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玲瓏
ようやく、ペースをつかんできました。(*´∀`*) 今年も、どうぞご贔屓に??

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 先日の蔵屋敷シリーズを見た私の友人が「きこちゃん、大阪市中央公会堂はどこの藩の蔵屋敷だったの?」とごくふつーに質問がありました。
 中之島のシンボル、中央公会堂については大正期の大大阪時代の建築物である事はお話をさせていただきましたが、今回はこの中央公会堂を中心に界隈のわかっている限りでの蔵屋敷跡をご案内させていただきます。
 北浜の風雲児と呼ばれた相場師、岩本栄之助が公開堂建設費として当時の100万円(現在の80億円)を寄付し、蔵屋敷廃止後衰退したこの一帯に息吹を吹き込んだのでした。
 江戸末期にあった蔵屋敷は、備中・成羽藩(なりはわはん)、陸前・仙台藩(江戸時代に主として現在の宮城県全域と岩手県南部(北上市)および福島県新地町を領地とした藩です。江戸時代全期を通じて外様の大名伊達家がおさめました。知行地には茨城県、滋賀県の数カ所に飛び地がありました。江戸末期に発生した飢饉等の影響で仙台藩は政宗が当主だった頃の栄華は忘却の彼方にありました。)、石見・浜田藩(関ヶ原の合戦の前までは毛利氏が所領でした。)でした。残念ながらその面影を見つける事は出来ません。
 大正7年、この赤レンガがまぶしい公会堂が出来る前には、現在、大阪城内にある豊国神社がありました。豊国神社?京都じゃないの?と思う方もいると思います。明治12年京都市の豊国神社の別社として創建されこの地点に鎮座したのです。
 このすぐ目の前の東洋陶磁美術館の場所には木邨長門守重成表忠碑とその近くに大阪銀行集会所の石碑があります。そうなんです、大阪銀行集会所がこのあたりにあったのです。

 大阪銀行集会所・大阪銀行協会跡大阪銀行協会は、明治11年(1878年)6月、当時大阪にあった有力銀行数行が集まり、
毎月1回会合を開いて、業務上の打合せや親睦を図ることにした協議会がはじまりです。


翌128月、これらの銀行が、「銀行倶楽部」という常設の集会所をつくり、
その後新設された銀行を加えながら、明治145月にはこれを「大阪同盟銀行集会所」と改めました
。その後、明治309月にはいったんこれを解散し、新たに「大阪銀行集会所」をつくり、
408月にこれを財団法人組織に改組しました
この大阪銀行集会所は、第二次世界大戦の終わりまで存続したそうです
。

 東洋陶磁美術館は安宅コレクションが展示されています。この木邨長門守重のお話と安宅産業のお話は別の機会に・・・(また長くなりますしね。)
 今日のメインのお話。中央公会堂にぽーんと寄付をした岩本栄之助さんのお話です。
 明治10年、大阪の両替商「岩本商店」に男の子が誕生しました。「株式界の聖人」と呼ばれたほどの相場師、岩本家の次男として誕生したこの男の子が栄之助です。大阪市立大阪商業学校(大阪市立大学の前身)に学び、外国語学校にも進学した栄之助は英語、フランス語、清語をおさめました。日露戦争にも出征し、陸軍中尉にもなりました。
 夭折した兄に代わり29歳の時に岩本家の家督を相続。株仲買人となりました。明治40年の大暴落では全財産を投じて市場を買い支えました。
栄之助は賭け事も大事ではあるがそれ以上に大事なのは「信義」、そして「義侠心」の確固たる信念をもちました。また、「学問せなあかん」が口癖の栄之助は、取引所で働く少年たちのために、学校に行くように勧めるとともに、私財を投じて塾を作るなどし、ますます人気が出ることとなり「北浜の風雲児」と称えられました。
 明治42年、渡米事業団に加わり、ニューヨークを視察した際に富豪が公共のために死罪を投じているのをみて多いに感激をし、またその視察中に父栄蔵の病死の訃報に接し、その供養もかねて、明治44年に大阪市に100万円の寄付を行いました。そのお金が、大阪市民誰もが利用できる「中央公会堂」の資金利用に決定したのです。
 その後、大正5年に第一次世界大戦の異常景気で、大衆の買いが殺到するなか、「大衆買いの場合は逆をとれ」との格言により、栄之助は売りに回りました。

 しかし、相場は動かず、栄之助は苦境に陥る。相場で大損失を被った栄之助は、大正51022日、岩本商店の全ての使用人と家族を宇治への松茸狩りに出したあと、自宅の離れ屋敷に入り、陸軍将校時代に入手した短銃で咽喉部を斜めに打ち抜き自殺を図りました。左手には愛用の菩提樹の数珠を握っていたといいます。その5日後の同年1027日永眠。享年39歳。大阪市中央公会堂の完成を見る事なくこの世をさりました。

辞世の句「この秋をまたでちりゆく紅葉哉」。
そして、妻への遺言は「株式投機は自分一代限りとする。」と。
 いま、中央公会堂の地下一階に銅像が展示されています。(岩本栄之助記念室)
 未公開株で右往左往していた政治家さんたちに比べると、よっぽど、よっぽど、懐が広い。

 あ、大阪中央公会堂だけでおしゃべりが進みすぎました。この公会堂は各種の講演、会合などが催され、大阪市民に親しまれてきました。ロシア歌劇団の公演、アインシュタイン博士やヘレン・ケラー女史、ガガーリンなどの歴史的人物の講演も行われました。

 すみません、今回のお話は食傷気味だったかもしれませんね。

  • 顔アイコン

    私がものを言えるのは、北浜の風雲児 岩木 栄之助氏くらいです。
    我学び舎の大先輩ですからね!
    「信義」「義侠心」は私もしっかり受け継いでいると思うのですが・・・・・
    彼の様に「自決」しようとは思いません。
    株で数千万被害を受けていますが、いずれ元近くまで戻るであろう、と思い20年でも30年でも持つつもりです。(家内にボロチョンに言われます。) 果報は寝て待て!の心境ですが、生きているうちに何とかなればいいな!が本心です。^^

    [ goodじいさん ]

    2011/9/30(金) 午前 8:48

  • 今晩は
    goodじいさんさまと すごくにている方だなぁと 今回原稿を整えるために資料をいろいろ眺めてみて思いました(^-^)
    私は自殺をされた点がすごく謎です。
    力強い信念で乗り切られた事が沢山あるの何故に生きる事を放棄されたのかなぁ…と。
    池田にあった別邸は池田の伏尾温泉に移設されました。
    小林翁と同じように強運の持ち主。そこもgoodじいさんさまと同じですね

    [ さかき きこ ]

    2011/9/30(金) 午後 6:11

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