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大衆の権利

 なぜだろう?背筋が寒くなるような前章のメッセージは、生態学的美徳なるものは存在しないし、ルソーの空想のなかにも、環境保護論者のなかにも高潔な野人はいないのだ、というものだった(注1)。だが、メイン州のロブスター漁師たちは、共通の利益を確かに守ってきたのである。どうやらここに解決すべき矛盾があるようだ。

 多数の人々によってプレイされる囚人のジレンマを「共有地の悲劇」という。クローヴィス族が乱獲によってマンモスを絶滅させようとしていたときに、自分だけが分別のある行動をしてもそれがいかに愚かなことであるかを想像していただきたい。一人のクローヴィス・インディアンが「この子連れの雄マンモスを殺すのはやめておこう。子供を産む動物は殺してはならないんだ」と考えたとしよう。だが、次にやってきたインディアンが彼と同じように考えるとは限らない。自分は手ぶらで腹をすかせた家族のもとに帰り、見逃した獲物は他のやつに捕られてしまうとしたら、こんなばかげた話はないではないか。ある集団の協力―つまり、狩りの抑制―は、他の集団に狩りのチャンスを与えることになる。合理的にものを考える人間なら、地球上に残った最後の二頭のマンモスを殺すことだろう(そして実際にそうしたのである)。なぜなら、自分がやらなければ他の誰かがやることを彼は知っているからである。

 この単純なジレンマは昔から知られていた。これは、たとえば誰かが灯台の建設費を払うか(第6章参照)といった、共有財産にかかる費用の問題とまさに鏡像関係にある(注2)。このジレンマを最初に数学的用語で述べたのは、スコット・ゴードンである。彼は漁業に関する研究をしていた経済学者で、一九五四年に次のように書いている。

 万人の財産は誰の財産でもない。誰もが自由に手に入れることができる富は誰にも利益をもたらさない。なぜなら、時期がきたら利用しようなどとむこうみずな考えを持てば、必ず誰かに先を越されてしまうからである。領地の牛飼いにとってあとに残した草の葉は何の価値もない。明日になれば別の牛に食べられてしまうからである。まだ地下から掘り出していない原油は採掘権者にとってなんの価値もない。なぜなら、別の採掘者が合法的にそれを掘りだしてしまうかもしれないからである。海のなかにいる魚は漁師にとってなんの価値もない。今日、捕らずに残しておいたからといって、明日もそこにいるという保証はないからである。

 ゴードンは、資源を私有化、あるいは国有化してその利用を調節することによって問題は解決できる、と述べている。現実には、漁業に適用できるのは、後者のやりかたのみである。

 一四年後、ギャレット・ハーディンという権威主義の生物学者が、人口増加に関する講義を準備している際にこの理論を再発見し、共有地の悲劇と名づけ、その名がそのまま定着した。ハーディンの目的は、人口問題の解決ではなく、出産の権利を規制する必要性を論じることだった。「現在の自由主義者にとって、強制という言葉は禁句であるが、永久にそうであるとは限らないのである」と彼は書いている。自分の主張を明らかにするために、ハーディンは中世の共有地の例を挙げた。私有地に比べて共有地では動物が草を食べすぎるために土地が荒れてしまったと一般的に信じられてきた。

 合理的な考えを持っている牧夫は今持っている牛をさらに一頭ふやすのが賢いやりかただと結論する。そして、もう一頭。さらにもう一頭・・・だが、牧草地を共有している牧夫たちは一人残らず同じ結論に達する。そこで悲劇が起こるのである。共有地の自由を信じる社会では、すべての人間が再興の利益を得るべく破滅にむけてまっしぐらに突っ走るのである。共有地における自由は全員に破滅をもたらすのである。

 抽象的概念では、これは正しい。規制がなければ共有物はただ乗りしようとする連中に利用されやすい。だが、問題は共有の牧草地についてハーディンが間違った考えをもっていたことなのである。中世の共有地は、無規制の荒れ果てた土地ではなかった。メイン州のロブスター漁場のように、慎重に管理された共有財産だったのだ。成文化された規則はほとんどなく、誰が草地を利用することができ、誰がそこに生える低木を切る権利を持つかなどについてはっきりとした多くの決まりが書き記されていたわけではない。部外者の目には、野放し状態に見えただろう。だが、自分の牛を一頭、その共有地に放してみればすぐに分かる。実は、文書にはなっていないが、誰もが知っている規則があるのだといいうことが。

 実際、イギリスの中世の共有地では、領主の慈悲深い(一応、そういうことになっている)傘の下で用心深く保護されているさまざまな財産権がクモの巣のように複雑にからみあっていた。領主は共有地を所有してはいたが、領民の権利に口だししないという条件がついていた。放牧権(牛に草を食べさせる権利)、伐採権(共有地内の気を切る権利)、泥炭採掘権(泥炭を掘ることができる権利)、ブタを放す権利(豚を外にだしてどんぐりを食べさせる権利)、漁業権(魚を捕る権利)、土壌権(砂利や砂、石などをとる権利)など、いろいろな権利があった。そしてこれらの権利を共同所有していた人々のものとなった。荘園制が崩れると、共有地は実際にはこれらの権利を共同所有していた人々のものとなった。だが、囲いこみと呼ばれるプロセスのなかで権利は消滅し、変化し、あるいは踏みにじられた。だが、共有地が誰もが無断使用できるものであったことは一度もない。
 
 北イングランドのペナインにひろがる荒野の多くでは、今日にいたるまで、「制限」と呼ばれる伝統的な中世の規則が守られてきた。荒野で草をはむヒツジたちは好きなところに行ってよいが、ヒツジ飼いはヒツジの数を増やしてはならない。ヒツジ飼いが飼うことができるヒツジは決められた数に「制限」されており、ヒツジ飼いはその数のヒツジだけは荒野の決められた場所の草を食べさせてよいことになっている。だが、ヒツジはその荒野で生まれ、もともといた群れに「慣れて」いなければならない(特定の草地に「慣れている」というのは、自分の居場所を知っていて、一年中、一つの地点からあまり遠くへいかないヒツジのこと。「慣れていない」ヒツジとは草地をあちこちさまようヒツジのこと)。理論的には牧草地に慣れたヒツジの数は計算されて、草が食べつくされることがないようになっているのである。中世では、大部分の村の共有地はこんなふうに制限されていた。飼うことのできるヒツジの数が商品化し、つまり、金で売買できるようになると、英国の共有地は実際には部分的に私有化された共有財産になった。ほとんど同じことが英国の森林地帯の伐採権にも適用された。木を切り倒す権利が私物化されたのである。英国の森林の歴史を研究しているオリバーリックハムは、「共有者たちはばかではなく、ハーディンの提示した問題をよく承知していた。彼らは悲劇の到来を予感し、それをなんとか回避しようとしていたのである。株主の誰か一人が過剰開発しないよう、法律を制定した。英国の共有地の荘園記録には、そのような法律があったことがはっきりと書かれており、状況の変化にあわせて法の改正もおこなわれていた」

 ということは、共有されているものすべてに「共有地の悲劇」が訪れると論じるのはナンセンスである。共有財産と誰もが手に入れることができるものはまったく異なるものなのである。囲い込み前の英国の共有地は、すべての人に平等に解放された場所であるというのは、ノスタルジックな神話に過ぎない。ハーディンはこれを知らなかったのだろう。だから、彼の考えは理論に基づいたものであって、事実に基づいたものではないのである。

(hidaruma)

(注1)
「高潔な野人」とは生来的に徳を備えた人間のことを指す。

「第11章 宗教としての生態学」において著者は、歴史を振り返り、人間は環境保護道徳を本能的に備えておらず、むしろ、人間の本性に逆らうものだということ明らかにしている。

 証拠から分かることは、環境を破壊せずにいたのは、文化的自己抑制の結果ではないということである。破壊されずに残されているモノは技術と需要の限界の結果に過ぎず、人類は氷河期より以前の時代から、あらゆる種類の動植物を絶滅させてきたのである。

 しかし、ここで重要なのは、人間の飽くなき欲求の結果としても、残るモノがあり、また、「公」が尊重されている外観が創出されうるという点である。

 また、著者は、他人に「本性」を変えなければならないと訴えることは、無益な努力であると言う。そもそも、現在生き残り繁栄している人類は、 そのような「本性」だからこそ生き残り、繁栄しているからである。

 これは「愛国心」や「公共心」「政治的関心」についても同様のことが言えるだろう。


(注2)
 なぜ、わざわざ灯台の建設費を負担する必要があるだろうか?他の誰かが造るのを待っていれば必ずタダで利用できるのに。しかし、皆がそのように考え、「何もしなければ」いつまでたっても灯台ができることはなかったはずである。

 人類はこのジレンマを「贈り物」戦略により解決したのである。

 「贈り物」を人からもらったとき、それに「見合ったものを返さなければならない」と感じる「本能的感覚」こそが、このジレンマを解決したことを著者は第6章で明らかにしている。

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