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エントリ:アンチフェミニスの続き・補足。
つれづれなるままに。

女尊思考、男尊思考。
どちらの思想を持っていても、あるいはどちらでもなくてもいい。
しかしやはり、その考えを高らかに主張する事が出来る人間と言うのは少ないように思える。
主張するだけならどんな者でも簡単だが、それを表出して完全なる賛同を得ることが出来るだけの説得力というものがあるだろうか。
 
前エントリにおいて、男尊女卑を推したが、それはあくまで大きな単位の事。
最大値においての事であり、個人や集団レベルで同じ話をすることは出来ない。
つまり、個々人の男尊女卑思考を推す事は出来ないのである。
 
思想に取り憑かれた者は、その思想を通してしか物事を視ることができなくなる事が多い。思考の方向が、一元的になるのである。
たとえ事実がどうであろうと、無条件でその一個人が全ての異性より優れていると勘違いしてしまう事があるのである。
 
例を出せば、ある男尊女卑思想の男性が「これだから女は〜」と相手の事をよく知っているわけでもないのに言うのである。女性の中には彼よりも優れている者もいるのに、思想で盲目になっており、その事実に気付く事が出来ない。
 
男が、女が、そんな風に括ること自体が、思考の停止と同一なのではないだろうか。
先入観や自分の考えを押し付けて、それ以上の事を見ず、考えない。

これは男・女の部分を何か他の言葉に入れ替えることで、何に対しても言う事が出来る。
一つひとつについて考えることが出来るのならば、それが最善の方法ではないだろうか。

ただ残念ながら…
議論を「個々で違う」と言う事自体も、全体を視ることが出来ないのと同義と言えるかもしれない。
それぞれ違うよね、そんな結論も平和的だが、この結論だって決めつけと同じ思考の停止と言えるのだ。
 

男性、女性、集団、個々人。
性差はあるが、個体差もある。全ての個体を合わせた集団で判断する事と、個体で判断する事。
 
一つの思想にとらわれず、柔軟な考え方で全体を見渡せたら良いと思う。

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