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大正時代

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江ノ島  江の島

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撮影年不明、 「相州江之島」               05050

印画紙が鶏卵紙ですのでかなり古い時代ではないでしょうか。「ゑびすや」の看板らしいものが屋根に見えます。
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撮影年不明                        05013

「飯能町入間川にて」  日本髪の女性にトンビコート、大正期の雰囲気ですね。

[小金井橋さん情報]
飯能市内の入間川の名所「飯能河原」のようです。写真の撮影位置は特定できませんが、川を堰き止めて作った現在のボート場の堰(せき)のすぐ下流のようです。写真の左の建物は現在、川の家「名栗川亭」のある位置で、当時も飯能河原への行楽客の休憩所だったようです。

カンカン帽

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撮影年、場所、不明                        05010

 カンカン帽が大流行、洋服でも和服でもカンカン帽を被っていたのは大正期。 羽織の丈が長いのも大正期ですからたぶん大正期の撮影でしょう。 アルバムに貼られている写真で数ページあとに昭和6年とおもわれる写真がありますのでやはり大正期の可能性が高いと思います。

むかしは帽子屋さんがあちこちにありましたねぇ。 http://blogs.yahoo.co.jp/dokidoki_puck/7710416.html

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撮影年不明                              04766

大正時代の雰囲気ですね。

[ uchida さん、小金井橋さん] の情報ご提供により石場駅と判明いたしました。

石場駅のようですね。現在の石場駅は琵琶湖岸の埋立てと湖岸道路の完成により、若干浜大津寄りに移動しています。写真の低床ホームは、現在の石場駅とその南側にある旧道踏切の間にあった旧停留場の浜大津方面行きの低床ホームで、右が浜大津方面、左が石山寺方面となります。今は現・石場駅南側の線路に沿う細い路地になっている辺りでしょう。
なお、国鉄の膳所―浜大津間では旧東海道線の一部が貨物線として使われ、複線の京阪石山坂本線の湖岸側の線(石山寺方面行きの線)が国鉄の1067�軌間と京阪の1435�軌間の3線区間になっていました。この写真は坂本方面行きの線路なので、1435�軌間だけでした。3線区間は昭和51年(1976)10月に廃止され、現在は京阪のみの線路です。
[ 小金井橋さん情報 ]

油文肥料商店

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撮影年不明  常陸竜ヶ崎の写真屋台紙に貼付けてあります。         04690

フォードのT型のようなキャビンのトラックがありますので大正末から昭和の初頭でしょうか。
幟の中に初荷という文字が見えますので正月の風景でしょうか?

入口らしいところの上には「祝豊歳萬作」と書かれた看板が掲げてあります。

農家の肥料は人糞が主流の時代だと思いますが、商っている肥料とはどんな物でしょうか? 鶏糞ですか?

「肥料 大正」などで検索すると出てきますね! 豆粕、魚肥 … 化学肥料もあるようですね、肥料商も出現し始めていますよ。

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