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神々の島と言えば、バリ島を思い浮かべる方も多いと思いますが、
今回は淡路島をご紹介します。
今回は ピンポイントのみの紹介です。
島内を移動中に「えー!」とか、「あれ〜!!!」と興味津々となる場所が沢山ありました。
でも、今回一番のおすすめは、 太平山 蓮花寺
こちらの羅漢堂の五百羅漢です。
五百羅漢と言えば、例えば、徳川将軍家の菩提寺として知られる
港区・増上寺に秘蔵される「五百羅漢図」全 100 幅。
幕末の江戸に生きた絵師・狩野一信( 1816 〜 63 )が 10 年の歳月をかけて描いた
入魂の大作です。つまり、絵巻物。
他には私は二年前に行った、埼玉県の川越にある喜多院の五百羅漢。
喜多院は徳川家光誕生の間があるとして有名ですが、ここの五百羅漢は
日本三大羅漢の一つに数えられます。
この五百余りの羅漢さまは、川越北田島の志誠(しじょう)の発願により、
天明2年(1782)から文政8年(1825)の約50年間にわたり建立されたものです。
十大弟子、十六羅漢を含め、533体のほか、中央高座の大仏に釈迦如来、脇侍の文殊・普腎の両菩薩、左右高座の阿弥陀如来、地蔵菩薩を合わせ、全部で538体が鎮座しています。
でも、こちらは 石仏で野外におかれています。
今回、訪れた 蓮花寺の五百羅漢は羅漢堂というお堂の中にあります。
羅漢堂に入るとこのように お迎えくださいました!(^o^)
まさに圧巻!
笑うのあり、泣いたのあり、怒ったのあり、ヒソヒソ話をするものあり、
本当にさまざまな表情をした羅漢様がおられます。
そして、いろいろな仏具、日用品を持っていたり、動物を従えていたりと、
いつまで見ていても飽きないくらい、変化に富んでいます。
ご詠歌「ながき日や 老いも若きも もうでくる 五百羅漢の庭 のどかなり」
この蓮花寺は鎌倉末期の後宇多天皇崩御の際に、
その菩提をを弔って全国行脚していた僧侶が1332年に、」この地を訪れ
永住の寺を建立、寺名を後宇多天皇ゆかりの蓮花寺と名付けられました。
この羅漢様、江戸時代後期のから66年の歳月を経て五百羅漢が安置されました。
この羅漢様の台座の文字は、江戸時代にあった淡路島の村の名前が
書かれているとの事。
それにしても、阪神淡路大震災の災害からも逃れ、江戸時代からの色付けそのままで残っている羅漢様は本当に美しく・・・保存状態の良さに 感じ入りました。
よく見ると、女性の羅漢様や、結構男前の羅漢様もいらして・・・。
羅漢様の羽織っている袈裟、柄などを見ると、この色彩は・・・、
そう、高野山で見た曼荼羅と同じ模様も・・・。
こちらの五百羅漢は 地元の方もなかなか足を運ばない場所だそうです。
だからかもしれませんが、羅漢堂の扉を閉めた際に、
ヒソヒソと・・・、羅漢様がたの会話が聞こえたような・・・
でも、それはすぐに 強い風の音に消されてしまいました。
こちらの お寺の場所周辺の地名を見ると、
古事記のゆかり地名が沢山。
弘法大師様が高野山を聖地とする前に奈良の十津川村など
やはり周辺の古事記ゆかり國造りの神がおはしめした場所で修行を行っている事を思うと
偶然とは思えませんでした・・.
そして、今回の旅行中、思い出したのが、この
淡路島は明治維新までは 徳島県に属していた事。
文楽、浄瑠璃と平家の関係、弘法大師様の巡礼の話、國造りの神・・・と
謎と魅力はつきません。
でも、またこの羅漢様に会いに淡路島に上陸したいなぁと思いながら
門前を後にしました。 |

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