ここから本文です
玲瓏
ようやく、ペースをつかんできました。(*´∀`*) 今年も、どうぞご贔屓に??

書庫全体表示

お暑うございますね。
今日は7月の最終日。大河ドラマ「江」も本日いよいよ徳川秀忠の元へ輿入れです。
女性の人生としては翻弄された一緒だったと思いますが、後々の世まで脈々と彼女が生きた証が残る出来事があります。
 先日掲載した「宇喜多秀家」のお話の中で、その後ある方から「宇喜多秀家の末裔が自分の恩師にあたる」というコメントをいただきました。この話を伺い、今回随分前に下書きをおこなっていたお話を掲載させていただきます。個人的には江も興味のある女性ですが、彼女の娘で徳川家から初の天皇家に入内された(女御)「東福門院和子」さま」(1607年〜1678年)のお話を随分前に宮尾登美子氏の小説を読み興味を持ち、京都の泉涌寺や相国寺、そして御所に行く際には、「このあたりは・・・」と思いながら散策をしています。
 
 1629年12月22日後水尾天皇が明正天皇に譲位し、859年ぶりの女性天皇が誕生しました。
この女性天皇の祖母が「江」です。 NHK大河ドラマ「江」はご存知の通り戦国時代の激動期を生き抜き、波乱にとんだ人生をおくりました。彼女の功績は、織田氏、豊臣家、天皇家につながる、歴史上の人物を数多く生んだことでしょう。 

おさらいです。時代は、織田信長の戦国時代に遡ります。信長の妹、お市は、その美貌をうたわれ、当時の北近江(長浜の小谷城が居城)の大名浅井長政に嫁ぎます。
夫婦は仲睦まじく、その後3人の女児に恵まれました。長女茶々、次女お初、三女お江とそれぞれなずけられました。
(最近の説ではお市は浅井家に嫁いだ時にはすでに茶々をおなかに懐妊していたとの説もあり。茶々のみ浅井長政の子ではないという説が結構有力です。) 

信長は全国統一を目指し、その要所でもある北近江の浅井長政も、当初は義理の兄にあたる信長に従っておりました。
 しかし、信長が、あるときから、この浅井長政の盟友越前(主に福井県)の朝倉義景を攻撃するようになり、浅井長政が義景に組したことから、越前の朝倉義景と連合して反信長を明確にするようになりました。それに怒った信長は長政・義景を攻め、姉川の戦い等一連の戦いが起こりました。
  義景は戦死し浅井長政は最後は居城小谷城(長浜市)に立て篭もり、降伏することなく父とともに戦死しました。この際、妻お市と3姉妹は信長の命を受けた秀吉に救出されました。長政は享年29歳の若さだったそうです。 お市の方は3姉妹を連れ、信長の筆頭家老格であった柴田勝家と再婚し、3姉妹は母お市について柴田勝家の居城「北庄城(きたのしょうじょう、今の福井市内)」にいくことになりました。 
 その後はご存知のように信長は本能寺の変で明智光秀に殺され、その信長の跡目(清洲会議)をめぐり、秀吉と柴田勝家が対立し、余呉湖湖畔で賎ケ岳の戦いが始まります。 
 この戦いは秀吉方の勝利に終わり、賎ケ岳から撤退した柴田勝家は、最後は居城北庄城(福井市)でお市の方とともに自害しましたが、3姉妹は救出されました。その際、長女茶々は母お市と一緒に死ぬといって聞かなかったそうです。 
 救出された3姉妹のうち、長女茶々は秀吉に見初められ側室になり淀殿と呼ばれ秀頼を生むことになります。また次女お初は「大津城の戦い」で、結果的に関が原の戦いを東軍勝利に結びつけたかもしれない京極高次(2度のピンチを切り抜け、蛍大名とも揶揄されながら生き抜いたピンチに強い男)に嫁ぐことになります。(京極氏に関しては井上靖氏の「淀どの日記」で茶々の初恋の人として描かれています。)
 
  江が嫁ついだ豊臣秀勝は文禄の役(朝鮮出兵)で死亡してしまいます。江は、その後徳川秀忠(後の徳川第2代将軍)の正室として再婚し、徳川して家光(後の第3代将軍)、和子(まさこ 後の東福門院和子)を生みます。 和子は成人し後水尾天皇に嫁ぐことになり、女児(後の明正天皇)を生みました。こうして徳川家が天皇家と結びつくことになりました。しかし、このことで徳川の朝廷への影響力が強くなりすぎ、「徳川が天皇家に干渉する事件」が数々起こることになりました。 ひとつは紫衣事件です。紫衣とは、紫色の法衣や袈裟(けさ)をいい、古くから宗派を問わず高徳の僧・尼が朝廷が有償で賜ったもので、朝廷にとっては収入源の一つでもありました。これを徳川幕府が諸法度で禁止したのでした。
(後水尾天皇は幕府に無断で与えた紫衣を1627年、幕府が取り上げた事件。抗した沢庵宗彭は出羽に流罪)
 また江が生んだ3代将軍家光の乳母であった春日局は(斉藤利三は、明智光秀の家臣として山崎の戦いで戦死。その後、小早川秀秋の家臣稲葉家に嫁ぎますが、関が原の戦いの後、小早川秀秋が翌年死亡したことで、小早川家お家断絶、夫は素浪人となり、そのため離縁して志願して、家光乳母となり大奥入りし、その後大奥の権威者として権力を振るった)が無官(公家からみると公家ではなく一般人)が宮中に参内した事件等が、後水尾天皇の怒りを激化させ、後水尾天皇が自ら7歳であった女児に突然の譲位をし859年ぶりに明正天皇として即位することとなったのでした。


 後水尾天皇の意図としては、「天皇となった女性は即位後、終生独身を通さなければならない」という不文律があったために、わざとそうすることで、皇室から徳川の血を絶やし、後世まで徳川の影響が及ぶのを排除するという意図があったと言われています。  
 戦国時代は負けた将の一族郎党は、その将とともに滅びるというのが掟でしたが、江は小谷城の落城、北庄城の落城をこの目で見、織田、豊臣の滅亡も経験し、妻としては豊臣家に嫁ぎ、最後は徳川家の正室となりました。
 大河ドラマのヒロイン三女、江は、一度結婚しましたが秀吉に無理に離縁さされ、その後秀吉の甥、豊臣秀勝に嫁ぎ、女子豊臣完子を産みます。この豊臣完子は、その後成人し公家九条家に嫁ぎましたが、今の天皇家は明治天皇以降、九条家となっていますので、現在の天皇家は織田家、豊臣家の血を引いているといわれるゆえんです。 
 江は、信長を叔父にもち、豊臣一族と結婚し、豊臣完子(幼少名:おきい)を産み、当時、天皇家と縁戚の九条家に嫁がせました。
 徳川秀忠の正室となり、家光、和子を生み、明正天皇の祖母となりました。(なお、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、九条家は、藤原四家(南家、北家、武家、京家)の一つ北家から五家(近衛、九条、二条、一条、鷹司)に分かれた一つです。そうなると・・・。だんだんややこしくなってきました

 彼女はまさに波乱の人生をいきぬいた女性でした。一見、三姉妹の中でも負け組かと思いますが、彼女自身はその事を生きている間に感じていた事はなかったのではないかと思います。運命を受け入れる強さがあった柔軟な思考を持った女性であったのではないでしょうか。

 下々の私が穿った見方で、女性天皇論を論じるつもりは毛頭ございません。(笑)
今回の大河ドラマはあまりにも「ファンタジー」な部分が多く、視聴していませんが、宮尾登美子氏、永井路子氏のような女性の大御所作家の小説を読まれた後に、御所や二条城を散策されるのも、また違った発見があると思います。


  • 顔アイコン

    少しずれますが、宮尾登美子氏の本に、「一絃の琴」があったと思います。
    坂本龍馬の姉の乙女が、弾いたとも言われるもの、、、。
    歴史のロマンです。

    [ sharu24jp ]

    2011/8/1(月) 午前 1:32

  • 顔アイコン

    まだ、一度も見ていません。
    どうもその気にならなくって・・・
    多少の脚色は仕方がないにしても余りに色付けされると興ざめしてしみまして、それはそれで良いのかも知れませんがね。^^

    [ goodじいさん ]

    2011/8/1(月) 午前 11:17

  • 顔アイコン

    実家の近所に、大山崎の戦いで負けて逃げる途中に明智光秀が
    亡くなったとされる場所があります。
    住宅街でわかりにくいです。
    戦国ロマンにふけるのもいいですね。
    京都は歴史的な場所が特に多いですから。

    [ 僕隊長 ]

    2011/8/1(月) 午後 6:49

  • sharu24jpさま
    こんばんは。
    宮尾登美子先生の作品は読み応えがありますよね。
    ところで、関西にお越しの際には、やはり京都がメインですか?

    [ さかき きこ ]

    2011/8/1(月) 午後 10:28

  • goodじいさんさま
    こんばんは。
    私も今回番宣を見て見ないことを決めました
    まだ10歳にもならない江が明智光秀に講釈するなんて…演出が過ぎます〜(^_^;)この番宣でやめました。

    [ さかき きこ ]

    2011/8/1(月) 午後 10:33

  • 僕隊長さま
    こんばんは。
    そうなんですか。明智光秀の終焉の地は今では住宅街なんですね。
    明智光秀の首塚は華頂短期大学のそばで、やはり今は住宅街の路地にあります。

    私は阪急電車を利用しますが河原町行きの特急に乗車すると
    天王山から大山崎にかけての麓にサントリーの工場がありますね。
    水無瀬やこのサントリーのある大山崎周辺はコアな日本史ファンにはたまらない地域ですよね

    [ さかき きこ ]

    2011/8/1(月) 午後 10:42

  • 顔アイコン

    学生時代に茨木に在住
    休日は阪急京都線で四条川原町まで
    直線で円山公園まで・・霊山観音・・
    勿論サントリーあり・・なつかしいですね〜
    もうすっかり変わったでしょうね・・
    車も良し悪しですね。^^

    [ goodじいさん ]

    2011/8/2(火) 午前 5:54

  • 顔アイコン

    私は、私的旅行においては京都ですが、仕事では大阪が多いです。
    また、昔からの友人は、大阪が多いです。(懲戒免職になってなければ、、、笑い。)

    [ sharu24jp ]

    2011/8/2(火) 午前 9:37

  • goodじいさんさま
    茨木にお住まいでしたか。茨木は山手は能勢や京都に続き、隠れキリシタンの里であのフランシスコ・ザビエルの画が見つかるなど私の住む同じ北摂とは思えないほど奥が深い所ですね。
    阪急電車の京都線は新幹線と並列して走る区間があり、大人になっても楽しんでいます。
    徒歩と公共機関でよろしければ街歩きお供いたします

    [ さかき きこ ]

    2011/8/2(火) 午後 1:28

  • sharu24jpさま
    やはり京都は皆さんお好きですよね。
    京都も中国人の団体観光客が大挙して押し掛けると興ざめですが
    私が行くマイナーな場所は静かですよ〜
    また、お越しになる際にはくださいね。

    [ さかき きこ ]

    2011/8/2(火) 午後 1:35

さかき きこ
さかき きこ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
友だち(10)
  • こたつ猫
  • 僕隊長
  • 雇用能力開発機構
  • goodじいさん
  • 谷山 稜
  • ナガノケンミン
友だち一覧

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事