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撮影年不明。 昭和30年代前半とおもわれる。比叡山山頂でしょうか 05062 《看板の文》
将門岩(まさかどいわ) 平将門は平安朝中期の人 鎮守府将軍良将の三子で、この岩上より京都を見下ろして天下制覇の野望をおこしたと伝えられる所、後天慶二年8西暦九三九年)叛乱したが、翌年追討されて死没した。 又このとき藤原純友は将門と謀反の盟約をしたというので右手の岩は純友岩といわれている。 |
昭和30年代
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昭和36年4月5日 05009 行き先表示板は「東京行」となっています・ [ 小金井橋さん情報 ]
写真の車両は3等車のナハ11形軽量客車、隣の車両は3等寝台車のナハネ10形です。 |
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昭和36年4月6日 05006 ピジョン号でしたでしょうか?ラビットに似ていますね。 http://blogs.yahoo.co.jp/dokidoki_puck/52771835.html
この子たちも現在は75歳くらいでしょうか。 |
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昭和36年3月31日鹿児島 袴腰港 桟橋にて 05005 [ ポンコツさん・小金井橋さん情報 ]
手前の車はフロントのダットサンエンブレムの形状からみて、昭和30年12月〜31年5月生産の、ダットサン112型ですね。フェンダーのでっぱりは純正のウインカーです。 後ろのバスは当時の西桜島村営バス(→桜島町営バス→合併で現・鹿児島市営バス)です。白い車体に青のラインが入っていました。 |
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昭和36年4月3日 長崎駅前 05004
写真のバスが当時の県営バスの標準色です。屋根が銀色/窓周りが肌色がかったクリーム/下半が緑という落ち着いた塗り分けで、地元では「青バス」と呼ばれていたようです。[ 小金井橋さん情報 ] |





