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「お誕生日」シリ−ズとは・・
記事投稿日に生まれた戦闘兵器を模型写真で紹介するコーナーであります!
(一度投稿した模型も記念日に再登場可能、
既存ネタのリサイクルができる筆者にとって、とてもお得な?シリーズ)
第1回
4月28日(1944)
2代目「松」型駆逐艦(丁型)のネ−ムシップ「松」の竣工日
(実写写真は「橘」型です)
日本海軍は、昭和17年のガダルカナル島をめぐる戦いにおいて、
輸送作戦(東京急行)への投入や夜戦で多数の駆逐艦を失ってしまった。
その補充のため、短期間で建造でき、対空・対潜に主眼をおいて、
輸送船団の護衛任務や輸送作戦にも使える艦として建造された。
神風型駆逐艦(初代)と並ぶ日本海軍最多の建造数(32隻)と
最短の建造日数(約5ヶ月)を記録。
そして最後に量産化された駆逐艦でもある。
終戦時に「松」型は18隻も航行可能状態で残存していました。
それらは戦後復員輸送に使われ、その後各国に戦時賠償艦として引き渡され最後を迎えました。
しかし、しかしです
「松」型の後期タイプ「橘」型の「梨」が、海上自衛隊で使われていたのです。
艦名は「わかば」DE-261と改名されましたが、帝国日本海軍唯一の生き残り戦闘艦艇なんです。
「梨」は戦中、艦載機の空襲をうけ後部弾薬庫に被弾、柳井沖で沈没。
戦後、スクラップを目的に引き上げたところ、状態が良好であった。
そのため改装を施し警備艦わかばとして1956年5月31日海上自衛隊に編入、
1958年に兵装か装備される護衛艦として就役した。
引き上げ後、念入りにレストアされたとはいえ
長期間海中に浸かっていた機関部は就役後もすさまじい雑音を発したと伝えられる。
このため本艦は、実用性よりも、海自が自認する旧海軍後継組織としての
“血統書”の意味合いが強かったのではないかという見方が当時から現在に至るまで根強くある。
また高森直史『海軍食グルメ物語』によると、わかばの補給長は旧梨の主計兵であったという。
梨の乗組員は優先的にわかばに配置されたようであるが(同じ艦なので習熟訓練等を考えると合理的でもある)。
梨撃沈時の記憶がある乗組員が多いせいか、わかばは何度か「幽霊騒ぎ」を起こしている。
模型は1/700ウォーターラインシリーズ、タミヤ担当艦です。
メインマストに横梁を加えた以外はほぼ素組であります。
「お誕生日」シリーズ
続いて4月30日、5月2日、5月3日・・・
と予定していますが、果たして投稿可能か?
すべてはお仕事次第!(ほんとはやる気次第とか・・・)
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