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国営化には要注意

この混乱が解消すれば、あらゆる種類の共有地の問題は、経済学者きどりのまったくない地元住人の道徳的で分別ある維持法によって、ほとんどが容易に解決されてしまうのである。逆に、管理の行き届いた共有地の懸命な取り決めをしばしば無効にし、打ち壊し、だめにしてしまうのは、非常に経験豊富な専門家であることは明らかである。政治学者のエリノア・オストロムはよく管理された地方の共有地の例を何年にもわたって集めてきた。たとえば日本とスイスでは、森林が慎重に管理され、しかも何世紀間も共同所有されてきたことを発見している。

アランヤという町に近い、トルコの海岸部では、沿岸漁業が盛んになっている。一九七〇年代、地元の漁師たちは例によって乱獲、対立、魚類の消耗というわなにはまってしまった。しかし、彼らは大変独創的で複雑な規則をつくりだしたのである。既存の漁場をくじびきで許可証を持つ漁師にわりあて、季節ごとにその場所を移動させるという方法である。そのシステムは政府による法的認可を受けてはいるが、システムの実行は漁師たち自身にまかされている。現在、アランヤの漁業は安定している。

スペインバレンシアに近い地域では、五五〇年以上前からの取り決めに従って、トゥリア川の水を一万五千軒の農家が共同で使用してきた。農夫は自分の番がきたときには、分流から必要な分だけ水をとってもよいが、無駄遣いは禁止されている。上流あるいは下流の隣接農家に監視されているため、ごまかすことはできない。苦情は、バレンシア大聖堂の使徒との扉の外側で毎週木曜日の朝に開かれている「水の法廷」に持ち込むことができる。一四〇〇年代の記録を調べてみると、ごまかしは非常に少なかったことがわかる。バレンシアの果樹園は生産量が大きく、年に二回も収穫できる。バレンシアのシステムおよび規則はそのままニューメキシコに伝えられ、現在でもこの自治型灌漑システムが良好に機能している。

北インドのクマオン丘陵地帯のアルモラは、一九二〇年代に何頭か人食いトラが出たことによって有名になった場所だが、ここは共有地の国営化によって、誰もが使用できるために起こる悲劇が解決されるのではなく、むしろ生みだされることを示す格好の例である。一八五〇年代、英国政府はその地区のすべての森林に対する絶対的な権利を主張した。つまり、事実上、土地を国有化したのである。その目的は森林から得られる政府の利益を増やすことだったのだが、表向きは地元住民のためということになっていた。これはアルモラに限ったことではなく、インド全土で英国政府がよくおこなっていた政策であった。政府は立ち入り、伐採、放牧、山焼きを禁止した。村人たちはそれに反抗して徐々に敵意をむきだしにするようになっていった。人々は初めて森に対して無責任な振る舞いをし始めたのである。なぜなら、森はもう彼らのものではなくなっていたからだ。共有地の悲劇が始まったのである。

一九二一年までには、問題は非常に深刻化していたので、政府は森林監視委員会を発足させ、ヴァン・パンチャーヤット条例のもとで森林の一部を再び共有地化した。二人以上の村人が集まれば、地区の行政官代理に申し出て、国有林からパンチャーヤット(つまり共有林)をつくることができた。パンチャーヤット評議会は森林を火災、侵害、伐採、開墾から守り、年に地区の二割を放牧に対して閉鎖した。一九九〇年に、アルモラの六か所のパンチャーヤット森林の研究がおこなわれ、半数がよく運営され、半数はうまくいっていないことがわかった。運営に成功している三か所は森林地帯の監督が行き届いており、規則違反者には罰金を科していた。国有森における中央政府のやりかたよりも、彼らのほうがかなり上をいっていたのである。(注1)


ケニアでも同じような例がみられる。トゥルカナ湖付近を流れるトゥルクゥェル川流域に住むトゥルカナ族は、かつては川岸に生えるアカシアから落ちてくるたくさんの莢をヤギに与えていた。一見したところ、なんの規制もないようにみえた。ヤギ飼いはどの木の莢をヤギに食べさせてもよい。だが、実際には、莢は誰もが制限を受けずに手に入れられるものではなく、注意深く管理された個人(共有)財産だったのである。もし誰かが、長老会からの許可を受けずに、ある木の葉をヤギに食べさせたとしたら、棒で追い払われるのがおちだ。同じ過ちを繰り返せば、殺されてしまうこともあった。ところが、干ばつの時期に政府がトゥルクゥェル河岸の木の若芽をヤギに食べさせるのを規制しようとし始めたのである。長老会ではなく政府によって木々が所有されるという新しい事態によって、ヤギ飼いたちは、正真正銘の野放し状態に直面することになった。悲劇的にも―そして予想される結果でもあったのだが―葉は食べ尽くされ、木々は枯れてしまった。だが、奇妙なことに環境保護論者のあいだには、私有財産に対する強い偏見がはびこっているため、この事例を解説した専門家はこれを国有化ではなく私有化に反対する議論の証明に使おうとしたのである。

(hidaruma)
(注1)
運営に成功した自治集団と、失敗した自治集団の違いは何だったのだろうか?私はここに「共有」」と「総有」の違いがあると想像している。

分かりやすく言えば、「共有」は個人の所有物の集合体であり、「総有」は一つの物を全員で所有している状態である。その違いは、対象となるモノの性質にもよるが、所有者間での紛争の発生率として顕れるだろう。

共同所有を成功させるのに重要なのは、所有者間での紛争の発生率を最も低くするような共同所有形態にできるか否かということではないだろうか。最適な「合有」の形を見つけることができるか、ということだ。

とすると、評議会や自治会、長老会が担ってきた役割とは、紛争の事例に応じて共同所有形態のありかたを判断することになる。つまり、司法的役割である。   

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