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日本のお土産力

今日は、講義の打ち合わせの前にNHK大阪へ。
どうして、NHK大阪に行ったのかは、このブログの最後でご紹介しますが、
NHK大阪をでて、テクテク、普段あまり歩く事のない
大阪の市街地を淀屋橋方面へ歩いて行きました。


一応、碁盤の目になっている、大阪の市内。
NHK大阪の東方向には 大阪城があり
その反対、西側の堺筋本町をまずは目指しました。

庶民的なお店が多いのと、ランチの値段すごく安い。
でも気になるのは、くわえ煙草で歩いている人がかなり多い・・・.
御堂筋は喫煙しながらの歩行は罰金をとられるのですが、この辺りは、
殆どの方が 喫煙しながら歩いて・・・(`o´)

あ、お稲荷さん発見!

イメージ 1

これは大阪商工会議所の横のあるお稲荷さんです。
「若宮稲荷神社」といいます。

今日は「初午」
2月の最初の午の日。稲荷社の縁日で、雑節の一つといわれています。
 全国で稲荷社の本社である京都の伏見稲荷神社の神が降りた日が
和銅4年2月 11日(2月9日説もある)であったとされ、
この日が初午であったことから、全国で稲荷社を祀ります。

でも、ここはひっそりとしていましたけどね。
聞けば、毎年5月の初午祭りをされるそうです。
(伏見稲荷は今日、初午のお祭りをしていました)

さて、狛犬好きの私はここでも、確認!
ちょっと変わったこの狛犬。中国の影響を受けた様式にも見えます。

イメージ 2
向かって左側の狛犬は、子供の狛犬を抱いています!
従前の「若宮稲荷神社」が安産祈願、家内繁栄の対象でもあったことを伺わせていますね。

次は下の写真。
神社に向かって右側の狛犬は開いた口の中に勾玉があり、
台座には巻物が彫刻されていることから、
商売・知識・学問の神を守護するものといわれています。
また、台座には瓢箪の彫刻もあしらわれており、
商売繁盛を祈願する稲荷神社ならではの狛犬といえます。


イメージ 3

一般に神社の狛犬は、角のない獅子像と角のある狛犬像とで一対になっていますが、
この神社には両方とも獅子型の像が配置されています。

みなさん、一見見落としそうですが、この神社の入り口には、
イメージ 4

そう、歴代の大阪を代表する大阪商工会議所の会長がいらっしゃいます。
五代さんのお話については、以前、ブログでもご説明をしていますが


この大阪商工会議所はもともと堂島にありました。
また、この若宮稲荷神社は 五代友厚さんが「御霊神社」から神職を御迎えしています。

さて、今日、私が大阪NHKに行った理由はこれ!

イメージ 5

創作、ニッポンのお土産展!

クリェーターの方々が、日本の各地の名産を
世界で勝負できるように、パッケージや、ちょっとデザインを変えてみて
沢山の種類の展示をしていました。

いま、すぐにでも欲しいものが沢山あって、
あらためて、日本ってすごい!と(^◇^)┛

著作権の問題があるので、展覧会場の写真は とれませんでしたが、
本当にすてきなものばかり。
世界に自慢できる日本の生産品。誇りです。

以前、ご紹介した「なしのチューハイ」もこれくらいのセンスがあれば・・・と
思い出し笑いしてしまいました。

この後、東京でも展示があります。

東京展 2013年2月20日(水)〜3月13日(水
株式会社竹尾 見本帖本店2F

神々の島 淡路 付録

付録のお話

今回の 淡路島上陸の最終日の朝。
近畿地方は京都や兵庫県のすぐそばまで 雪が積もった日です。
昨日、探訪中にも時折、雪が舞いましたが・・・。


イメージ 3

こんな、寒風の中でも釣り名人と呼ばれる方々は、気にせず海釣りに出られていました。
昨日よりも強風ですが、この海を見ると思わず海沿いの道を歩きたくなり・・・。さむ〜

今回宿泊したホテルです。
この場所も 今回のテーマの「太陽の道」の誤差の範囲内の場所。

阪神淡路大震災以降の調査で活断層の影響もあって、実際に建設する場所
よりも少し海沿いに建てられました。
もちろん、このホテルと周辺の施設は、
日本を代表する建築家、安藤忠雄氏です。

実は、このちょっと変わった建物の建て方の向かう方向は、
神様が 向けた 剣の方向と同じのようで・・・。
先には、貴船神社があります。(これは、 「神々の島 淡路」をご覧くだされば・・・。)

イメージ 2

次回の来島の楽しみがまた増えました。

さて、今回 お伺いした場所の補足です。
下の図は、淡路富士(先山)の千光寺。

イメージ 1

淡路国名所地図です。

ここへ行く前に、淡路島の「団子ころがし」という風習についてお話を伺いました。
五七日(35日)は、閻魔大王さまの裁きを受ける日だそうです。
人は亡くなったら、家の近くの高い山から
あの世へ登ってゆくのだそうで、
淡路島の団子ころがしは7割方この先山でするそうです。

団子ころがしは、諸説あるそうですが
亡くなった方が三途の川を渡り、あの世に行く時に
鬼(餓鬼)が現れいく手を阻むので、それに向かって団子(にぎりめし)を投げ
鬼が団子に気を取られているうちに無事に極楽天国へ行けるよう、
鬼が団子を食べている間に先の道を急ぐ というものだそうです。

この供養は谷を背にして、団子(おにぎり)を
谷へ放り投げる(後ろ向きで、谷へ団子を放り投げる)のです。
谷を見てはいけないのです・・・。

このお話を伺った時に、「ふむふむ」と思っていたのですが
すごくよく似た話を・・・、あれ?あれ?

大阪と兵庫県と京都府の境にある所に妙見山と言う場所があるのですが
そちらの方から来ていた高校時代の同級生が同じような話をしていた事を思い出しました。

千光寺の本殿の後ろが、ちょうど谷になっていました。
そして、その前の六角堂の扉が少し開いていたので、中にちょっと
のぞいてみたら閻魔大王様もいらっしゃいました・・・。絶句。
ここは、遺髪を納める場所だそうです。

島以外から参拝者の私たちに、地元の方が、
色々と丁寧にお話をしてくださいました。

イメージ 4

ご詠歌

「あめつちの開きはじまる山なれば大慈・大悲の月ぞさやけき」


そういえば・・・、
尾道にも千光寺がありましたね。

それともまた違った、この淡路島の風習の根っこを 垣間みたように思いました。

神々の島 淡路その5

さて、夕方4時も近くになると、とにかく、寒い!いや、冷たい!!!
車の中でも、海風の音が聞こえてきます。

先に、お寿司を食べる?
先に温泉に行く?

あ、もう一カ所探訪する場所が・・・。
イメージ 1


杉玉に、この樽・・・。
淡路島酒蔵です。「千年一酒造」です。
昔は 沢山あったという 個人の酒蔵も今はこの「千年一酒造」と「都美人」のみ。
「都美人」の酒蔵のお酒はANAでの機内サービスにも利用されたので
ご存知の方も多いかもしれません。
以前、「都美人」の蔵の「無限大」とい名のお酒を
「機内サービスで本当に美味しかったから」という事でお土産にいただいたことがあります。


こちらの千年一酒造さんも 個人の蔵で新酒鑑評会で金賞受賞。
地元でも評判の酒蔵です。

イメージ 2

蔵に入ると、いい薫りが鼻孔をくすぐります。
醗酵の食品を扱っている場所特有の空気の薫り。
寒風吹きすさぶ外の空気とも違って、お肌にも良さそうな「やわらかい」、
「ほっこりした」空気が漂います。

こちらのタンクの中には、醗酵段階の お酒が 沢山詰まっていました!

このタンクのそばにある、はしごを上りタンクの中のお酒とも対面しました。
3mほどの高さ・・・、中途半端に高所恐怖症の私は、へっぴり腰であがり
そして、中のお酒の写真は・・・撮る事が出来ず・・・残念(T_T)

車を運転しない、私は試飲もさせていただき、
酒粕の入った「きんつば」もいただきました。
前の日の晩の食事の際に、三年フグとこちらの純米大吟醸を
いただいていたので、絶対ここの酒粕は「おいしい」に違いない!と(^o^)/

イメージ 3

古今東西を問わず、神様とお酒は密接な関係があります。
ここでも、それを実感することが・・・.

この酒蔵の住所が 淡路市久留麻。
近くには立派な神社があります。それは「伊勢久留麻神社」
奈良の箸墓古墳を中心に伊勢神宮と東西対称に位置します。
伊勢神島、伊勢斎宮跡、三輪山、室生寺、長谷寺、などとともに「太陽の道」とされる
北緯34度32分にあり、古代の太陽信仰の拠点の一つとされています。

こちらの、お話も含め、後ほど・・・。

次に向かったのが、今晩の食事場所。
岩屋にある、お寿司屋さんです。
こちらでは、地元であがったお魚を中心に美味しいお寿司をいただきました。

移動中、外気の気温は既に0℃。
これは、教えていただいた、温泉に行くしかない!とそのまま、
車は高速道路に入らないよう、地道を延々と 松帆の浦へ進みます。

こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに焼くやもしほの 身もこがれつつ」
 藤原定家(小倉百人一首)

残念ながら、この時点ではこの和歌を思い出す余裕はありませんでした・・・.

酒蔵での試飲の酔いは、蔵を出た瞬間に吹っ飛んでしまうくらいの寒さ。
お寿司屋さんでも、周りにある観音寺に興味を持ちつつも
あまりの寒さに辟易してしまい、
そして、やっとついた温泉!ちょっと高台にあるせいか・・・、強風度大!

そして、この温泉の露天風呂から見える風景は

イメージ 4

露天風呂に写メは持って行けませんが、
ちょうど神戸市の観光HPに淡路島側からみた 
明石海峡大橋の 写真があったので、代用させていただきました。

ちょっと違うのは、この日は満月前の十三日月夜。

お月様も見ながら、ちょうどこの写真のような 明石海峡をみながら
露天風呂でぼーっとしていました。
冷えた体がゆっくりと 解凍していきました。

神々の島 淡路その4

伊弉諾神宮(いざなぎ)
ここでも、寒い中、あれ?とか 「ふーーん」とか思いながら
時間を見るともう三時も過ぎていたので、次の目的地に。

実は今回、色々見たいところがあったのですが、欲張りすぎてじっくり見れないの残念だし、
この旅行の前に「淡路島と屋久島ってどっちが大きいのかなぁ」と
友人の前でつぶやいたら、失笑。
家人にも呆れられました・・・。><

夕方、岩屋のお寿司屋さんに予約を入れているので、出来るだけ
そちらの方に向かう道中の場所で何か見れないかなぁと国道28号線を岩屋方面へ。
国道に向かう道々にも沢山の神社とお寺があり、
淡路島の人口を考えると、一人当たり複数の檀家や、神社の氏子になってないと・・・
など、余計な事をおもったり・・・。

さて、28号線を岩屋へ向かって目立ったところ。
それが「大黒天 八浄寺」第一印象は、プチ高野山

イメージ 1

こちらが七福宝塔

高野山の根本大塔に似せて造ったこの宝塔は国道からもよく見えていました。
そして、淡路島で訪れたお寺の中で一番、今っぽいなぁと。
他の場所が、不便であり、かつ知る人ぞ知る場所であったとすれば
こちらは、観光バスで七福神巡りにも必ず立ち寄りそうなお寺です。
高野山の緑と空の青に映える塔もいいですが
こちらの朱の塔は、海の青、空の青にも映えていいですね。

イメージ 2

そして、こちらがご本堂。
正式には蓮台山 八浄寺
1394年に開基心了奉仕の阿弥陀如来造立にはじまります。
室町時代の頃です。
尊天の前仏甲子大黒天は、日本一の木像加持尊天で
尊天は室町期の阿弥陀如来。開運と福徳の御利益があります。
室町時代から続く高野山真言宗の古刹で、
弘法大師御筆と伝えられる妙音弁財天を、
年ごとに場所を移してお祀りする淡路島の奇祭「回り弁天」発祥のお寺。

この日は、翌日の大黒天まつりの準備で寒風の中、
ご接待の準備やお掃除などをみなさんでされていました。

境内をまわり、ご本堂の中へ。
流石に写真はとれなかったのですが、大黒天様、
阿弥陀如来様、毘沙門天様など、そうそうたるぞうがならび・・・

ここでも、私がめざとく見つけたのが「大黒天さまの御みくじ」

イメージ 3

この大黒天さまと 御みくじがセットになって透明な袋にはいっていました。
かわいい!!! (^o^)/(^o^)/(^o^)/

ただ、気になったのが、この御みくじ 透明な袋に入っているから
御みくじの番号が見えているのです。
だから、好きな番号の 大黒天様とのセット。
どこの御みくじでも、共通してある番号が「大吉」です。

私も、過去の経験則から、その番号の御みくじをいただきました。
もちろん、大吉!!
むふふ。♪〜θ(^O^ )

さて、4時近くなると風はますます冷たさをまし、みると気温2℃
ホテルのお部屋にあったお茶を ポットつくり準備万全で
 動き回ったのですが やはりこの強風と寒さにはくじけそうになります。

教えていただいた、温泉にも絶対にいって、あったまらないと!!!と
予定を大幅に変更し、一路、岩屋にむかいます。

イメージ 4
本当に風邪が強かったので、今日は対岸の大阪や神戸の方
そして、四国の山々まで本当に良く見えました。

これは 岩屋に向かう移動中からとった大阪湾、ちょうど関西国際空港方面です。
離陸する飛行機もきれいいにみえました。


山岳信仰の山 淡路富士の 千光寺を後にして
少し遅いお昼を食べに 洲本市内に移動。

本当は、福良の漁港にある、ご紹介をいただいたお店に行きたかったのですが
お昼も予約要!既に13時もすぎ、予約の電話をいれると「売り切れ」とのこと。

洲本では、地元の昔からある長屋をリノベートしたイタリアンのお店に!
美味しいものお察知する感で 選んだお店。今回も (^o^)/

さて、次の探訪地は、もちろん古事記ゆかりの場所。
伊弉諾神宮(いざなぎ)です。

そして、これが歴史ファンを喜ばせる、地図の一つ。

イメージ 1

伊弉諾神宮は、奈良の飛鳥となっていますが、
三輪大社の麓、箸墓古墳と伊勢神宮の直線上に
夏至の時期の日の出、日の入りの直線上には 出雲大社があります。
色々な意味で古代ロマンを感じる場所です。

古事記・日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、
御子神なる天照大御神に国家統治の大業を委譲され、
最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に
幽宮」を構へて余生を過ごされたと記されたいます。

その御住居跡に御陵が営まれ、
至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが、
當神宮の起源。地元では「いっくさん」と別称され
日少宮・淡路島神・多賀明神・津名明神と崇められています。

これ以上の説明は無粋になりますね。
神社のHPなどにも記されていますので、ご興味のある方は
そちらものぞいてみてください。

さて、入り口です。
イメージ 2

先ほどまで探訪した場所とは違いここは次々と観光バスが到着。
その団体観光客の合間をぬって いざ!

あれ?この感じ???。

イメージ 3
進めば進むほど、あれ?
一緒に行った家族とも顔を見合わせて...
「出雲大社に似ているね。」と・・・.

そう、気の感じは、まさに出雲大社!と同じ感じなのです

イメージ 4

強風が吹く中、観光バスの団体さんが いなくなった時を見計らって「ぱちり」

この先は神様とのご対面です。

イメージ 5

うん、ちゃんと、無事にここに参拝できたお礼も含め
お参りをさせていただきました。
本殿の周りをぐるっとまわり,ここでも「御みくじ」を引く私。
ここの御みくじは 明治神宮と同じタイプの御みくじでした。
裏面はちゃんと英文で書かれています。

御みくじをいただいたときに あまりにも寒そうにしている巫女さんたちに
「寒いですよね。あのー、巫女の衣装の下には何を・・・。」
と思わず聞いてしまいました。
と、言うのも私が今から20年ほど前に京都の神社で巫女さんをした時には
寒いので「白のvネックセーター」をきていました。
これのお陰で、衣装の下に バスタオルをまく事なく・・・。
(着物の時に、当時やせすぎていた私は バスタオルを3枚まくのが通常でした。)

寒さで、カイロを手にされていましたが、流石に
この私の質問には苦笑されていました。

そういえば、昔は斉宮(神殿の巫女)も27歳ぐらいまでには引退
10歳頃から 神殿にあがるのですから、引退も早いわけです。
これ、吉原の花魁も同じなんですよね〜

と、話が随分それてしまいましたが、
この神社の住所は淡路市多賀。
滋賀県に多賀大社がありますがこちらも 伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)、
伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)が御神祭

日本最古の書物「古事記」によると、この両神は神代の昔に、
初めて夫婦の道を始められ、我国の国土、
続いて天照大神をはじめとする八百万(やおよろず)の神々を
お産みになられました。このように、命の親神様であることから、
古くから延命長寿、縁結び、厄除けの霊神として信仰を集め、
鎌倉から江戸時代にかけては、武家や民衆の信仰が一気に広まりました。
 例えば、甲斐の武田信玄は25歳の厄年に際し、
黄金2枚を寄進して厄除けを祈願しておりますし、
太閤秀吉は母大政所の病気に際して
「命の議、三カ年、ならずんば二年、げにげにならずんば三十日にても」
と祈願文を寄せ、米一万石を寄進しております。
幸いに大政所は治癒され、その一万石で正面の太閤橋や奥書院庭園が築造されました。

このような逸話のある多賀大社の多賀という地名を住所にしている
伊弉諾神宮。もちろん多賀大社の住所は多賀町多賀です。

松本清張氏が、古来からの地名の謎を解きながら
邪馬台国の畿内説を語っていらっしゃいましたが

この二つの神社の地名が単なる偶然の一致とは思えませんでした。

そう思いながら、車にのって
再度、淡路島の地図を見ると・・・,「!!?」と
思う地名が沢山!

これはおいおい、ご説明をして行きたいと思います(^_^)

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