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水戸市役所東側の下市地区。その一画、現在の国道51号沿いの本町3町目には白銀町という場所があった。この白銀町には、戦国期に天台宗東福院というお寺があったようだが、寛文6年に破却されたという。
そして、新編常陸国誌によれば、
「茨城郡水戸府下町白銀町ノ、内本六町目ト裏合ワセノ中程ナル、町屋敷ノ尻二、大榎樹アリ、コレ其墳墓ナリ・・・」
とある。
寺の脇に植えられた榎で、これが佐竹”東”義久の墓と云われ、いわゆる樹木葬だったらしいが、この榎の脇には石碑もあったそうだが、破却時に吉田薬王院に移したらしい。 しかし、数年前に当ブログ管理人が訪問して伺ったときには、それらしきものが移された記録・そういったものがあるといった話は無いと言われた。
真相は如何に?
画像は所在地。
2枚目=所在地内、標柱の様子。
3枚目=図内赤丸印から見た白銀町の様子。中央道路を境に左手が白銀町。
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2018年05月21日
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