Pの、遺跡侵攻記

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府中城 香丸屋敷

 府中城Ⅲ郭の市民会館の北東に、照光寺というお寺がある。南北朝期の応安年間開基と云われ、浄土宗 雷電山西光院照光寺といい、この境内は香丸屋敷の跡でもあるという。所在地は、石岡市府中2丁目字土橋(つちばし)という。
 香丸屋敷(こうまるやしき)は、すぐ東隣の国道355号沿いの商店街がある字香丸の地名由来でもある、「府中6名家」の1家「香丸氏」の居所であるとされる。
 香丸氏は、大中臣守綱という人物が香丸氏を名乗ったことに始まるとされるが、詳しいことはよく分かっていない。後に大掾家臣として仕え、天正年間にこの照光寺に住んでいた資料があるようで、それを最後に地区で名前が見られなくなったようである。天正18年の佐竹氏による府中城侵攻によって滅んでしまったのかもしれない。なお、照光寺北側に隣接した本浄寺も天正年間に焼失したと伝えらえている。
 遺構としては、特に土塁や堀といったものが残っているわけではないが、周囲の住宅地よりも2段ほど高い土地にあり(本浄寺は1段目)、特に墓地が広がる西側を中心に鋭さなどは無いが斜面などが見られる。その周囲は、府中城周囲の谷津を利用した堀と繋がる堀等が取り巻いていたのかもしれない。府中城北東の出城として機能したものと思われる。

縄張図
イメージ 1

図内①、照光寺本堂
イメージ 2

図内②から見た、本堂裏手。墓地より1段高い土地にある。
イメージ 3

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