全体表示

[ リスト ]

経験は肉となる

 

経験が少ないという事は、それだけ貧しいという事。
見た物聞いた物やった事その全てが経験として蓄積される。
 
やってみて初めて、それがなんなのかわかることもある。
やってみて初めて、やった人の気持ちがわかる、どうやられたのかわかる。
 
ベクトルの元になってみてわかることもあれば、ベクトルの先になってわかることもある。
それぞれが、別々の経験である。
あるいは、どちらも経験して始めで気付くこともあるかもしれない。
 
自分が子供を育てて、初めて自分がどうやって育てられたのかわかるという。
大人になって初めて、子供のころ自分を叱った大人の気持ちが、その説教の意味がわかる。
 
その時期を過ぎて初めて、その時期の大切さがわかる。
失って初めて存在に気付く。
 
 
経験は財産。
時間を「何か」に使った人が、その時間でその経験をしながら知ったこと、思ったこと、得たことは、その時間を無為に過ごした人には判る筈がない。
本質は、触れたものにしかわからない。
 
しかしながら、誰かが「何か」をしたその時間を無為に過ごしていた者が「無経験」だとは思わない。
時間を「何か」に使った者には、無為に過ごした者の気持ち、得たもの、その無為自体の事を知ることはできない。
無為は、無為に過ごすという経験である。
 
無為に過ごした者は、その無為を後悔したかもしれない、その無為の時間に何かを考えたかもしれない、あるいは何も考えないという経験をしているかもしれない。
 
有意も経験であり、無為も経験である。
そのどちらも、内容は違えど同じもの。
価値が違うという者がいるかもしれないが、価値とはそれぞれが決めるもの。客観的な価値などに意味はない。
 
時間は平等。
使い方に違いはあれど、過ごした時間は変わらない。
その価値も、すべて自分が意味づけする事が出来る。
つまりは、そういうこと。

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事