこうさんですね』
かもめが上昇気流に乗って、高い空を舞っている。
どんなに高く飛んでも、新しい世界に降り立てるわけではない。
いつでも見えない力が働いて、小さな浜辺に引き戻す。
今度も、そう。また、いつもの浜辺に降りるだけ。
だから、遊び気分で楽しむのがいいのだろう。
でも、もしかして?
と、心のどこかで声がして、気流が昇るのを待っている。
今度は、なんだかふしぎなことが起こりそうな気がして。
エリカは浜辺が大好きだ。その日の天気はまったく関係ない。
ひとりでも、出かける。
潮(しお)だまりに指を入れて、小石の下に隠れている小魚、
小エビ、貝たちに話しかけている。
それも、一方通行ではない。どこまで本当かはわからないが、
『ええっ? ちがうの? じゃあ、ほんとうは?』
なんて、本物の会話をしているように話してる。
わたしも海が好きだ。でも、こうして明るく晴れた日の海、
おだやかな気分にしてくれる海が、好きなのだけれど。
エリカがそばに来て、両手を空に伸ばしてる。
『ママ。…かもめさんは、かぜのエレベーターがいつくるか、
どうしてわかるんだろう』
「風の、エレーベーター?」
なんてすてきなネーミング。親なのに、こどもにホレる一瞬だ。
それは、何が何でも答えを知りたくて聞いていた、小さい頃の
聞き方じゃない。むしろ、(つぶやき)・・・。
ふしぎを前にして、思わず心が言わせたつぶやきのようだった。
だから、エリカのほうを向かないで、わたしもつぶやいた。
「風さんがさそってる声が、聞こえるんじゃない? それとか、
からだがふわって浮き上がるから、きたっ!ってわかるとか」
『そうだね! かもめさんは、かぜさんとおともだちだから、
ことばがわかるんだよね。わたしもクーニャンのことば、わかるもん!』
「そう。どうしてクーニャンの言葉、わかるんだろう」
『あのね、あのね、みてるだけじゃ、だめなの。
みずのなかに、ゆびをいれたら、きこえてくるの』
「じゃあ、あそこの魚さんや、いそぎんちゃくさんの言葉も?」
『うん。わかるよ。きょうのよるは、かぜがつよいから、
なみがきたときに、もっととおくのふかいうみに、かくれるんだって』
「そうか。いそぎんちゃくの天気予報だね」
『ははは・・・ママってほんとにかしこいね。えらい、えらい』
どうなんだろう。こんな想像話をして、小さなわが子に頭をなでられてる母親。
うん? そうか、そういうことか!
いきなり長い間の疑問の答えが、この空のように、明るくさわやかに
脳内を走った。これを(ひらめき)というのだろう。
わたしは長い間、こどもが大人になることをふしぎに思っていた。
というより、大人になんか、ならせないでと強く考えていた。
どうして大人になったのだろう。
つらく、悲しい日々を、なぜ、くぐり抜けてきたのだろう。
それは、こどもたちに、どんなに暗い一日を過ごしていても
明日があるよ・・・と言ってあげるため。
そのことを、力強く言ってあげるために、悲しみを生きてきたのだ。
大切なことを、大切な人に伝えるために、わたしは生きたのだ。
でも、これだけは知らなかった。
大切なことを、大切な人に伝え終わったわたしは、
その生涯のつとめを果たし、もう十分に
生きたことを・・・知る日が迫っていることを。
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『楽しい笑い声の子』
エリカは本当によく笑う子に育った。
話を聞きながら、絵本を読みながら、自分ひとりの空想の世界にひたりながら、
声を上げてケラケラと笑っている。その声をきくと、
どうしてそんなにおかしいの?
と、聞かずにはいれなくなるほど、楽しい笑いだった。
わたしが高校のときに書いた育児日記の中に、
「シールをはがせる子」
という項目がある。
最初は、目を閉じさせておいて、少し大き目のシールを手にはり、
目を開けさせて、はがさせる。そう、小さな子の運動機能を育てる単純なものだ。
からだのあちこちにはって遊ぶ。手が終わると、顔。腕。ひざ、ふくらはぎ、足・・・。
これは、「おふろゲーム」にも発展した。
背中にはって、それをはがさせる。
肩甲骨(けんこうこつ)の間になんかはられたら、大人でもはがせない。
手のゲームでもよく遊んだ。
てのひらを目の高さに固定して、親指を鼻につける。
その上に、お手玉を乗せて歩き、おじぎをしてお手玉を落とす。
じゅうたんにもお手玉が置いてあって、それに当てるとビンゴ!。
かくれんぼも活用した。自分が隠れるのじゃなく、自分の分身、
ぬいぐるみだったり、指人形。ビー玉、おはじき。マッチ棒のときもあった。
最初の頃は、エリカが隠してあるに場所に近づくと、大げさにあわててみせた。
「ああっ・・・」とか、「もうダメ・・・」とか、声を出したり、目をおおったり。
わたしのおかしな声が楽しいのか、前に行ったり、さがったり、
近づいたり、離れたりして、隠し場所を特定していた。
ドイツに行ったときに買ってきた「秘密のボックス」は、小学生になっても
よく遊んだ。これは遊びというより、「なぞ解き」の訓練だった。
それは、文字つみ木のようなもので、いくつかつなげると「言葉」ができる。
それが、わたしがしかけた「言葉」と同じだったとき、ファンファーレが響いて、
箱が全部開く・・・というもの。
正解したときは、箱からごほうび。キャンディーだったり、ヌガーだったり。
幼稚園時代には、そのころ気に入っていた「ままごとセット」のフィギアを
いれておいた。
そんなこともあって、エリカは「なぞ解き」の大好きな少女に育っていった。
色々な遊びを知っていて、それに「なぞなぞ」も得意。
わからないことから逃げないで、笑顔でチャレンジする。
そんな女の子になってほしかった。それをさりげなく練習させるのに、
ゲームが最高に便利だったのだ。
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