全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全19ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

リバイアサンの悲劇

 ハーディンが残した遺産は、政府による強制の回復であった。これはまさにホッブズ派の勝利である。ホッブズは人民を強力に導くことのできる唯一の制度として専制君主制を擁護した。武力の後ろ盾なき契約は、ただの言葉にすぎず、人に保証を与える力はまったくない」と彼は書いている。一九七〇年代には、共有地の悲劇―現実のものにしろ、架空のものにしろ―のたった一つの解決法は、国有化であると考えられていた。共同所有がハーディンの理論によって非効率的であると非難されたことは、各国政府にとって国有化を進める格好の口実となった。一九七三年にある経済学者が悲しげに述べたように、「共有地の悲劇を回避するには、リバイアサン(旧約聖書ヨブ記に出てくる巨大な水生動物の名)の助けを借りるという悲劇的な方法しかないであろう」

 このレシピが大惨事をひき起こすことは間違いない。リバイアサン―ホッブズは絶対主権をもって君臨する国家をこう呼んでいた―はこれまで平和が保たれていた共有地にも悲劇を呼ぶのである。アフリカの野生動物を考えてみよう。アフリカ諸国は、植民地時代および一九六〇年代、七〇年代の独立後、動物を国有化した。「密猟者」がこの共有資源を捕り尽くしてしまわぬようにするにはこれ以外に方法はないと考えたからだ。その結果はこうだ。農民は政府所有のゾウやバッファローとの競争に直面しており、自分たちの食料や利益の源として動物を世話する意欲をなくしてしまったのである。「アフリカの農民のゾウに対する敵意は、西洋人が寄せる激しい同情と同じくらいに激しい、心の底からの敵意なのです」とケニア野生動物保護局長、デイヴィッド・ウェスタンは語っている。アフリカのゾウや差異などの動物の減少は、国有化によって生まれた共有地の悲劇なのである。ジンバブエのキャンプファイヤー・プログラムのように、所有権が再び共同体に戻されると野生地区は驚くべき回復をみせるという事実がこれを証明している。キャンプファイヤー・プログラムでは、スポーツ狩猟家が村の委員会から動物を殺す権利を購入する仕組みになっている。となると、村人たちはにわかに自分の土地に住む動物たち―今では価値ある商品となった動物たち―に対する態度を変えたのである。野生地区に指定された私有地は、ジンバブエ政府が土地所有者に野生動物の権利を譲渡して以来、一万七千平方キロメートルから三万平方キロメートルに拡大した。

 アジアの灌漑システムでは、政府の改良策によって衝撃的なダメージがもたらされた。ネパールの灌漑システムは、通常、上流の所有者と下流の所有者のデリケートな取引の上に成り立っている。上流の農家が、米のように大量の水を必要とする作物に水を浪費したり、あるいは無駄遣いすれば、水が使い果たされ、下流の農家が水不足に苦しむことになる。しかし、一般的に、上流の者たちはもっと寛大である。それは純粋に私的利益のためなのだ。分水ダムを維持することは容易ではない。だから、下流の農家が相応の水の分け前をもらうことの代償として労働力を提供しているのである。ところが、政府が永久的な分水ダム建設に乗りだすと―実際にカマラで起こったことなのだが―これまでの取り決めが崩れてしまう。上流の者たちはもはやよき隣人でいる必要がなくなり、下流の農家に届く水量が減少してしまうのである。計画は大変な失敗に終わった。それとは対照的に、ピテュワの例のように政府が下流に支流運河をつくる手助けをしたときには、水使用者たちが効率的に水を分配するための自治委員会をつくったので、水の恩恵を受ける地域が倍増した。

 全体的に見て、ネパールでは、公共の灌漑システムのほうが、農家の自治にまかせた条件の悪い―つまり、下流への到達水量の少ない―システムよりも平均して二十パーセントほど収穫量が少ない。官僚の手で灌漑システムを集中管理することは、少なくともファラオの時代から続いてきた政府の大好きな政策である。植民地時代にもおこなわれていたし、現在でも援助団体なるものが熱心におこなっている。こうした政策は、自分たちのシステムを上手に運営することのできる人々の能力を過小評価しており、官僚の能力を過大評価しすぎているのである。そしてこれが共有地の悲劇を生むのだ。

 インドネシアのバリ島にもう一つの例を見よう。バリ島の景色は人工的につくられたものである。耕せる土地はすべて段々畑にされている。環境の維持や生態学的美徳のうえでの問題点は一つもない。農夫は自分の畑でとった種を蒔き、殺虫剤や肥料は一切使わない(らん藻類が空気中の窒素を固定してくれる)。バリではコメは紀元前一〇〇〇年ころからつくられてきたし、それとほぼ同じくらい昔から灌漑がおこなわれていた。灌漑トンネルや運河は山の湖や川から水を運び、山腹の農村(スバクsubak)に流しているのである。

 灌漑と宗教は密接に結びついており、運河ネットワークの各分岐部には寺院がもうけられている。上流の寺院に供え物を捧げ、お参りをする目的は、水が確実に届くことをいのるためであることは明白である。寺院は、各農村に田に水を満たす時期、そして田植えの時期を告げる。伝統的には、それぞれの村では、いっせいに田植えをし、いっせいに休閑期を迎える。

 そして一九七〇年代、国際米作研究所による「緑の革命」なるものが始まった。より強健な種の米を広め、収穫と収穫の間に田を休めることをやめれば収穫量が上がると人々に約束したのである。ところが結果は悲惨なものだった。水不足と昆虫によって媒介されるウィルス病の大発生によって作物は大損害をこうむったのである。

 なぜ、こうなってしまったのか。原因究明のために科学者が召集された。スティーブン・ランシングは問題全体を自分の分身である女神(つまり、コンピュータ)に託した。そして女神はこうのたもうた。以前には、各農村は一定期間、耕作をやすんでいたので、その間に病害虫は死滅していた。なぜなら休閑期中、病害虫は生きる場がなくなってしまうからである。そして、各農村の田植えの時期がずれているため、水は十分に行き渡っていた。ところが、「緑の革命」は、いっせいに休閑期を乱し、いくつかの村が同時に多量の水を要求する状況をつくりだしたために、これまで保たれてきた仕組みを崩してしまったのである。バリのシステムは単なる融通のきかない古めかしい慣例などではなく、非常に巧妙に設計された仕組みだったのである(注1)。

 これほど巧妙な仕組みをつくりあげた人間はさぞかし利口で能力のある人間だったに違いない。その人とはいったい誰だったのだろう。コンピュータは再び語り始める。発明者はいない。カオスのなかからも完璧に秩序は生まれるのである。それは人間があれこれ口だしするからではなく、各個人が動機に対して合理的に反応するからなのである。最上流の寺院に全知の僧侶がいるのではなく、考えうる最も単純な習慣なのである。なすべきことは、じぶんよりうまくやっている隣の農家の真似をすることである。得られた結果は村のなかでは同時に、村どうしは時期をずらすということである。中央権力の影はまったくみられない。領主の支配する国にせよ社会主義国家にせよ、政府はこのシステムをつくりあげることになにも関与していない。ただ税金をとりたてるだけなのだ。(注2)

 どこをみまわしても、第三世界で起きている環境問題の原因は、所有権の喪失にあることがわかる。森から木の実や薬を収穫できるのに、なぜ人々は熱帯雨林の木々を伐採するのか。丸太になってしまえば所有できるのに、木のままでは所有できないからである。なぜメキシコは原油をそんなに早く使い尽くしてしまうのか。しかも米国よりずっと非効率的に、安値で売ってしまう。理由は、アメリカのほうが原油に対する所有権がはっきりしているからである。ペルーの経済学者エルナンド・デ・ソート―は、第三世界の貧困は財産権を確実にすることによって大きく癒されると述べている。財産権がなければ、人々には自分の富を築くチャンスがないからである。共有地の悲劇の解決策は政府ではない。むしろ、政府は悲劇の主原因なのである。

(hidaruma)

(注1)
 私は中国の毛沢東の農業合作、ポルポトの集団農場に連なる思想を連想せずにはいられない。

 今に残る「伝統」は生き残りのための、(結果的に必要だった)、「戦略」の一部である可能性が高い。それら「伝統」を非合理的であるとして排する事ができるほど、我々の知見は十分と言えようか。

(注2)
なすべきことは上手くいっている人の真似をする事。

私たちは絶えず周りの人間を観察し、上手くいく方法を探している。

重要なのは、道徳的に生きるように、あるいは目先の利益を最大化するように行動する人は少数であるということである。

大多数の人間は、自分が損をせず、そして自分の遺伝子を受け継ぐ者、やミーム(思考)を共有する者にも損をさせないような行動を心がけているということなのだ。

私たちは決して聖人君子でも、全く他人を顧みる事の無いエゴイストでもない。
国営化には要注意

この混乱が解消すれば、あらゆる種類の共有地の問題は、経済学者きどりのまったくない地元住人の道徳的で分別ある維持法によって、ほとんどが容易に解決されてしまうのである。逆に、管理の行き届いた共有地の懸命な取り決めをしばしば無効にし、打ち壊し、だめにしてしまうのは、非常に経験豊富な専門家であることは明らかである。政治学者のエリノア・オストロムはよく管理された地方の共有地の例を何年にもわたって集めてきた。たとえば日本とスイスでは、森林が慎重に管理され、しかも何世紀間も共同所有されてきたことを発見している。

アランヤという町に近い、トルコの海岸部では、沿岸漁業が盛んになっている。一九七〇年代、地元の漁師たちは例によって乱獲、対立、魚類の消耗というわなにはまってしまった。しかし、彼らは大変独創的で複雑な規則をつくりだしたのである。既存の漁場をくじびきで許可証を持つ漁師にわりあて、季節ごとにその場所を移動させるという方法である。そのシステムは政府による法的認可を受けてはいるが、システムの実行は漁師たち自身にまかされている。現在、アランヤの漁業は安定している。

スペインバレンシアに近い地域では、五五〇年以上前からの取り決めに従って、トゥリア川の水を一万五千軒の農家が共同で使用してきた。農夫は自分の番がきたときには、分流から必要な分だけ水をとってもよいが、無駄遣いは禁止されている。上流あるいは下流の隣接農家に監視されているため、ごまかすことはできない。苦情は、バレンシア大聖堂の使徒との扉の外側で毎週木曜日の朝に開かれている「水の法廷」に持ち込むことができる。一四〇〇年代の記録を調べてみると、ごまかしは非常に少なかったことがわかる。バレンシアの果樹園は生産量が大きく、年に二回も収穫できる。バレンシアのシステムおよび規則はそのままニューメキシコに伝えられ、現在でもこの自治型灌漑システムが良好に機能している。

北インドのクマオン丘陵地帯のアルモラは、一九二〇年代に何頭か人食いトラが出たことによって有名になった場所だが、ここは共有地の国営化によって、誰もが使用できるために起こる悲劇が解決されるのではなく、むしろ生みだされることを示す格好の例である。一八五〇年代、英国政府はその地区のすべての森林に対する絶対的な権利を主張した。つまり、事実上、土地を国有化したのである。その目的は森林から得られる政府の利益を増やすことだったのだが、表向きは地元住民のためということになっていた。これはアルモラに限ったことではなく、インド全土で英国政府がよくおこなっていた政策であった。政府は立ち入り、伐採、放牧、山焼きを禁止した。村人たちはそれに反抗して徐々に敵意をむきだしにするようになっていった。人々は初めて森に対して無責任な振る舞いをし始めたのである。なぜなら、森はもう彼らのものではなくなっていたからだ。共有地の悲劇が始まったのである。

一九二一年までには、問題は非常に深刻化していたので、政府は森林監視委員会を発足させ、ヴァン・パンチャーヤット条例のもとで森林の一部を再び共有地化した。二人以上の村人が集まれば、地区の行政官代理に申し出て、国有林からパンチャーヤット(つまり共有林)をつくることができた。パンチャーヤット評議会は森林を火災、侵害、伐採、開墾から守り、年に地区の二割を放牧に対して閉鎖した。一九九〇年に、アルモラの六か所のパンチャーヤット森林の研究がおこなわれ、半数がよく運営され、半数はうまくいっていないことがわかった。運営に成功している三か所は森林地帯の監督が行き届いており、規則違反者には罰金を科していた。国有森における中央政府のやりかたよりも、彼らのほうがかなり上をいっていたのである。(注1)


ケニアでも同じような例がみられる。トゥルカナ湖付近を流れるトゥルクゥェル川流域に住むトゥルカナ族は、かつては川岸に生えるアカシアから落ちてくるたくさんの莢をヤギに与えていた。一見したところ、なんの規制もないようにみえた。ヤギ飼いはどの木の莢をヤギに食べさせてもよい。だが、実際には、莢は誰もが制限を受けずに手に入れられるものではなく、注意深く管理された個人(共有)財産だったのである。もし誰かが、長老会からの許可を受けずに、ある木の葉をヤギに食べさせたとしたら、棒で追い払われるのがおちだ。同じ過ちを繰り返せば、殺されてしまうこともあった。ところが、干ばつの時期に政府がトゥルクゥェル河岸の木の若芽をヤギに食べさせるのを規制しようとし始めたのである。長老会ではなく政府によって木々が所有されるという新しい事態によって、ヤギ飼いたちは、正真正銘の野放し状態に直面することになった。悲劇的にも―そして予想される結果でもあったのだが―葉は食べ尽くされ、木々は枯れてしまった。だが、奇妙なことに環境保護論者のあいだには、私有財産に対する強い偏見がはびこっているため、この事例を解説した専門家はこれを国有化ではなく私有化に反対する議論の証明に使おうとしたのである。

(hidaruma)
(注1)
運営に成功した自治集団と、失敗した自治集団の違いは何だったのだろうか?私はここに「共有」」と「総有」の違いがあると想像している。

分かりやすく言えば、「共有」は個人の所有物の集合体であり、「総有」は一つの物を全員で所有している状態である。その違いは、対象となるモノの性質にもよるが、所有者間での紛争の発生率として顕れるだろう。

共同所有を成功させるのに重要なのは、所有者間での紛争の発生率を最も低くするような共同所有形態にできるか否かということではないだろうか。最適な「合有」の形を見つけることができるか、ということだ。

とすると、評議会や自治会、長老会が担ってきた役割とは、紛争の事例に応じて共同所有形態のありかたを判断することになる。つまり、司法的役割である。   
大衆の権利

 なぜだろう?背筋が寒くなるような前章のメッセージは、生態学的美徳なるものは存在しないし、ルソーの空想のなかにも、環境保護論者のなかにも高潔な野人はいないのだ、というものだった(注1)。だが、メイン州のロブスター漁師たちは、共通の利益を確かに守ってきたのである。どうやらここに解決すべき矛盾があるようだ。

 多数の人々によってプレイされる囚人のジレンマを「共有地の悲劇」という。クローヴィス族が乱獲によってマンモスを絶滅させようとしていたときに、自分だけが分別のある行動をしてもそれがいかに愚かなことであるかを想像していただきたい。一人のクローヴィス・インディアンが「この子連れの雄マンモスを殺すのはやめておこう。子供を産む動物は殺してはならないんだ」と考えたとしよう。だが、次にやってきたインディアンが彼と同じように考えるとは限らない。自分は手ぶらで腹をすかせた家族のもとに帰り、見逃した獲物は他のやつに捕られてしまうとしたら、こんなばかげた話はないではないか。ある集団の協力―つまり、狩りの抑制―は、他の集団に狩りのチャンスを与えることになる。合理的にものを考える人間なら、地球上に残った最後の二頭のマンモスを殺すことだろう(そして実際にそうしたのである)。なぜなら、自分がやらなければ他の誰かがやることを彼は知っているからである。

 この単純なジレンマは昔から知られていた。これは、たとえば誰かが灯台の建設費を払うか(第6章参照)といった、共有財産にかかる費用の問題とまさに鏡像関係にある(注2)。このジレンマを最初に数学的用語で述べたのは、スコット・ゴードンである。彼は漁業に関する研究をしていた経済学者で、一九五四年に次のように書いている。

 万人の財産は誰の財産でもない。誰もが自由に手に入れることができる富は誰にも利益をもたらさない。なぜなら、時期がきたら利用しようなどとむこうみずな考えを持てば、必ず誰かに先を越されてしまうからである。領地の牛飼いにとってあとに残した草の葉は何の価値もない。明日になれば別の牛に食べられてしまうからである。まだ地下から掘り出していない原油は採掘権者にとってなんの価値もない。なぜなら、別の採掘者が合法的にそれを掘りだしてしまうかもしれないからである。海のなかにいる魚は漁師にとってなんの価値もない。今日、捕らずに残しておいたからといって、明日もそこにいるという保証はないからである。

 ゴードンは、資源を私有化、あるいは国有化してその利用を調節することによって問題は解決できる、と述べている。現実には、漁業に適用できるのは、後者のやりかたのみである。

 一四年後、ギャレット・ハーディンという権威主義の生物学者が、人口増加に関する講義を準備している際にこの理論を再発見し、共有地の悲劇と名づけ、その名がそのまま定着した。ハーディンの目的は、人口問題の解決ではなく、出産の権利を規制する必要性を論じることだった。「現在の自由主義者にとって、強制という言葉は禁句であるが、永久にそうであるとは限らないのである」と彼は書いている。自分の主張を明らかにするために、ハーディンは中世の共有地の例を挙げた。私有地に比べて共有地では動物が草を食べすぎるために土地が荒れてしまったと一般的に信じられてきた。

 合理的な考えを持っている牧夫は今持っている牛をさらに一頭ふやすのが賢いやりかただと結論する。そして、もう一頭。さらにもう一頭・・・だが、牧草地を共有している牧夫たちは一人残らず同じ結論に達する。そこで悲劇が起こるのである。共有地の自由を信じる社会では、すべての人間が再興の利益を得るべく破滅にむけてまっしぐらに突っ走るのである。共有地における自由は全員に破滅をもたらすのである。

 抽象的概念では、これは正しい。規制がなければ共有物はただ乗りしようとする連中に利用されやすい。だが、問題は共有の牧草地についてハーディンが間違った考えをもっていたことなのである。中世の共有地は、無規制の荒れ果てた土地ではなかった。メイン州のロブスター漁場のように、慎重に管理された共有財産だったのだ。成文化された規則はほとんどなく、誰が草地を利用することができ、誰がそこに生える低木を切る権利を持つかなどについてはっきりとした多くの決まりが書き記されていたわけではない。部外者の目には、野放し状態に見えただろう。だが、自分の牛を一頭、その共有地に放してみればすぐに分かる。実は、文書にはなっていないが、誰もが知っている規則があるのだといいうことが。

 実際、イギリスの中世の共有地では、領主の慈悲深い(一応、そういうことになっている)傘の下で用心深く保護されているさまざまな財産権がクモの巣のように複雑にからみあっていた。領主は共有地を所有してはいたが、領民の権利に口だししないという条件がついていた。放牧権(牛に草を食べさせる権利)、伐採権(共有地内の気を切る権利)、泥炭採掘権(泥炭を掘ることができる権利)、ブタを放す権利(豚を外にだしてどんぐりを食べさせる権利)、漁業権(魚を捕る権利)、土壌権(砂利や砂、石などをとる権利)など、いろいろな権利があった。そしてこれらの権利を共同所有していた人々のものとなった。荘園制が崩れると、共有地は実際にはこれらの権利を共同所有していた人々のものとなった。だが、囲いこみと呼ばれるプロセスのなかで権利は消滅し、変化し、あるいは踏みにじられた。だが、共有地が誰もが無断使用できるものであったことは一度もない。
 
 北イングランドのペナインにひろがる荒野の多くでは、今日にいたるまで、「制限」と呼ばれる伝統的な中世の規則が守られてきた。荒野で草をはむヒツジたちは好きなところに行ってよいが、ヒツジ飼いはヒツジの数を増やしてはならない。ヒツジ飼いが飼うことができるヒツジは決められた数に「制限」されており、ヒツジ飼いはその数のヒツジだけは荒野の決められた場所の草を食べさせてよいことになっている。だが、ヒツジはその荒野で生まれ、もともといた群れに「慣れて」いなければならない(特定の草地に「慣れている」というのは、自分の居場所を知っていて、一年中、一つの地点からあまり遠くへいかないヒツジのこと。「慣れていない」ヒツジとは草地をあちこちさまようヒツジのこと)。理論的には牧草地に慣れたヒツジの数は計算されて、草が食べつくされることがないようになっているのである。中世では、大部分の村の共有地はこんなふうに制限されていた。飼うことのできるヒツジの数が商品化し、つまり、金で売買できるようになると、英国の共有地は実際には部分的に私有化された共有財産になった。ほとんど同じことが英国の森林地帯の伐採権にも適用された。木を切り倒す権利が私物化されたのである。英国の森林の歴史を研究しているオリバーリックハムは、「共有者たちはばかではなく、ハーディンの提示した問題をよく承知していた。彼らは悲劇の到来を予感し、それをなんとか回避しようとしていたのである。株主の誰か一人が過剰開発しないよう、法律を制定した。英国の共有地の荘園記録には、そのような法律があったことがはっきりと書かれており、状況の変化にあわせて法の改正もおこなわれていた」

 ということは、共有されているものすべてに「共有地の悲劇」が訪れると論じるのはナンセンスである。共有財産と誰もが手に入れることができるものはまったく異なるものなのである。囲い込み前の英国の共有地は、すべての人に平等に解放された場所であるというのは、ノスタルジックな神話に過ぎない。ハーディンはこれを知らなかったのだろう。だから、彼の考えは理論に基づいたものであって、事実に基づいたものではないのである。

(hidaruma)

(注1)
「高潔な野人」とは生来的に徳を備えた人間のことを指す。

「第11章 宗教としての生態学」において著者は、歴史を振り返り、人間は環境保護道徳を本能的に備えておらず、むしろ、人間の本性に逆らうものだということ明らかにしている。

 証拠から分かることは、環境を破壊せずにいたのは、文化的自己抑制の結果ではないということである。破壊されずに残されているモノは技術と需要の限界の結果に過ぎず、人類は氷河期より以前の時代から、あらゆる種類の動植物を絶滅させてきたのである。

 しかし、ここで重要なのは、人間の飽くなき欲求の結果としても、残るモノがあり、また、「公」が尊重されている外観が創出されうるという点である。

 また、著者は、他人に「本性」を変えなければならないと訴えることは、無益な努力であると言う。そもそも、現在生き残り繁栄している人類は、 そのような「本性」だからこそ生き残り、繁栄しているからである。

 これは「愛国心」や「公共心」「政治的関心」についても同様のことが言えるだろう。


(注2)
 なぜ、わざわざ灯台の建設費を負担する必要があるだろうか?他の誰かが造るのを待っていれば必ずタダで利用できるのに。しかし、皆がそのように考え、「何もしなければ」いつまでたっても灯台ができることはなかったはずである。

 人類はこのジレンマを「贈り物」戦略により解決したのである。

 「贈り物」を人からもらったとき、それに「見合ったものを返さなければならない」と感じる「本能的感覚」こそが、このジレンマを解決したことを著者は第6章で明らかにしている。
メイン州の入り組んだ岩場の海岸はロブスターにとって絶好のすみかである。深い入り江の冷たい水のなかや、海岸から少し離れた場所にロブスターは群れをなして棲んでいる。何百年にもわたって、ロブスターは捕獲され、ボストンやニューヨークの金持ちのごちそうとなってきた。原則的には誰もがロブスター漁師になることができる。わずかな金を払うだけで、簡単に州の許可証を取得することができる。繁殖中の雌や捕獲してよい大きさに達していないロブスターを捕らないかぎり、一人の漁師は何匹でも捕まえることができる。利益が大きい割に、必要な道具は少ない。

 いいかえれば、環境破壊のすべての材料が揃っているということである。これ以上捕獲すれば、ロブスターのストックがなくなるという限界地点にきていても、新たに参入した漁師がやらなければ、誰かがやるだろう。しかし、少なくともつい最近までは、メイン州のロブスター漁師はうまくやってきた。彼らはロブスターをとり過ぎないよう気をつけ、五十年ものあいだ、毎年、七二〇〇から1万トンというほぼ一定した水揚げを得ていたのである。彼らはどうやって危険な事態が起こるのを防いできたのだろうか。

 答えは財産権という言葉にある。前述のように、法律的には(注1)どこで誰がロブスターをとってもよいことになっている。漁場に所有者がいるわけではない。だが、実際には、漁を始める前にもう一度よく考えなさいとアドバイスを受けるだろう。海岸線はきっちりと区分けされ、それぞれの区画は特定の「漁師組合」の「なわばり」になっているのである。誰かのわなを切ってブイから外してしまうことは違法行為であるが、なわばりを侵す漁師のわなはしょっちゅう切られる。法的な境界線は存在しないが(注2)、漁師たちは海岸線の目印で、自分や仲間たちがわなを仕掛けてはいけない場所を知っているのである。なわばりは非常に正確に決められているので、現役のロブスター漁師に詳しく質問すれば、なわばりマップがかけるほどである。

 なわばりは、漁師組合が共同で所有している(注3)。個人の所有となっている場所はない。もし個人所有が許されているなら、そのようなシステムはうまくいかないだろう。なぜなら、ロブスターの群れは季節によって移動するので、個人が所有できる程度の狭い区画では確実にロブスターを収穫することが難しいからである。そのかわりに、組合のメンバーは季節が変わるたびに、二五〇平方キロメートルほどあるなわばり内でわなを移動させることができるのである。

 だが、一九二〇年以降、漁業人口が増えたことと技術革新によって、なわばりのありかたに徐々に変化があらわれ始めた。技術が進んだために、罰を受けずになわばりの境界を越えて漁をする事が容易になったのである。現在、多くのなわばりでは、守られているのは中心部だけで、周辺部は野放し状態になっている。このような「中央集中型のなわばり」には小さいロブスターしかおらず、しかもその数も少ないので、ここで漁をする人々の水揚げは年間一万六千ドルくらいと少ない。それに比較して、周辺部では二万に千ドルもの収穫がある。この中央集中型のなわばりは、別の言葉でいえば、誰もがロブスターを捕ることができるようになったことを意味する。そして許可不要のすべての漁業がそうであるように、乱獲のきざしがみえ始めている。

 ところで、このメイン州のロブスターの話で非常に驚くべきことは、これまで保たれてきた均衡が崩れつつあるということではなく、州政府からの強制も法的規制も受けず、漁をする場所を個人の所有物にもせずに(共同所有はしていたが)つい最近までは見事に運営されてきたという点なのである(注4)。

(hidaruma)
原著注釈は全て省略。本文中の注はhidarumaによるもの。

(注1)
 「法律的には」というの用語法について。

 「法的には」という言葉と、「法律的には」という言葉は法学的には明確に区別して用いられている。両語の意味する範囲は大部分において重複するが、そうでない部分もある。
 
 「法的には=理論的には」、「法律的には=条文に明文の定めがあるので、それを参照すると」と解すればよい。

 「徳の起源」においては、「法的には」「法律的には」という言葉の区別が曖昧に用いられているので、適宜注釈を挟むことにする。

(注2)
 「法的には」ではなく、「法律的には」がより適切である。

 法的には、「慣習」という「決まり」も「法」として認めうる。言い換えるなら、「なわばり」について成文化されておらずとも、明文の規定が無くとも、「なわばり」は裁判を経て保護を受ける可能性がある。

 「なわばりの範囲は、法律では決まっていない」という意味と解するべきであろう。

(注3)
 「共同所有」について
 日本民法の学説は「共同所有」を「共有」「合有」「総有」という概念で区別している。以下、おおまかに説明する。

「共有」とは、個人の所有の割合が明確であり、自由に使用でき、そこから収益をあげることも、それを売ることも自由にできる共同所有の形態。

「合有」とは、個人の所有の割合は明確であり、自由に使用でき、収益も上げられるが、自由に売ることはできない共同所有の形態(判例上は認められていない。学説上の概念)。もっとも、総有と共有の中間的概念であり、この定義は絶対ではない。

「総有」とは、個人の所有の割合は不明確であり、使用、収益、処分は個人が勝手にはできない共同所有の形態。

ここでいう「共同所有」は共有者の内の一人が独自に自らの持ち分を主張し、使用収益処分する権限がみとめられない「総有」にあたると考えてよいだろう。

後に「総有」と「共有」の差異が問題になるのでここで確認しておく。

(注4)
 第12章だけを抜き出して紹介しているために、少し分かりにくくなっている。
「エゴイストであるはずの人間が形成する自由主義社会において均衡が成立していたというのは、理屈に合わない。つまり、人間はエゴイストでないか、もしくは自由主義社会ではない。あるいは、その両方でない。」という事を著者はこれから考えたいのである。
社会とは人の思想とイデオロギーで形成されるという点も含めて、考えるべきであろう。
土地の一部を囲い、「ここは私の土地である」と宣言することを思いつき、人々が単純にも彼の主張を信じることを発見した最初の人間が、本物の市民社会の創始者である。もし誰かが杭をひきぬき、溝を埋めて、仲間に「このペテン師のいうことに耳を貸すな」と呼びかけたなら、人間はどんなに多くの犯罪や戦争、殺人、そして苦痛や恐怖を避けることができたことだろう。「もし地球に実る果実はみんなのものであることを忘れ、地球は誰のものでもないことを忘れてしまうなら、われわれはどうしたらよいかわからなくなってしまうのだ!」
     ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』一七五五年

人間に荒涼たる石ころだらけの原野の確実な所有権を与えれば、彼はそこを庭園に変えるだろう。ところが、人間に庭園の九年間の貸借権を与えたなら、彼はそこを砂漠にしてしまうだろう・・・所有することの魔法によって、砂が砂金に換わるのである。
       アーサー・ヤング『フランス紀行』一七八七年

  (注:本書にある注釈は省略)

(hidaruma)
 第12章の前書きで紹介されているルソーとヤングの言葉は、「所有」という「概念」に対する評価の対立を明確に示すものである。

 すなわち、ルソーは「所有」という「概念」こそ、社会における災厄の根源であり、全ての災厄の解決方法は「私有財産の否定」であると主張する。

 それに対し、ヤングは、「所有」こそ人の労働や工夫、といった人の持つ能力をより積極的に引き出す機能を有する「概念」であり、「所有」が無ければ人は何も生み出さないどころか、社会に害を為すと説く。

 果たして、どちらの主張がより正しく人間を捉えているのか。あるいは、どちらの主張も正しく人間の本性を捉えてはいないのだろうか。

全19ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事