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島原の口之津港からフェリーで鬼池港に渡り、天草灘を海岸沿いに下田温泉まで下った。
初日は雨で、宿に置いてあった「五足の靴旅ものがたり」という本をずっと読んでいた。
昔の天草はひどく貧しかった。天草の乱はキリスト教弾圧に耐えかねた民衆の一揆だと思っていたが、困窮を極めた民衆の生活苦が背景にあった。一揆を起こすも起こさずも、どちらにしろ死ぬしか道がなかった。それくらい貧しかった。天草の乱は民衆の全滅に終わり、荒廃した天草を救うために鈴木氏が幕府に年貢の減額を命がけで訴える。
南蛮文化が花開いた時代は天草コレジヨ館、キリスト教の歴史は教会や天草ロザリオ館、天草の乱前後の歴史は富岡城へ足を運ぶと歴史を実感できる。
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