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「強風」の艦載化は様々な課題から中断となったが、当時「強風」の陸上戦闘機化を 進めていた川西航空機から射出機対応の艦載機化のも同時に開発するとの提案が 出てきた。 「強風」の陸上戦闘機化は設計の中に補強を折り込むことは比較的容易。2000HPの 誉に装換とフロートの取り外しによる性能向上は充分にF6Fを凌駕できる見込みな こと。射出後の急速高度確保にはRATO「離陸補助ロケット」を併用することで見通 しが得られること。戦闘後の機体回収の見通しが低いならいっそ使い捨てと割り切 ってしまえば良いこと。 使い捨てについては装備を異常なほど大切にする風潮の中で、大論争となったが、 豊田副武連合艦隊司令長官の戦闘機数機の損耗で戦艦を守れるならぜひ進めて欲し いとの一言で実現に向けて動き出すことになった。 ★昭和18年末、軽巡川内に試験搭載した折の一葉。機体は3度の仰角を持たせて装着さ れていることがわかる。 着陸が不要なら重量のある脚を取り払い、より戦闘力を上げることも想定されたが、 陸上での訓練が必要なこと、小型でも空母が同伴した場合は回収できる場合があるこ とから着艦フック装備を加えて残されることになった。 ただしあくまでも戦闘後の着水が基本運用であるため、着水後の発見、パイロット回 収を容易にするため、開戦前の艦載機に採用された尾翼を赤く塗る戦前の赤色保安塗 粧が復活した。尾翼が赤く派手なことで視認性が高く戦闘が不利になるとの意見も出 たが、現実には敵機が直近に来た後緊急発進するなら問題にならないと判断された。 こうした経緯を経て昭和17年12月27日に「紫電」陸上戦闘機タイプ試作一号機が完成、
昭和18年1月27日射出機対応タイプが完成したが、誉の不調、2段引込脚のトラブルで 遅れの出た「紫電」陸上戦闘機タイプの影響で実用化は遅くなる。 さらに、軽巡に装備の2号3型射出機の能力不足にも対応させる為、射出機時にRATOを併 用する方法にも成熟を要し、量産開始は陸上戦闘機タイプに遅れること7ケ月、大難航 の末昭和19年3月「紫電11型丁」として開始される。 つづく ★RATOを併用して射出した瞬間の珍しい写真。画像がブレているがその原因は射出の速度 よりもRATOの轟音振動のためかもしれない。 |
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