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![]() (○´д`○)こんにちわぁ♪![]() ![]() 《日本建国史年表》
※出典:加治木義博・
大学院講義録19:17〜24頁」
「紀元前」
B.C.3000:この頃、
エーゲ海にミノア(美濃国)文明開花。
クレタ島にミノス(蓑洲)大王時代がくる。
妹のエウロペがミノスの母だから、
カドモスはこの時代の人。
B.C.2000:この頃、
シュメル王朝誕生。
スメラギが初めて即位。
その呼称が我が国に現在まで残るし、
多くの文化財を残しているから、
間違いなく私たちの先祖。
B.C.1550:この頃、
稲敷人によって殷王国誕生。
沖縄のカリエン(高族)貝貨幣で
殷帝国を繁栄させる。
その出先基地・高句麗は
五彩圏で最も早く建国。
バビロニア第王朝滅びる。
カリエン人(和人)の大移住はじまる。
B.C.1523:中国に殷人の商帝国起こる。
その繁栄は宝貝貨幣によって
支えられていた。
B.C.1500:この頃、フェニキヤ誕生。
B.C.10世紀:中国。殷・商帝国滅亡。
周帝国に変わる。
B.C.1000:この頃、
都市国家繁栄、カースト制度が作られ、
ブラフマンが最高権力をにぎり、
バラモン教時代となる。
B.C.7世紀後半:北インドに
第1次マガタ国ほか16大王国生まれる。
縄文後期:「遮光器土偶」はこのころのものか?
B.C. 770:東周建国する。
B.C. ?:『記・紀』の日本神話の
「天孫降臨」は、
このころとして書かれている。
B.C. 660:この頃
インドにマガダ国ほか16大国生れる。
コーサラ、アヴアンチイ、
ヴァッツァなど小国群誕生。
『日本書紀』は
この年を神武天皇の即位年とするが、
それはこのマガダ国の誕生と重なるから、
なんらかの記録があったものと考えられる。
B.C. 550:この頃、
マガダ強大になり、インド統一。
327年に
アレクサンドロスに滅ぼされる。
B.C. 480:釈迦が死に仏教興る。
B.C. 440:マガダ国、ガンジス河流域統一。
B.C. 327:アレクサンドロス、北インド征服。
B.C. 322:新マガダ国のマウリヤ王朝誕生。
チャンドラグプタ王は
ギリシャ王女と結婚。
B.C. 304:ペルシャ皇帝セレウコス、
北インドに侵入。
B.C. 303:マガダ国王
チャンドラグプタと同盟を結ぶ。
セレウコスの皇女、
チャンドラグプタと結婚。
B.C. 298:マガダ国ビンドゥシャーラ王即位。
B.C. 273:マガダ国アソカ王
(チャンドラグブタ王の孫)即位。
B.C. 269:マガダ国アソカ王盛大な即位式を挙行。
B.C. 250:アソカ王の王子・マヒンダ、
スリランカ布教(南進)
崇神天皇の四道将軍伝承のモデル。
B.C. 244:アショカ王による仏典結集。
東西南北へ仏教宣布団を派遣。
東はソナカとウッタラの
2布教団が出発(西北東進)。
ソナカ宣布団が開拓して、
ミャンマーから、
後にインド・シナ半島、
インドネシア各島に及び、
台湾から沖縄、そして九州に達した。
この頃:
日本列島に水稲、弥生土器が作られ始め、
本州西部に銅鐸文化が広がる。
?ソナカ仏教布教団、台湾にまで到達。
B.C. 221:秦の始皇帝、中国を統一、即位。
B.C. 219:徐福、ホーライを尋ねて南海へ行く。
すでに台湾にギリシャ人居住という証拠。
B.C. 210:このころ台湾が
ホーライと呼ばれているのは
『ギリシャ神話』のイヤーソンらが
「金毛羊皮」を求めて
到達した記事に一致。
B.C. 183:マウリャ王朝滅亡。
B.C. 168:マケドニヤ滅亡。
B.C. 160:地中海人種の月氏、
シャケ(サカ・スキュタイ)族の
国土を占領、シャケ族の移動始まる。
B.C. 150:この頃
サカ人(釋迦の一族)インド北部・
ネパールへ侵入。
B.C. 146:カルタゴ滅亡。
B.C. 145:司馬遷生まれる。
B.C. 140:地中海人種の烏孫人、
烏孫、西域の月氏国を取る。
大隅ギリシャ人の発展拡大の尖瑞部
月氏の国土を占領、月氏の移動始まる。
漢の武帝即位。
B.C. 121:漢の武帝、金人を手にいれて大神とする。
B.C. 86:司馬遷死ぬ。
B.C. 70:月氏、烏孫の敦煌周辺を占領、
仏教圏生まれる。
烏孫の移動始まる。
烏孫人の一部は
長江を下だって、
旧[呉]地域などに移住。
以後、
呉は「ウー」と呼ばれる。
B.C. 53:西域の烏孫国大乱。
仏教化した烏孫人分散。
B.C. 40:この頃までに高句麗建国。
ホーライ…高麗…高句麗。
B.C. 37:高朱蒙(コスモ=世界・宇宙・人類)
高句麗建国
(古代カリエン人勢力との融合)
『三国史記』。
ギリシャ名の持ち主だった。
B.C. 30:クレオパトラ自殺。
B.C. 27:ギリシャ本国は
ローマ帝国の属州になる
高句麗、北沃狙を滅ぼす。
「五彩圏」連邦の拡大期
「紀元後」
A.D. 8:前漢滅ぶ。
破壊者・王莽、帝国「新」と自称。
A.D. 14:高句麗、
前漢が領土にしていた
高句麗県を奪い返す。
A.D. 21:高句麗、扶余(夫余)を討つ。
A.D. 25:後漢、建国。
A.D. 26:後漢の建武二年、
委奴国、後漢・光武帝に朝賀し
印綬を受ける?
A.D. 45:鳥丸、鮮卑、匈奴が
漢の支配領域に侵入する。
隋・唐帝国の芽生え
A.D. 47:当時、ギリシャ人が
ローマとインド間の海上貿易に
従事していたという記録。
A.D. 56:高句麗、東沃狙を討つ。
A.D. 57:後漢の建武中元二年、
倭の委奴(イノ)国王、後漢の光武帝から
「漢委奴国王」の金印を受ける
(福岡志賀の島出土)
A.D. 68:後漢に最初の寺・白馬寺建立。
これはアソカ宣布団とは
直接の関係はない。
A.D. 91:北匈奴、後漢に敗れ、次第に瓦解し、
その後にギリシャ系倭人の集団=
鮮卑が侵入して次第に強大になり、
その鮮卑が後に隋を建国し、
唐に変身して中国を支配する。
A.D. 107:倭国王帥升
(スイ・サヌウ=スサノオ=
高句麗王・位宮も同じ名乗りだ)
後漢に朝貢。
A.D. ?:卑弥呼、伊是名島の王女として誕生。
これが天照大神の記事になる。
卑弥呼、ソナカ=仲哀天皇と結婚、
仲哀死ぬ。
これが天の稚彦の神話。
A.D. 166:ローマ王アントニウスの使者、
後漢政府に来訪。
当時のローマ貨幣はべトナムでも発見。
後漢の桓帝と霊帝との間に、
倭人連邦の中で大乱、
卑弥呼、女王に共立される。
A.D. 168:後漢の孝桓帝死に、孝霊帝即位。
このころ
初代卑弥呼、連邦女王に共立される。
ここまでが『記・紀』の
[神功皇后紀]の初期の記事に一致し、
葛城襲津彦も登場する。
弥生時代後期。
南朝鮮に馬韓・辰韓・弁辰の古三韓あり。
三国とも日本語名の小国で構成。
A.D. 191:呉の孫堅、首都・洛陽に入る。
後漢政権有名無実になる。
『三国志』時代の開幕。
A.D. 239:魏の景初三年、
倭人連邦女王・卑弥呼・魏の帯方郡に
使者・難升米らを派遣。
このころ
粛真国がある。
A.D. 240:魏の正始元年、
帯方郡使・建中校尉・梯儁、
卑弥呼に会い鏡などを届ける。
A.D. 241:辛酉の年。
神武=山上王位宮=垂仁天皇即位年。
本当の日本建国記念日。
A.D. 244:高句麗・山上王位宮、
北朝鮮より敗走、行方不明になる。
新羅始祖・赫居世
(邪馬壹国女王「壹與」と諸条件が一致)、
沖縄・与那原でで即位。
A.D. 246:辰韓の「臣濆沽」国主、
帯方郡の崎離宮を攻めて太守を殺し、
臣濆沽国、滅亡。
A.D. 247:魏の正始八年、
狗奴国男王・卑称弓呼素、邪馬臺を攻撃。
老卑弥呼死ぬ。大冢を作る。
古墳時代の始まりか?。
これが神武天皇の東征記事の一部になる。
壹與(次の卑弥呼・日葉酢媛)を立てて
内乱収まる。
大邪馬臺政権消え、邪馬壹国誕生。
筆頭官「伊支馬」は山上王位宮で
『記・紀』の神武天皇と垂仁天皇に一致。
A.D. ?:鹿児島県川辺郡(灌奴部)の知覧に
古代新羅「鶏林」が都する。
その後、
福岡が白日別と呼ばれ
『三国史記』[新羅本紀]の
「斯盧」時代に一致する。
A.D. 316:晋滅ぶ。
A.D. 318:東晋建国。
A.D. 386:北魏建国。
A.D. 413:東晋・義熙九年。倭王・賛あり。
A.D. 420:宋建国。
A.D. 425:倭王・珍の名乗りに始めて
新羅・百済の名がある。
このころ
朝鮮に始めて古墳ができる。
A.D. 438:倭王・讃死に、弟・珎立つ。
A.D. 443:倭王・済、宋に遣使。
A.D. 460:倭王・興、実に遣使。
A.D. ?:倭王・興死に、弟・武立つ。
A.D. 478:倭王・武、宋に遣使、上表する。
A.D. 479:劉宋滅ぶ。
A.D. 502:梁の高祖即位し、
倭王・武を征東将軍にする。
A.D. 581:隋、建国。
このころ
日本列島は倭(俀)国時代。
A.D. 592:崇峻天皇殺され、
『日本書紀』の推古天皇即位。
A.D. 593:聖徳太子、摂政になる。
A.D. 608:『日本書紀』の推古16年
隋・大業3年、
隋の文林郎・裴世清倭(俀)国へ来る。
連邦皇帝=阿毎多利息北孤。
A.D. 622:『日本書紀』の聖徳太子、斑鳩に遷都。
A.D. 626:丙戌 蘇我蝦夷が大臣になる。
A.D. 628:隋滅ぶ、唐建国。
A.D. 629:己丑 舒明天皇、即位。
A.D. 630:庚寅 岡本宮に移る。
A.D. 631:辛卯 百済王子・豊璋、人質に来る。
A.D. 637:丁酉 蝦夷そむく、討伐軍負ける。
A.D. 640:庚子 舒明天皇、百済宮に遷都。
大阪・百済倭国時代に入る。
A.D. 641:辛丑 舒明天皇死ぬ。
『日本書紀』高句麗の
伊梨珂須弥が大王を殺す。
『三国史記』[高句麗本紀]
泉蓋蘇文が王・建武を殺す。
『三国史記』[百済本紀]
百済王・武死ぬ。
A.D. 642:壬寅 皇極天皇即位。
百済大寺造営。
高句麗・宝蔵王即位。
大臣の子・蘇我入鹿、執政になる。
A.D. 643:癸卯 入鹿、山背皇子と一族を殺す。
A.D. 644:甲辰 軽皇子と中臣鎌子、団結。
A.D. 645:乙巳 『日本書紀』の大化改新(乙巳の変)。
蘇我氏滅亡『天皇記』焼く。
皇極退位、孝徳即位。
大化と元号をつける。
孝徳天皇、長柄豊碕宮に遷都。
A.D. 646:丙午 『旧唐書』孝徳即位、元号は白雉。
A.D. 647:丁未 新羅・金春秋、人質としてくる。
A.D. 648:戌申 長柄豊碕宮に行幸する。
A.D. 649:己酉 冠位十九階を定める。
蘇我石川麻呂一族滅ぶ。
A.D. 650:庚成 年号を白雉とする。
A.D. 651:辛亥 長柄豊碕宮に移る。
A.D. 654:孝徳天皇死ぬ。
A.D. 655:斉明天皇、再び天皇になる。
A.D. 658:阿倍比羅夫、蝦夷を討つ。
有間皇子殺される。
A.D. 659:阿倍比羅夫、蝦夷を討ち、
後方羊蹄に政所をおく。
A.D. 660:阿倍比羅夫、粛真を討つ。
唐と新羅の連合軍、百済を攻める。
A.D. 661:辛酉の年。
斉明天皇、朝倉宮に移り、死ぬ。
『三国史記』新羅太宗王・金春秋死に、
文武王・法敏即位。
天智天皇(神武=金春秋)即位年。
本当の統一日本建国記念日。
A.D. 663:大阪・枚方大戦(白村江)。
五彩圏連邦と朝鮮半島の百済滅ぶ。
「神武東征」革命で倭国滅ぶ。
倭・日本(オカモト)の宮=
斉明+天智(称制)の
連立政権時代始まる。
A.D. 664:冠位二六階などを定める。
A.D. 665:長門、筑紫に水城を造る。
A.D. 667:近江・大津宮に遷都する。
高安城、屋島城、金田城を造る。
A.D. 670:長門、筑紫に城を造る。
天智天皇の称制時代終わり、
国号を倭国から「日本国」に変える。
A.D. 671:江宮焼ける。天智天皇死ぬ。
A.D. 672:弘文天皇即位。壬申の乱。
大海人皇子、弘文天皇を倒し、
飛鳥浄御原宮に移る。
A.D. 673:天武天皇即位。
A.D. 681:『浄御原令』=律令制定。
A.D. 691:持統天皇、
18氏に『纂記』を提出させる。
A.D. 718:『養老律令』発布。
初めて国名を「ヤマト」とつける。
A.D. 752:初めて朝廷の名に
「大和=ウワ」の文字を当てる。
奈良大仏開眼供養。
A.D. 759:光明皇太后、居宅を宮寺
(のちの法華寺)にする。
A.D. 764:淡海三船、天皇の漢風諡号を作る。
A.D. 780:このころから
陸奥、騒がしくなり討伐はじまる。
A.D. 950:前後、
源順、
『倭名類聚鈔』を執筆編集する。
A.D.1083:源義家、陸奥の守となって陸奥に赴任する。
「歴史データ大型版」
「人名歴史年表」
M.K記
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