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開発のトラブルで実戦配備が遅れ、初陣は昭和19年6月のマリアナ海戦に僅か3機だけの配備になった。 第一機動部隊乙部隊 戦艦「長門」に1機、重巡「最上」に2機との記録である。この戦闘では米軍機来襲 の誤報で発進、戦闘に参加することなく無益に機体損耗となり、計画の弱点を晒すこととなった。 本格的に配備が行き渡った10月の捷一号作戦。 第一遊撃部隊第一隊 戦艦「大和」「武蔵」「長門」、重巡「愛宕」「高雄」「鳥海」「摩耶」「羽黒」 「妙高」、軽巡「能代」、第二隊戦艦「金剛」「榛名」、重巡「熊野」「鈴谷」「筑摩」「利根」、軽巡 「矢矧」に合計29機、 第一遊撃部隊第三隊 戦艦「山城」「扶桑」、重巡「最上」、第二遊撃部隊 重巡「足柄」「那智」軽巡 「阿武隈」に合計12機 の合計41機が配備された。 この時は電探の確実な情報をもとに来襲のタイミングに合わせた射出ができた。防空戦闘機がいない砲戦 艦隊と想定していた米軍は防空戦闘機の出現に驚き、零戦より遙かにパワフルな「紫電」の性能に戸惑っ た。 さらに2号5型射出機の発進はRATO1本の補助で充分であったため、残りの2本を戦闘加速用に使ったベテラ ンパイロットの強さが驚異的な結果を生む。来襲の第一派二派で120機を超える未帰還を出した米軍は第 三派出撃のタイミングを見失い、これが禍して最終的に栗田艦隊のレイテ湾突入を許してしまう結果とな った。アメリカ軍輸送船団の撃滅は紫電11型丁の活躍なく実現されなかっただろう。 F6Fを下方に見下ろしRATOを噴射して垂直に近い上昇を行う11型丁 来襲した敵機を駆逐し、悠然と雲海を飛ぶ「紫電」の雄姿 |
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