先週だったでしょうか、ご長寿ドラマ『水戸黄門』も視聴率の低迷により打ち切りが決まったとの記事を見ました。
さて、1918年7月20日、水戸藩筆頭家老の子孫三木啓次郎氏が大阪の四天王寺に
その青年とは若き日(22歳)の松下幸之助氏でした。
しかしその火鉢店は幸之助が奉公に出た3ケ月目に倒産したため、次に堺筋淡路 結局、大阪電燈では7年間勤め、腕のいい配線工になりましたが、在勤中に新型ソケット
続いて幸之助はソケットの横に電気のコンセントがひとつついた「二股ソケット」を新たに考案し、それを人通りの多い、四天王寺でトタン屋根にその二股ソケットを並べ売っていたところを、チンピラにしょば代をだせと絡まれ、偶然通りがかった水戸藩筆頭家老子孫三木啓次郎氏に助けられたのでした。 三木氏は幸之助に何を売っているのかと聞いてみると、二股ソケットという新しいソケットということでした。当時は家でアイロンをかけるにも、わざわざ電球を電線から外して、アイロンのコンセントを電線にをはめていたため、家が真っ暗になるという不便さがあったのを新案「二股ソケット」では、電球の横に別のコンセント口がついていたため、わざわざ電球を外すことなくアイロンをかけることができる優れものの新案の製品でした。
しかし独立したばかりの町工場では資力もなく、やむなく路上で販売していました。
三木家は代々、水戸藩筆頭家老の家系で、茨城県の大富豪でした。
さて、この松下幸之助と三木啓次郎は3つの大きなものを作ったといわれています。
実際には1615年家康は大阪夏の陣の茶臼山の戦いで、敵中突破してきた真田幸村隊に その後、家康のお墓が南宗寺に建てられましたが、家康が豊臣軍により死亡したことが全国に伝わると全国の外様大名達の反乱が予想されたため、徳川家は、家康死亡の事実をひた隠しにし、翌年(大阪夏の陣の半年後の1616年に食中毒(鯛のてんぷらを食べ過ぎたという死因も日本史で習いましたが)で死亡したことにしたそうです。(1623年には秀忠、家光があいつで堺の南宗寺にお墓参りにきています)
その家康のお墓と堺東照宮(東照宮もあった)が太平洋戦争の空襲でやられたため、徳川の末裔のひとりでもあり、家康死亡のいきさつを知っている三木啓次郎が発案し松下幸之助、松下電工社長丹羽正治氏、茨木県知事岩上俊郎氏ら錚々たる人々とともに、1967年(昭和42年)立派な家康のお墓を再建しました。
今日のブログの書き出しの通り、この番組は43年の長きにわたり放映されてきましたが、最近では勧善懲悪があきられたのか視聴率も10%程度と低迷し、先週今年限りで放映打ち切りとの報道がありました。
「あかっるいナッショナール♪明るーいナショナール、みんな、家中、なんでもナショナール」といCMソングで始まった「ナショナル劇場」はなぜ水戸黄門を放映していたのか・・・謎が解けたでしょうか?(笑) 人生は偶然の出会いの積み重ね松下幸之助と三木啓次郎の出会いも偶然であり、現在の大パナソニックもこの偶然の出会いがスタートだったように思います。
日本中に愛されている名称ナショナル(松下電器)がパナソニックとの横文字に変わり、関西のいえ、日本の家電メーカーとして同じように親しまれた三洋電機がパナソニックの子会社になる・・・。
時代の移ろいを感じますが、やはり日本が誇るメーカーが頑張ってほしいと思います。
さて、家康の死については諸説あり、未だに「鯛の天ぷらを食べ過ぎた」の死亡説も有力な説です。戦国時代の世には大将の死亡事実を隠す事はよくあった事で、武田信玄の「影武者」は特に有名です。徳川統治の時代でも将軍の死亡が御台所をはじめ市中に広まるのは実際の死亡から数ヶ月経ってからです。そのため、今回は日本史で習った「鯛の天ぷら食べ過ぎ」ではなく、上記の説を家康死亡説として掲載をさせていただきました。 (他の諸説を否定するものではありません。あしからず です。)
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何時もながら勉強になります。
残念ながら「しろもの家電」は日本製は下降線をたどりつつあるようです。仕事上あちらこちらの上の人と日本の将来を語りあう事があるのですが皆国内での生産は見切り状態です。
真に淋しい限りです。幸之助さんも淋しく笑ってらっしゃるでしょうね!
[ goodじいさん ]
2011/7/22(金) 午後 10:42
goodじいさんさま
こんばんは。
日本の家電を持参して嫁ぐ…、台湾人の友人が10年前に嫁ぐ際に誇らしげに言ってた言葉です。
安心と信頼がおける家電は日本製以外にないとまで言い切り
日本に来て品定めをしていました。
日本家電、これも過去の逸話になってしまうのはさみしいなぁ
[ さかき きこ ]
2011/7/22(金) 午後 10:59
おはようございます。
自分のプロフィールに好きなものとして水戸黄門をあげています。金八先生もフレンドパークも終わってしまいました。時代の流れですね。松下幸之助さんとのご縁は初めて伺いました。
私の子どもの頃から暫くの間、音の出るものはソニー、モーターで動く物は日立、エアコンは三菱みたいな概念が有りました。ところが頂点に立った満足感に慕った企業は衰退しています。常に先を見て経営している企業が生き残っています。パナソニックは八方美人的な要素が強かったのですが全てに卓越する技術と営業力を近年身に付けてきたように思います。それは創業者のDNAが継承されてきた証だと私は思います。稲盛和夫氏も関西の方、これから復興に向けて関西の方が大いに力を発揮されることを望みます。
※あの知事さん以外で。(笑)
2011/7/23(土) 午前 7:58
鉢屋のおじさんさま
。
が、今やSONYは保険や銀行ばかり目立っているので残念です
踏ん張り時ですよね
おはようございます。
水戸黄門の打ち切りは、今までは東芝(サザエさん)も日立も冠番組をもち日本のTVの浸透やTV番組の文化を担っていましたが、役割が終わったあらわれなのかもしれませんね
SONYのウォークマンが発売された時もビックリしました。留学先でもウォークマンは羨望の的でした
鉢屋さん、関西よりも名古屋(愛知)の方がすごく活気があると転勤された方に伺いましたけど…??隣の芝生はよく見えるのかなぁ
どちらも変わった首長がいますが、市民の力で
[ さかき きこ ]
2011/7/23(土) 午前 8:53
今、松下幸之助の本を読んでます。
かなり厳しい考えをもってられる印象ですが、そのおかげで会社が大きくなったわけで、やっぱり偉大な方ですね。
水戸黄門がなくなると時代劇のドラマが全滅になりますね。
昔は、チャンバラに憧れたもんです。
いつも、お決まりの最後ですが見てしまいます。
そんな見るほうではないですが時代劇がないのは寂しいです。
[ 僕隊長 ]
2011/7/23(土) 午後 5:42
隊長様
さみしいですねぇ。(必殺シリーズもなくなりました…
)
仰るとおり、時代劇全滅です
松下幸之助さんは厳しい方だと私も思います。
厳しい競争を勝ち抜かれ、従業員を路頭に迷わせない為には経営者の責任を全うされたのでしょう。
仕事のモチベーションを上げるための工夫も流石です。
平成の松下幸之助は家電メーカーではなく、他の分野から現れるかも
[ さかき きこ ]
2011/7/23(土) 午後 6:31
ご訪問ありがとうございました!
こちらの記事もすごく興味深く拝見しました。
歴史も地理もまったく不得意で、でもこういうお話はすごく面白く感じます。地理も大泉洋が行った所には興味がわくのです。
家康死亡説は初めて知ったのですが、根拠になるものはあるのですか?
[ a_flower_on_the_moon ]
2011/7/24(日) 午後 5:00
こんばんは。ご訪問ありがとうございます
今回の家康死亡説は南宗寺に行った際にお寺に伝わるお話を取り上げました。
大阪の堺は本能寺の変があった時に京都にいた家康が命からがら逃れてきた場所でもありました。信長をはじめ名だたる戦国武将たちを相手に商人を行ってきた会合衆たちに助けられたこと。
南宗寺には葵の御紋がついていること。
日光東照宮は参墓として家康を祀っていると考えられること。
など、今回このお話を掲載するに当たり諸説を複合的に考えました次第ですm(_ _)m
[ さかき きこ ]
2011/7/24(日) 午後 6:02
奥さんと義弟の実家があった淡路島。
三洋とパナの合併を(いえ吸収合併)複雑な気持ちで見守っています。
[ 淡路のキジウチ ]
2011/7/26(火) 午後 8:50
キジウチさま
淡路島への想いは奥様への想いなのですね。素敵ですね。
三洋はんファンが必ずしもパナソニックファンとは限りませんよね。そういえば、昔は野球のオールスター戦も三洋が提供でしたよね。取引先なので「はがき」をいただき、昔はよくオールスターの投票をしました。
[ さかき きこ ]
2011/7/26(火) 午後 9:04
私は、ジョン・ケネス・ガルブレイスの考えに同意するため、彼の「不確実性の時代」に、批判的であった松下幸之助の晩年の考えには、異論のあるところです。
現在の政治家の中に、松下政経塾の出身者が多く、現在の政治の混迷を作っているような気がしています。
ただし、あくまでも、個人感情です。
私は、松下幸之助を批判できる程の人物ではありませんし、昔障害者の雇用で、松下電器系企業の人事部の協力もいただきましたので感謝しております。
[ sharu24jp ]
2011/7/26(火) 午後 11:28
sharu24jpさま
さすがに鋭い!今回、歴史とテレビ番組(ちょうど地デジ対応になる直前。本当にテレビは今の生活に必要かな?)と言う点で松下政経塾の事は触れませんでした。
確かに、政治家の登竜門として松下政経塾が脚光を浴び、地方の議員や市長にも松下政経塾を卒業された方が多く、また現政治の混迷に憂いている事は私も同様です。松下幸之助氏が松下政経塾を創設された経緯は自民党政権が今後下降の一途をたどると、経営者として感じていたのでは?
松下政経塾のお膝元、大阪は幕末に多くの私塾が出来た場所で(大阪で私塾などつくり勉強をしても江戸の用に高待遇をされる訳でもなかったわけで)先人の心意気と同様、全く役に立たないか、もしかしたら役に立つ?と、グローバル化する中で政治や経済を専門的学ぶ実学の場を若者に提供したいという熱意の方が高かったのではないかなぁと。
[ さかき きこ ]
2011/7/27(水) 午後 8:58
続きです。
(考えが甘いのですが、松下政経塾を大阪で開講するにあたっては当時の有名な占い師にも熱心に相談されていたとの事。現実主義の方なのに、意外だなと思ったのと経営者として自分を育ててくれた大阪、日本への恩返しとして社会貢献とロマンを託されたのだと思ったのです)
[ さかき きこ ]
2011/7/27(水) 午後 8:58
いえいえ、「さかき きこ」さんに、同感です。
逆に、松下幸之助氏は、人間味のある方だったと思っています。
[ sharu24jp ]
2011/7/28(木) 午前 11:03
sharu24jpさま
未熟者なので、まだまだ情に流されてしますところがあるかもです(反省)
実は今の会社に転職する2ヶ月間ほど、松下で受付仕事をする機会がありました。いわゆる派遣です。その当時ボールペンの替芯1本にも申請書を書く風土に(前職とのあまりの違いに)辟易しましたが、非正規社員(組合員でない社員)に昼食代の補助、残業時の夜食などを生産ラインの方には提供していてる事を知りビックリしました。さすが 人を大切にする松下電器!と本当に感じました。
日本全体がバブル崩壊で沈下していくとともに、このような大企業でも「人」の労働力という考え方を「変質」させざるを得なくなったのかもしれませんね。
また、いろいろ教えてくださいまし。
[ さかき きこ ]
2011/7/28(木) 午後 8:25