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否認 → 怒り → 取引 → 抑うつ → 受容
有名なキューブラーロスの「死の受容への五段階」と自分なりの解釈です
1.否認と隔離 嘘ではないか、自分自身の病を否定する気持ち 、事実を否認し遠ざけようとする状態。 2.怒り 病気になった自分や周囲に対しての怒り。 健康な人への恨みや妬み、などの感情が爆発する状態。 3.取引 神仏などの対象に取引を行う。「もし病気が治るなら○○します、だから・・・」 4.抑うつ 気分の落ち込み、不眠、絶望感と喪失感。自殺を考えたりもする。 5.受容 自分自身の死を受け入れる この場合、単に死を受容して諦めるのでなく、残された生をきちんと生きようとする、生の価値の発見でもある。 すべての人が5段階まで到達するわけでなく、その前の段階で死を迎える人もいるわけです。 さて、自分自身は告知の瞬間から、この第5段階の「受容」の状態だったので、不安、悲しみ、怒り、絶望などの葛藤のプロセスをたどらなかっただけ幸せでした。これは強がりでも負け惜しみでもありません。本当に明鏡止水の心境だったのです。 昨年、死の瀬戸際までいった大病の後、残された人生はおまけだと思って、日々大切に、一日一生の心境で過ごしてきたせいかもしれません。 家族はせっかく大病から生還したのにと残念そうに言いますが、あの大病はむしろ今回のための壮大な序章だったのかもしれません。 悔しい気持ちよりも感謝の気持ちのほうが大きいです。 告知された日の午後には看護婦さんに冗談を言ったり笑顔で対応したりで、「強い人ですね」と驚かれましたが、これは強さではなく、大病から学んだ無為自然の生き方のおかげだったと思います。 告知からしばらく経ちますが、未だに恐怖も不安も悲しみもなく、自分でも少し驚いています。本当に格好をつけているわけではなく心の底から自然に湧いてくる今の感情なのです。 もちろん家族の反応は全く違いましたから、もっぱら慰め役となっていたのです。(笑) 今では家族も落ち着いて静かな日々を送っています。ようやくブログを始める余裕が出てきました。 無為自然、今日も生かされていることに感謝。 お知らせとお願い 以前のブログから来られた方。あちらのブログには、実生活で知り合いの方も大勢います。しかし、実生活の中では、まだ誰にも現状をお知らせしていないので、あちらのブログにはこの件に関するコメントはお控えください。 こちらはあくまでも別ブログということでお願いいたします。 |
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匿名様
なかなか受容できないほうが正常だと思います。
私の場合青年時代から東洋哲学や宗教学に接していたことと、去年の大病の影響で「無為自然」の心境になっていたのでしょう。
負け惜しみでも強がりでもなく、毎日幸せです。
2010/11/30(火) 午後 8:47
明鏡止水の心境、無為自然・・日々大事に幸せ・・なんと・・
‥私のようなものには・・言葉がありません。
またこちらのブログに・お邪魔させていただきます・。
2010/12/1(水) 午前 8:38
otoriさん
早い段階で(って言うか告知の瞬間に)こんな心境になれて幸せでした。もちろんやり残したこともあるし、残念なこともありますが、それは運命と思っています。本当は去年急死してたんですから。
こんなブログでよかったらお付き合い下さい。
2010/12/1(水) 午前 9:56
旅人さんがこのように受け止められるようになった背景を、少しずつでも教えていただけませんか?(東洋哲学、宗教学等)
2010/12/1(水) 午前 10:31 [ エム ]
エムさん
分析してないので、実際のところ何がどうしたためにこうなったのかはよくわかりません。^^;
機会があったら触れてみます。
2010/12/1(水) 午前 11:02
こうしてまたブログを拝見できて嬉しいです。
2010/12/1(水) 午後 11:50 [ ルリ ]
ルリさん
無為自然、今日も生かされています。
2010/12/2(木) 午前 5:34
昨年の死の瀬戸際までいかれた大病の後、残された人生はおまけだと思うことができたのが
幸いなのでしょうか。
そのおまけを感謝しながら充分に楽しんでいられるというのが伝わってきます。。。
2010/12/2(木) 午後 10:12
貝ぬしさん
実際にはやり残したこともあるし残念なところもありますが、それは運命ですから仕方ないです。
今までおもしろおかしく生きてきた延長線で生きることができていることに感謝です。
2010/12/3(金) 午後 8:52
( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
くも膜下の奇跡は神様の計らいだったのでしょうかね
ポチ
2011/1/9(日) 午前 5:37