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玲瓏
ようやく、ペースをつかんできました。(*´∀`*) 今年も、どうぞご贔屓に??

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神々の島 淡路その4

伊弉諾神宮(いざなぎ)
ここでも、寒い中、あれ?とか 「ふーーん」とか思いながら
時間を見るともう三時も過ぎていたので、次の目的地に。

実は今回、色々見たいところがあったのですが、欲張りすぎてじっくり見れないの残念だし、
この旅行の前に「淡路島と屋久島ってどっちが大きいのかなぁ」と
友人の前でつぶやいたら、失笑。
家人にも呆れられました・・・。><

夕方、岩屋のお寿司屋さんに予約を入れているので、出来るだけ
そちらの方に向かう道中の場所で何か見れないかなぁと国道28号線を岩屋方面へ。
国道に向かう道々にも沢山の神社とお寺があり、
淡路島の人口を考えると、一人当たり複数の檀家や、神社の氏子になってないと・・・
など、余計な事をおもったり・・・。

さて、28号線を岩屋へ向かって目立ったところ。
それが「大黒天 八浄寺」第一印象は、プチ高野山

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こちらが七福宝塔

高野山の根本大塔に似せて造ったこの宝塔は国道からもよく見えていました。
そして、淡路島で訪れたお寺の中で一番、今っぽいなぁと。
他の場所が、不便であり、かつ知る人ぞ知る場所であったとすれば
こちらは、観光バスで七福神巡りにも必ず立ち寄りそうなお寺です。
高野山の緑と空の青に映える塔もいいですが
こちらの朱の塔は、海の青、空の青にも映えていいですね。

イメージ 2

そして、こちらがご本堂。
正式には蓮台山 八浄寺
1394年に開基心了奉仕の阿弥陀如来造立にはじまります。
室町時代の頃です。
尊天の前仏甲子大黒天は、日本一の木像加持尊天で
尊天は室町期の阿弥陀如来。開運と福徳の御利益があります。
室町時代から続く高野山真言宗の古刹で、
弘法大師御筆と伝えられる妙音弁財天を、
年ごとに場所を移してお祀りする淡路島の奇祭「回り弁天」発祥のお寺。

この日は、翌日の大黒天まつりの準備で寒風の中、
ご接待の準備やお掃除などをみなさんでされていました。

境内をまわり、ご本堂の中へ。
流石に写真はとれなかったのですが、大黒天様、
阿弥陀如来様、毘沙門天様など、そうそうたるぞうがならび・・・

ここでも、私がめざとく見つけたのが「大黒天さまの御みくじ」

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この大黒天さまと 御みくじがセットになって透明な袋にはいっていました。
かわいい!!! (^o^)/(^o^)/(^o^)/

ただ、気になったのが、この御みくじ 透明な袋に入っているから
御みくじの番号が見えているのです。
だから、好きな番号の 大黒天様とのセット。
どこの御みくじでも、共通してある番号が「大吉」です。

私も、過去の経験則から、その番号の御みくじをいただきました。
もちろん、大吉!!
むふふ。♪〜θ(^O^ )

さて、4時近くなると風はますます冷たさをまし、みると気温2℃
ホテルのお部屋にあったお茶を ポットつくり準備万全で
 動き回ったのですが やはりこの強風と寒さにはくじけそうになります。

教えていただいた、温泉にも絶対にいって、あったまらないと!!!と
予定を大幅に変更し、一路、岩屋にむかいます。

イメージ 4
本当に風邪が強かったので、今日は対岸の大阪や神戸の方
そして、四国の山々まで本当に良く見えました。

これは 岩屋に向かう移動中からとった大阪湾、ちょうど関西国際空港方面です。
離陸する飛行機もきれいいにみえました。


山岳信仰の山 淡路富士の 千光寺を後にして
少し遅いお昼を食べに 洲本市内に移動。

本当は、福良の漁港にある、ご紹介をいただいたお店に行きたかったのですが
お昼も予約要!既に13時もすぎ、予約の電話をいれると「売り切れ」とのこと。

洲本では、地元の昔からある長屋をリノベートしたイタリアンのお店に!
美味しいものお察知する感で 選んだお店。今回も (^o^)/

さて、次の探訪地は、もちろん古事記ゆかりの場所。
伊弉諾神宮(いざなぎ)です。

そして、これが歴史ファンを喜ばせる、地図の一つ。

イメージ 1

伊弉諾神宮は、奈良の飛鳥となっていますが、
三輪大社の麓、箸墓古墳と伊勢神宮の直線上に
夏至の時期の日の出、日の入りの直線上には 出雲大社があります。
色々な意味で古代ロマンを感じる場所です。

古事記・日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、
御子神なる天照大御神に国家統治の大業を委譲され、
最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に
幽宮」を構へて余生を過ごされたと記されたいます。

その御住居跡に御陵が営まれ、
至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが、
當神宮の起源。地元では「いっくさん」と別称され
日少宮・淡路島神・多賀明神・津名明神と崇められています。

これ以上の説明は無粋になりますね。
神社のHPなどにも記されていますので、ご興味のある方は
そちらものぞいてみてください。

さて、入り口です。
イメージ 2

先ほどまで探訪した場所とは違いここは次々と観光バスが到着。
その団体観光客の合間をぬって いざ!

あれ?この感じ???。

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進めば進むほど、あれ?
一緒に行った家族とも顔を見合わせて...
「出雲大社に似ているね。」と・・・.

そう、気の感じは、まさに出雲大社!と同じ感じなのです

イメージ 4

強風が吹く中、観光バスの団体さんが いなくなった時を見計らって「ぱちり」

この先は神様とのご対面です。

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うん、ちゃんと、無事にここに参拝できたお礼も含め
お参りをさせていただきました。
本殿の周りをぐるっとまわり,ここでも「御みくじ」を引く私。
ここの御みくじは 明治神宮と同じタイプの御みくじでした。
裏面はちゃんと英文で書かれています。

御みくじをいただいたときに あまりにも寒そうにしている巫女さんたちに
「寒いですよね。あのー、巫女の衣装の下には何を・・・。」
と思わず聞いてしまいました。
と、言うのも私が今から20年ほど前に京都の神社で巫女さんをした時には
寒いので「白のvネックセーター」をきていました。
これのお陰で、衣装の下に バスタオルをまく事なく・・・。
(着物の時に、当時やせすぎていた私は バスタオルを3枚まくのが通常でした。)

寒さで、カイロを手にされていましたが、流石に
この私の質問には苦笑されていました。

そういえば、昔は斉宮(神殿の巫女)も27歳ぐらいまでには引退
10歳頃から 神殿にあがるのですから、引退も早いわけです。
これ、吉原の花魁も同じなんですよね〜

と、話が随分それてしまいましたが、
この神社の住所は淡路市多賀。
滋賀県に多賀大社がありますがこちらも 伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)、
伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)が御神祭

日本最古の書物「古事記」によると、この両神は神代の昔に、
初めて夫婦の道を始められ、我国の国土、
続いて天照大神をはじめとする八百万(やおよろず)の神々を
お産みになられました。このように、命の親神様であることから、
古くから延命長寿、縁結び、厄除けの霊神として信仰を集め、
鎌倉から江戸時代にかけては、武家や民衆の信仰が一気に広まりました。
 例えば、甲斐の武田信玄は25歳の厄年に際し、
黄金2枚を寄進して厄除けを祈願しておりますし、
太閤秀吉は母大政所の病気に際して
「命の議、三カ年、ならずんば二年、げにげにならずんば三十日にても」
と祈願文を寄せ、米一万石を寄進しております。
幸いに大政所は治癒され、その一万石で正面の太閤橋や奥書院庭園が築造されました。

このような逸話のある多賀大社の多賀という地名を住所にしている
伊弉諾神宮。もちろん多賀大社の住所は多賀町多賀です。

松本清張氏が、古来からの地名の謎を解きながら
邪馬台国の畿内説を語っていらっしゃいましたが

この二つの神社の地名が単なる偶然の一致とは思えませんでした。

そう思いながら、車にのって
再度、淡路島の地図を見ると・・・,「!!?」と
思う地名が沢山!

これはおいおい、ご説明をして行きたいと思います(^_^)
五百羅漢様とのご対面を果たし、次に向かった先は 淡路富士(先山)と呼ばれる山が
きれいに見える場所。

ここは、マル秘スポットなので、淡路島の地図を見て ご想像いただきたく思います。

淡路富士(先山)の山頂にある 千光寺が次の探訪地です。
淡路島十三仏霊場第一番の千光寺は、淡路島第一の名刹と言われています。

イメージ 1

ここの茶店の お羊羹は美味しい とうかがっていたので、
楽しみにしながら 茶店に行くと、「本日の分売り切れました」の札。
えー、まだ12時なのに!!と思っていたらお店の方が
「いま、小豆を炊いているから、羊羹はあしたにならないとできあがらないけど
 炊いた小豆を持って帰る?」・・・.と。

居合わせた 参拝の老夫婦も、「あら〜。」と残念そう。
地元の方で、月一のお参りには 必ずここのお羊羹をいただくのが
子どもの頃からの風習だったとか。
うーーん、残念!!

気を取り直して、石段をあがって行きます!
ますは、霊場一番の不動堂。ここを通過しさら奥にある石段を上って行くと・・・

イメージ 2

目の前が開け、眺望が!!展望台です。
洲本の街だけではなく、四国の山まで見渡す事ができます。
本当に絶景!(写真は、ちょっと石段をさらにあがったところから撮影)
時折、雪雲が到来し、時々、雪も舞いましたが、これくらいはご愛嬌
と思える眺望でした。
(と、いうか、風が強く寒さに麻痺していたのかもしれません。(^_^;))

さらに石段をあがり、仁王門の前の仁王像にご挨拶。
ここの仁王像は運慶の作と言われています。

イメージ 3

そういえば、最近、このように仁王門と仁王像がきちんと
あるお寺に行っていないなぁ〜と思いました。
先の五百羅漢のある 蓮花寺も 仁王門と仁王様がいらっしゃいました。

狛犬好きの私(自称 狛犬研究家)には 次に興味深いのが、
ここは狛イノシシを祀っていることです。
イメージ 4

日本の宗教学の中で狛犬の研究も実はなかなか進んでいないのが実情。
個人の趣味の範囲としてしか長年も目されていませんでした。
狛犬だけでも、時代、彫り師の流派、使っている石材などで
当時の大和文化、権力者(民政統治)、宗教、文化の伝播が色々わかります。

いのししさん、確か、京都御所の蛤御門のそばにある和気清麻呂公を祀った
護王神社も 狛いのししです。

イメージ 5


千光寺の全体。こここではお寺にもか関わらず「おみくじ」がありました。
高野山でも おみくじがあり、お寺のおみくじ!
自称  おみくじ研究家(これは、だいぶ 周辺で認知されてきましたf^_^;)))
もちろん引いてみました!! むふふ。

さて、千手観音がを安置した本堂と私が次に
目にして興味を持ったのが、この鐘楼。
イメージ 6


中に入ると、梵字がはっきりと見え、本堂とはまた違った不思議な空間でした。
伺うと、鐘楼の銅鐘は弘安6年の銘があり、国の重要文化財とのこと。
正直、どうやってここまで この鐘を運んだのかしら・・・。
と、興味は尽きません。

この先山そのものが 淡路島の山岳信仰の場であったとの事。
そのせいか、ここでは背筋が 伸びる、とても不思議な気の気配を感じたのは
寒風の寒さで、五感が麻痺し勘違い・・・とも思えず・・・。

山岳信仰の場であったこの先山の 供養行事のお話を伺い、
わずかな時間では とても感じる事が出来ない 淡路島の奥深さを 実感しました。

<おまけ>

千光寺のすぐ下方に「岩戸神社」があります。
参拝のみなさんが、 皆、鳥居に石をおく為に
石を投げていました。なかなかうまく鳥居にのっかりません・・・。

鳥居に石がのると、心願成就となるそうです。
背の高い私でも、ちょっと苦戦。
でも、背伸びして、なんとか、鳥居に石をのせてきました!!!
お願い事は ...あれ? のせるのが必死で、願掛けしていなかった?( ̄○ ̄;)かも?

神々の島 淡路

神々の島と言えば、バリ島を思い浮かべる方も多いと思いますが、
今回は淡路島をご紹介します。

今回は ピンポイントのみの紹介です。
島内を移動中に「えー!」とか、「あれ〜!!!」と興味津々となる場所が沢山ありました。

でも、今回一番のおすすめは、 太平山 蓮花寺
こちらの羅漢堂の五百羅漢です。

五百羅漢と言えば、例えば、徳川将軍家の菩提寺として知られる
港区・増上寺に秘蔵される「五百羅漢図」全 100 幅。
幕末の江戸に生きた絵師・狩野一信( 1816 63 )が 10 年の歳月をかけて描いた
入魂の大作です。つまり、絵巻物。

他には私は二年前に行った、埼玉県の川越にある喜多院の五百羅漢。
喜多院は徳川家光誕生の間があるとして有名ですが、ここの五百羅漢は
日本三大羅漢の一つに数えられます。
この五百余りの羅漢さまは、川越北田島の志誠(しじょう)の発願により、
天明2年(1782)から文政8年(1825)の約50年間にわたり建立されたものです。
十大弟子、十六羅漢を含め、533体のほか、中央高座の大仏に釈迦如来、脇侍の文殊・普腎の両菩薩、左右高座の阿弥陀如来、地蔵菩薩を合わせ、全部で538体が鎮座しています。
でも、こちらは 石仏で野外におかれています。

今回、訪れた 蓮花寺の五百羅漢は羅漢堂というお堂の中にあります。
羅漢堂に入るとこのように お迎えくださいました!(^o^)
イメージ 1

イメージ 2

まさに圧巻!
笑うのあり、泣いたのあり、怒ったのあり、ヒソヒソ話をするものあり、
本当にさまざまな表情をした羅漢様がおられます。
そして、いろいろな仏具、日用品を持っていたり、動物を従えていたりと、
いつまで見ていても飽きないくらい、変化に富んでいます。
ご詠歌「ながき日や 老いも若きも もうでくる 五百羅漢の庭 のどかなり」
この蓮花寺は鎌倉末期の後宇多天皇崩御の際に、
その菩提をを弔って全国行脚していた僧侶が1332年に、」この地を訪れ
永住の寺を建立、寺名を後宇多天皇ゆかりの蓮花寺と名付けられました。
この羅漢様、江戸時代後期のから66年の歳月を経て五百羅漢が安置されました。
この羅漢様の台座の文字は、江戸時代にあった淡路島の村の名前が
書かれているとの事。
それにしても、阪神淡路大震災の災害からも逃れ、江戸時代からの色付けそのままで残っている羅漢様は本当に美しく・・・保存状態の良さに 感じ入りました。
よく見ると、女性の羅漢様や、結構男前の羅漢様もいらして・・・。

羅漢様の羽織っている袈裟、柄などを見ると、この色彩は・・・、
そう、高野山で見た曼荼羅と同じ模様も・・・。

イメージ 3
 こちらの五百羅漢は 地元の方もなかなか足を運ばない場所だそうです。
 だからかもしれませんが、羅漢堂の扉を閉めた際に、
 ヒソヒソと・・・、羅漢様がたの会話が聞こえたような・・・
 
 でも、それはすぐに 強い風の音に消されてしまいました。

 こちらの お寺の場所周辺の地名を見ると、
 古事記のゆかり地名が沢山。
 弘法大師様が高野山を聖地とする前に奈良の十津川村など
 やはり周辺の古事記ゆかり國造りの神がおはしめした場所で修行を行っている事を思うと
 偶然とは思えませんでした・・.

 そして、今回の旅行中、思い出したのが、この
 淡路島は明治維新までは 徳島県に属していた事。
 文楽、浄瑠璃と平家の関係、弘法大師様の巡礼の話、國造りの神・・・と 
 謎と魅力はつきません。

 でも、またこの羅漢様に会いに淡路島に上陸したいなぁと思いながら
 門前を後にしました。

淡路島 うみ

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淡路島二日目の朝

今朝は寒波がきているせいか
淡路島から見る朝の海も太陽の光も冬のそのもの…写メ一つ目です

お昼頃に みた海は

風は強くとも
ひねもす のたり のたりかな

キラキラ,゜.:。+゜と輝く うみ。

あの震災の津波をみてから ちょっと海が怖かったのですが…

淡路島にきてから すっーと その 怖いという気持ちが なくなってきました。


小春日和のひざしの中、
ひねもす のたり のたりかな

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さかき きこ
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