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![]() (○´д`○)こんにちわぁ♪![]() ![]() 《『三国史記』は日本建国史の重要史料》
※出典:加治木義博:
大学講義録・33
新羅35代・景徳王記を読むと、
その12年、
日本の国使が来たが
傲慢無礼(ごうまん・ぶれい)な態度だったので、
景徳王は会わなかったという記事がある。
これは753年のことだから、
天武天皇の壬申(じんしん)の乱(672年)から
80年たっていたが、
日本の使者は新羅王が知事だったことや
壬申(じんしん)の乱の
敗北者だったことをよく知っていた。
それが態度に現われていたので、
会わなかったばかりか、
それが原因で、
倭国時代の遺物である地名まで全面改定して、
鬱憤(うっぷん)を晴らしたのである。
ところが『三国史記』は
改名以前の地名を記録している。
それをみると
倭国時代の地名が
日本語だったとよくわかるので、
景徳王は逆に
歴史の真相を裏書きした結果になっている。
新羅が太古からの独立国だったのなら、
何も地名を変更する必要はなく、
反対に尊重するし、
もとの高句麗や百済の地名まで
変える必要など、
あるはずがないからである。
これを一つだけ見ても、
新羅独立以前は、
半島が倭国の領土だったことは動かない。
またこのことは新羅の起源を書く神話が、
半島のものではなかったことも教えてくれた。
そこにある地名が
南九州のものだということは
本書でもお話ししたが、
荒唐無稽(こうとうむけい)にみえる話しも
よく検討すれば史実につながる。
この意味で『三国史記』は
朝鮮半島史はもちろんだが、
我が国の建国史にとっても、
今、
重要で有力な史料に
変身したことをよくご認識戴きたい。
こうして、
景徳王の地名大改定が、
それらの地名が
倭人による統治の遺物だったことと、
新羅独立の内容と時期が、
彼らの記憶に残り、
日本の国使の態度に現われ
景徳王が激怒するほど劣等感を感じた、
生(なま)々しい、
近世のものだったことを
裏書きしている事実が、
鮮明に浮き彫りになって見えてきた。
それが史実を発掘解明する
私たちの仕事にとって、
どれほど貴重で
重要なデータであるかもよくわかった。
私たち学究は、
こうした事実を広く他の読者に
伝える必要がある。
しかし
読者が皆
『三国史記』を読むとは考えられない。
とすれば次に必要なことは、
その景徳王らによる地名大改定の実態を、
せめてサンプル程度でも、
論文には必ず掲載しておく
必要があるということである。
その一例をご覧に入れよう。
「多仁県 本(もと) 達巳県 景徳王改名」
これは
「タニ県、もとタツミ県」で、
種子島と同じ地名だとよくおわかりだと思う。
(以下景徳王改名は略す)。
「化昌県 本 知乃弥知県」、
これは
「ケショウ県、もと血の道県」で
明らかに日本語の化粧と婦人病の名だから、
薬草栽培か製薬地帯の名。
「醴泉(れいせん)郡 本 水酒郡」。
醴泉は酒の泉、もとはミズザケ、
これは
養老の滝のような伝説地を
ただ日本語から中国語に変えただけ。
「直寧県 本 一直県」=イチキ。
「高丘県 本 仇火県」。
アタカをタカオカに変えて、
タカの発音で馬脚を現わしている。
九州と同じ地名の多い
旧・高句麗の郡県名
こうした「景徳王改名」の数は
140州郡に及んでいる。
これで新羅が
飛鳥時代に倭国から分離したことを
ご納得戴いたと思うが、
高句麗と百済もまた、
それが日本語だったとわかる
地名をもっていたから、
新羅が前記のように
半島統一後に改名したのである。
ついでにそれも見ておこう。
同じ『三国史記』
「地理二」の高句麗を見ると、
「巨悉県 本 高句麗 駒城県 景徳王改名」
「コシツ、もと高句麗のコマキ(小牧)県だ」
ということだが、
そのコシツも
「高志津(こしつ)・越津(こしつ)」
という日本語への当て字で、
これまたかえって
景徳王改名の馬脚を現わしている。
景徳王は旧高句麗の148もの
州・郡・県を改名しているのである。
それらの旧名を少し挙げておこう。
陰城県←仍忽(ナカツ)県。
介山県←皆次山(カジャマ)県。
陰竹県←奴音竹(ナヨタケ)県。
穀壌熟←仍伐奴(ヨキノ)県。
このヨキノという地名は、
今も種子島の西之表市の南西に
「能野(よきの)」がある。
荒壊県←骨衣奴(ゴイノ)県。
これも旁国「呼邑」の
鹿児島市「五位野」がある。
波平県←波害平吏(ナミガヘリ=波返り)県。
高烽県←達乙省(タッセ=田布施)県。
鉄城県←鉄円(カネマル)県。
功成県←功木達(クキタ=久木田)県。
兎山(トヤマ)県←烏斯含達(ウシガタ=
牛潟・ウスガタ=臼型県)。
長端(たん)県←長浅城(ナガサキ)県。
旧・百済の郡県名は
出身地までわかる日本語地名
念のため「地理三」の旧百済も見ておこう。
この地方も
「景徳王十六年、熊州と改名」
といったふうに徹底して名を変えているが、
明かにもとの地名は日本(倭人)語だ。
清音県←伐音支(キリオトシ)県。
馴雉県←甘買(アマゲ=天城)県。
唐津県←伐首只(キリスキ)県。
孤山(コヤマ)県←鳥山(オヤマ=小山)県。
黄山都←黄等也山(キラ・ヤヤマ)郡、
(ヤヤマは八重山)。
儒城県←奴斯只(ノシキ=野志木)県。
潔城郡←結己(ユウキ=結城)郡。
燕岐県←豆仍只
(ツナキ=津奈木、改名後もツバキ)県。
昧(まい)谷県←未谷(ミタニ)県。
杜城県←豆伊(トイ=都井岬)県。
金溝県←仇知只(クチキ=朽木)山県。
大山郡←大戸山(ウシヤマ)郡。
井邑県←井村郡。
市津県←加知奈(カチナ=嘉手納)県。
雲梯県←只伐只
(キバツキ=肝属・キバキ=木脇)県。
沃溝県←馬西良(マシラ=猿・真白)県。
平皐(コウ)県←首冬山県
(ストヤマ=外山の大隅発音)。
野山県←閼也山(オヤヤマ=親山)県、
青雄県←居斯勿くイシモチ)県。
栢舟県←比史(ヒシ=菱)県。
代労県←馬斯良(マシラ=猿)県。
烏児県←烏次(ウジ=宇治)県。
馬邑県←古馬弥知(コマミチ=駒道・高麗道)県。
といった調子で、
誰がみても出身地までわかるほど、
はっきりした日本語地名だったのである。
M.K記
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日本に
本当に「正しく漢字を読むことができた者」が
存在したのでしょぅか?
2018/5/5(土) 午後 1:13
お元気ですか?
2018/6/13(水) 午後 2:34
嗚呼秋春さんのところから来ました
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/ballgame/1518050896/
ここのほとんどその人が書いてます
ぜひ見てください、また来ます!
[ ワキゲーバスター ]
2018/6/18(月) 午後 8:38