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さて、卒論発表も終わり、卒論をまとめる段階に来ています。
今年は(も?)なかなか波瀾万丈な状態でしたが、
むしろそのような波を乗り越えた4年生は多少たくましくなり、
自分で考える知恵を身につけるようです。
一方、成果は出ているはずの4年生。
言われたことを鵜呑みし、常に答え合わせをしようとする姿勢に辟易しています。
確かに、これなら学業成績は良いでしょう。
いつも先生から呈示される正解を探すことに長けているのはよくわかります。
しかし、研究というのは、場合によっては既往の研究を否定したり、
教科書には載っていない事を明らかにするためにやるのです。
その際に、「正解を探して答え合わせしようとする」姿勢の学生というのは、
まったくもって役に立ちません。
「自分の頭で考える」「その上で議論する」という態度でなければ、
とても科学的な議論にはついて行けませんし、
ましてや日々新しい知見を生み出す事など出来ません。
図らずしも、これがゆとり教育を受けた時代の学生さんであることはとても皮肉です。
ゆとり教育が目指していた「生きる力」「自分で考える力」が根こそぎ抜け落ちている学生が散見されます。
「ゆとり」ではなく、「ゆるい」教育の中で、
多少頭が回って要領が良かった学生が最高学府に次々と送り込まれています。
本当は、「要領が悪くても」「自力で問題を解決できる力」を持った学生が必要なのです。
思えば、学生から教員になり、ついこの間地方私大に異動した教員もそうだったのかもしれません。
要領は良かった。
私についていれば、次々と論文も出せた。
教授のおぼえも良かった。
でも、教員になったったとたん、自分でやるべき事、やりたいことが無いこと、
そしてやらなければならない事をこなすスキルが無いことに気がついた。
それらはすべて他人から与えられていたもので、
自分の実力であると錯覚していた。
上司のご機嫌ばっかりとっている社員を「ヒラメ」と呼びますが、
ヒラメのなんと多いことか。
少なくとも10年前は、学生にそんなやつはほとんど居なかったはずで、
私の周りにもそんなやつは居なかった。
ところが今は、学生の時から完全な「ヒラメ」くん、「ヒラメ」ちゃんが研究室に入ってくる。
嗚呼、イノベーションを起こすべきなのは、
小中高の教育現場なのではないでしょうか・・・?
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研究
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卒論の時期です。
うちの四年生はほとんど大学院に進学するので、
夏には院試もあるし、慣れない研究室での生活がまだ1年弱ということもあり、
卒論に間に合わす様に研究を進めるのはなかなか大変です。
さらに今年は助教が卒論前に異動になったため、
その学生の尻ぬぐいをせねばならず、直前でテーマ変更を行い、
突貫工事で何とか間に合わせました。
教員の個人的な都合で、学生の貴重な研究時間や研究内容を左右するというのは、
ホントに言語道断です。
一応化学の基本を実践する能力や最先端の研究に触れるために卒論研究があるはずなので、
そういう心づもりで研究テーマや研究指導を行うべきであると思うのです。
実際、そうやって鍛えられた学生さんは修士で国際的に認知されているジャーナルに論文を投稿したり、
学会発表や就職活動でも有利に事を進めていけるというのは、経験的に明らかです。
一方で、上記の様な姿勢があやふやな教員に付いた学生は悲惨です。
研究テーマがあやふやだと、やっている意味がわかりませんし、
きちんと研究指導されてないと、基本的な知識が不足している、ということになります。
もちろん、学生の方にもかような心づもりで研究室に入ってくる学生は少ないのですが、
周りがそういう雰囲気であれば、そのようになっていくものです。
ここが講座制の弊害であると思うのですが、
講座内に一人でも上記の姿勢が無い教員が居ると、
きちんとやっている人の足を引っ張ることばかりする事です。
さらに学生が付いていたりすると、その学生に間違った知識や、
時にはまともに研究している教員や学生の誹謗中傷を吹き込む、といった事まで起こります。
一番良くないのは、(まあ、ちょっと前までそんな環境でしたが)教授はほとんど不在で研究室のことが判らず、ヒラメな教員の言うことだけ聞いてしまう、という状態です。
当然問題な事はまともな教員なら指摘しますから、今度は教員同士でいがみ合いが起こると言った状態です。(今も変わってないかも知れませんが)
国際的に活躍できる学生を育て、国際的に一流の研究をやりたいと思って、
それに賛同する学生さんとともに研究や勉強に励んでいる人の足を引っ張る人の如何に多いことか・・・。
他人の尻ぬぐいのために、私や学生の能力はあるんじゃないんですがねぇ・・・。
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以前のエントリーからずいぶん時間が経ってしまいました。(2年ほどでしょうか)
その間、新しい大型予算も取ることができ、安定して研究を遂行出来る様になってきました。
震災の影響はほとんど無い状態まで復旧し、日々、学生と楽しく研究できる環境が出来てきました。
環境が整ってくると、普通だと「研究が出来てうれしい!」「今までのビハインドを取り戻すぞ!」と成るはずなのですが、
研究室でそんな雰囲気なのは僕一人・・・。なぜ?
教授は研究に興味が無くなったのか、出張ばかりで不在。ゼミもする気なし。
助教は教授の使いっ走りの様な事しかできず、
折角つけてもらった学生を片っ端から潰してしまう有様・・・。
100年前からある技術を自分のオリジナルの様に話す様は、
もはや一種の宗教なのでは?と疑いたくなるレベル。
私も確かに若いときは学生との距離感に困ったり、
無理難題を押しつけたりしたことも無いとは言い切れませんが、
それにしたってそのフォローはするでしょ?
それに、(当たり前だけども)論理的に正しい事を言っていたはず。
結局そういう人たちの尻ぬぐいを僕がする羽目になるんですよ。
(だって結局僕が一番業績出してるから、みんなそれにおんぶにだっこでしょ?)
震災で日本のダメな部分が出て、新しい芽が出てくると期待してたんですが、
大学の研究室はそうは成ってないみたいです。
今の日本を悪くしているのは、明らかに大学+大学院教育ですよ。
学生の問題解決能力を伸ばさずに、
教員の言うことだけ聞く様な兵隊学生を作っているだけでは、
もはや中国、韓国に抜かされ、先進国はおろか、アジア圏でもプレゼンスを保てなくなってしまうでしょう。
現場に居る人間しかかような事は判るまい。
何とかしなくては・・・。
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震災後、初エントリーです。
当日は出張で研究室に居なかったのですが、
片付けや業者の手配に明け暮れ、
余震を喰らい、また片付けに明け暮れる毎日でした。
幸い装置類が思ったほど壊れておらず、
実験は少しずつスタートしました。
今回の震災では、津波でなくなられた方の冥福を祈りつつ、
家族を含めて命があっただけでも良かったとしなければなりません。
それでも科学者の端くれですので、
福島原発を含め、今回の震災で明らかになった科学技術の未熟さに衝撃を受けております。
また、今回の震災で明らかになったのは、
如何にこの国の上層部にいる人間のレベルが低いか、ということです。
良将の下に弱兵なし、と言われますが、
この国は全く逆ですね。
私が心底恐ろしいと思ったのは以下の3点です。
これらはある意味人災です。
(1)地震予知などは役に立たないこと。
つまりは現在の地震学のレベルでは予知できるほどの知見は得られていないと言うことです。
これは東大の某先生が超有名国際誌に寄稿して話題になりましたが、
異論はあるにせよ、今まで予知を行うという国策のもと研究が行われてきたことを考えると、
被災地に居る人間にとっては怒りをどこに向ければよいのか分からない、といったところではないでしょうか?
地震学者には酷かもしれませんが、求められている目的が国家の安全に関する事である以上、
成果を粉飾することは認められません。
(2)原子力に対する認識が甘すぎること。
もう、これはコメントする必要もありません。
科学者の目から見て、福島原発は完全に人災です。
原発安全をPRしてきた電力会社・文部科学省は猛省すべきでしょう。
東電社員の給与カットなど、色々な補償に向けてリストラは進むとは思いますが、
現状案では額は減るにしても賞与がでるとのこと。また国有化の動きもあります。
一つの県の半分近くの住民を自分の家に帰れない状況にしておきながら、
社員にはボーナスが出る。
これでは国民は納得しないでしょう?
(3)デザインだけで中身のない建築が多すぎること。
これは少々ローカルな話ですが、
私の所属する大学では建築学科の建物が赤紙(すなわち危険なので立ち入り禁止)になりました。
その他、おしゃれな食堂や建てたばかりの建物が黄色紙(外壁や内装の落下)です。
私のいる建物も最近建てられたガラス張りの建物ですが、
地震の被害は他と比べてかなり大きいようです。
一方で数十年前に作られた建物はほとんど大丈夫なモノばかり。
この数十年間、建築学科や大学の施設部はデザインばっかり凝って、
最初に考えるべき「安全性」や「利便性」をどこかに捨ててしまったようです。
何せ伊達のお膝元だからしょうがないのかもしれませんが、
ホントにこんな「伊達な建物」には辟易します。
見せかけだけの、役に立たない建物。残念です。
何せ命がかかってますから。
何だか訳分からないエントリーになってしまいましたが、
今回の震災で、ものすごくこの国の膿が出てきたのではないかと思います。
重要なのはこの膿を出し切り、再生できるか、ということですが、
今の現状では、ほぼ無理でしょうね。
元気になれる、いい話があればいいのですが。。。
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日帰りの東京出張から帰ってきて、
居室でコーヒーをくんでいると、
D課程の学生がB4の学生に、
「だーかーらー、私たちの言っている事を理解して下さいっ!!
あなたの独りよがりな意見言われても迷惑なんですっ。
理解できる事を言っているはずですよ!!」
と言っているのが聞こえた。
どうも雑誌会でB4の学生がまともに内容を理解していない事に起因しているらしい。
B4の学生は私とディスカッションするときも、
基本的な事が理解できていないことがほとんどなので、
言い方はどうあれ、正しい指摘をしていると思った。
前のエントリーでも書いたが、
最近の学生さんの質は恐ろしく悪い。
先輩方がイライラするのもうなずける。
独りよがりで、プライドだけ高くて、基礎的なことを知らない。
従ってその都度しかるわけだが、
どうも今の学生さんは「先生の機嫌が悪くて怒られてた」と取っている様な気がする。
しかるのは教育の一環。
気分で怒る(時もあるけど)ことは基本的にはしない。
これは家庭内での教育も同じ。
成長して欲しくてしかるのだが、
それがだんだん通じなくなってきている。
それとは別に、今日研究室で研究室の助教と実験のディスカッションをしていたときに、
どうも研究の進捗が微妙なので、これこれこういう方向で実験したら?と提案したら、
「いま忙しくてそれどころじゃないので、そのうちやってみますかね」という返答を返してきたので、
「いや、それなら忙しい君がやらなくても、誰か学生にやらせてみたら?」
と言ってみたら、怒って帰ってしまった。
どうも、私に自分の研究に関して指摘を受けるのが嫌らしい。
まぁ、誰しも自分がやっている方法と違う方法で根本的な解決方法を示されたら、
立つ瀬がない、というのは分かるが、スタッフになってからこうなると完全に手に負えない。
研究者は自分で勉強したり、教師となるような人との人脈を作っていく以外、
誰も教育はしてくれないからね・・・。
どうも、底の浅い若手しか居なくて残念です。
自分が歩いてきた軌跡を考えると、
今、研究室に居る子たちは恵まれすぎている。
研究者や技術者として自立しようという気概に欠けている様に思う。
今研究室で走っているテーマは、そのほとんどが今の教授と私が開拓してきたものばかり。
それから別の芽が出てこないと教育は失敗です。
自分を超える研究者が育つことが、大学で研究している人間の醍醐味なんですがね。
ここのところ、大幅に教育に失敗しているなぁ。
もっと、乾坤一擲、従来の研究を覆すような発見をして欲しいのですが・・・・
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