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数ヶ月前のCelllに分生研の加藤先生のラボの論文がRetractionで掲載されていましたが、その後、加藤先生が辞職したことまでは知らなかった。
論文がいかに捏造されたかを詳細に示すWebサイトやYouTubeまで作られている。
Cell以外にもNatureで同様の捏造が発覚し、加藤先生のラボがこれまで発表した数多くの論文に疑惑が生じるのは仕方ないかもしれない。
僕は以前分生研にいたし、加藤先生とは沖縄の学会で話したことがある。
加藤先生を含めて、ラボの多くの人達は不正論文を出すような人ではなく、ごく一部のサイエンスに甘い者がこのような不祥事を起こしたのだと思っている。
Retractionの論文は2003年なので、9年間、加藤先生はその論文の不正データを知らなかったことになる。加藤先生は断じて捏造を主導するような人ではないが、研究の細かい内容は任せていたというか、信じていたのだと思う。けれどそれがために、職を退いた。
どこか、韓国の有名教授の幹細胞捏造事件が思い返される。
一部のサイエンスに甘い人々のためにサイエンスを止めざるをえない状況に追い込まれた加藤先生に僕は同情を禁じ得ない。
トップジャーナルを量産してきた有名ラボには驕りがあったことは否めない。
データに対して真摯に向き合う姿勢を省みず、都合のいい工作に走ったことは、科学者として失格であるばかりでなく、自然に対する冒涜である。
科学は確かに飛躍的に進歩しているが、自然は人の知識や技術が及ばない神秘な世界であることに変わりないと思っている。山で命を落とす登山者は後を絶たない。自然は美しく厳しい。人がコントロールできない畏怖の世界を覚悟すれば、自ずと自然に謙虚に向き合うことができるようになる。研究者もまた自然を探求する冒険者である。期待するデータが得られなくとも、それは当然であり、自然は単純ではない。コントロールできると思ったらそれは大変な驕りである。真摯に結果に向き合う。自然は偽らない。
有名という価値観に惑わされる人々が多い気がします。とかく、受ける受けない。売れる売れない。話題になるならない。研究者や芸術家もまた、こうした価値観に捕われて道を誤る。
真実は後世に残る。
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