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『伊豆の踊り子』の学生さんはこんな格好で天城越えをしたのでしょうか?
2006/1/18(水) 午前 7:37 [ - ]
こんなモダンな学生服ではありませんよ。小説の記載では典型的な書生スタイル(学帽、紺絣、袴、高下駄)です。”私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白(こんがすり)の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。”川端康成は第一高等学校ですからね。
2006/1/18(水) 午前 8:22
どれくらいの山の登山まで 学生服&背広だったのでしょう? なんか無謀というか。。槍ヶ岳とかも学生服だったのかしら
2006/1/18(水) 午前 8:25 [ bon*081* ]
山登りには窮屈そうな格好ですね。ところで第一高等学校って今の何大学なんですかね?東大?
2006/1/18(水) 午前 9:14 [ kuro ]
第一高等学校は戦後に、東京大学に組み込まれてその後教養学部になりました(今の駒場キャンパス)。ですから東大へ組み込まれた第一高等学校生は無試験で全員東大へ入学できたそうです。なお、第三高等学校は京大に組み込まれました。
2006/1/18(水) 午後 5:56
登山の服装は、当方専門外なのでよくわかりませんが、地下足袋にゲートルなんかも見たことがあります。前の方に「ハイキング」でいくつかはいってるので検索してみて下さい。
2006/1/18(水) 午後 6:23
峠のバス停から見晴らし台まで登った、という感じですね。コートも学生服とセットで日常的に着ているものですね。しかしハンチングと杖が、やはり山に登るつもりで来ていることを物語っていますね。
2006/1/19(木) 午前 1:34
川端康成は第一高等学校時代に書生の典型的な姿(制帽、紺絣、袴、高下駄)で伊豆を旅行をした(大正7年秋)。そのときの体験からの小説がこの有名な「伊豆の踊り子」である。高下駄で天城峠を越えたとはーーーー 「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨足
2006/1/18(水) 午前 8:25 [ 帝大生 へたじの大道芸日記 ]
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『伊豆の踊り子』の学生さんはこんな格好で天城越えをしたのでしょうか?
2006/1/18(水) 午前 7:37 [ - ]
こんなモダンな学生服ではありませんよ。小説の記載では典型的な書生スタイル(学帽、紺絣、袴、高下駄)です。”私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白(こんがすり)の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。”川端康成は第一高等学校ですからね。
2006/1/18(水) 午前 8:22
どれくらいの山の登山まで 学生服&背広だったのでしょう? なんか無謀というか。。槍ヶ岳とかも学生服だったのかしら
2006/1/18(水) 午前 8:25 [ bon*081* ]
山登りには窮屈そうな格好ですね。ところで第一高等学校って今の何大学なんですかね?東大?
2006/1/18(水) 午前 9:14 [ kuro ]
第一高等学校は戦後に、東京大学に組み込まれてその後教養学部になりました(今の駒場キャンパス)。ですから東大へ組み込まれた第一高等学校生は無試験で全員東大へ入学できたそうです。なお、第三高等学校は京大に組み込まれました。
2006/1/18(水) 午後 5:56
登山の服装は、当方専門外なのでよくわかりませんが、地下足袋にゲートルなんかも見たことがあります。前の方に「ハイキング」でいくつかはいってるので検索してみて下さい。
2006/1/18(水) 午後 6:23
峠のバス停から見晴らし台まで登った、という感じですね。コートも学生服とセットで日常的に着ているものですね。しかしハンチングと杖が、やはり山に登るつもりで来ていることを物語っていますね。
2006/1/19(木) 午前 1:34