Pの、遺跡侵攻記

自分の趣味を紹介するブログのつもりです。

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ブログが終了

2019年12月15日をもって、ヤフーブログがサービス提供終了となるようですね。

とりあえず、これで管理人Pの役目は一応の終わりとなります。

みなさん、ありがとうございました。

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昨日の21日・22日の2連休は、地元水戸市で初めてとなる”コみケッとスペシャル5 in水戸”と題したオタク向けイベントがあったので、自分は2日目のみ参加してきました。
このイベントの大本は、東京の国際展示場こと”有明東京ビックサイト”でお盆期間中と年末の年2回行われる世界最大規模のイベント”コミケ”であり、同人誌という本や、グッズ等を個人で制作して会場内でのみ販売するいわゆる即売会がメインで、それ以外にもコスプレなど”オタク”と呼ばれ方をされる趣味のすべてが見られるイベントであり、期間中にはテレビでも放映されたりするので知っているという方も多いと思う。

今回行われるイベントは、そのコミケの縮小版として各地方で5年に一度行われているもので、今回は水戸市に決まったというものである。同地で開催が決まったことを受けて水戸市および周辺商店街等はこれを”コミケでまちおこし”というテーマを出して、活気がかなり減少し、シャッター街とかしている水戸市市街地に活気を取り戻そうという構想を立てたわけである。

会場は現在の京成百貨店前にある京成旧店舗ビルを利用して行われ、全国からお客が訪れ、1日目だけの来場者数はなんと1万5千人ほど、2日間で述べ3万3千人ほどが訪れたらしい。地元商店街始め、県内各地のメーカーが協力もあって、この2日間だけは確かにかつての賑わいを取り戻していた様子で、コスプレちゃん達もその格好のまま普通に歩いていたので、アキバで見る風景がそこにあった。

爆音鳴らして大通りを走るバイクに跨ったあんちゃんや、オレッてマジかっけ〜(顎で指して)アレ見ろよみたいなことしてるヤンキー風情の少年が、いつも以上に小さく見えます。

ここだけでなく、海沿いを走る路線”湊線”と”鹿島臨海鉄道”では車内に秋葉原からメイドさん達を乗務員として呼び寄せたそうな。

自分は午後からの参加でもあったので、目当てのものは一つだけ買えましたが、そもそも水戸コミケはどういう感じなのかということに興味があったので、かなり満足しました。

上の人間達がどう考えているのか分かりませんが、こういう機会は、またあっていいんじゃないかと思う。そうすれば、第2の秋葉原”水戸市”なんて事にもなって人通りも戻るのではないかと思うのですが…

それから、どうでもいいことですが、この日の自分の行動は次の通り。
午前中=山城攻め、お昼頃=平城(というより屋敷跡)攻め、午後=コミケ、午前と午後の行動に差があるようで、好きなことしてるという意味では違いは無いような?


画像は上から、
1:普段とは違い、若者達(ほぼ全部オタク)でごった返した会場後、水戸芸術館前広場の様子。

2:会場入口付近の現在の様子。店じまいをしてそのままのようで、なんだか寂しい感じです。

3:会場内部の様子。2階〜6階までを利用してました。あれ?6階って行ってないぞ?忘れてた…

4:表通り沿いで売っていた”コラボ商品”のうちの一つ。正直買うかどうか本気で悩みましたが、お酒飲めないのでやめました。

5:自分の戦利品のお弁当とサブレ。それからお弁当の中身。おにぎりは鮭と梅しそ。それから画像にはありませんが、本が1冊(18禁にあらず)です。

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11月1日、今日は常陸大宮市文化センターにて「よみがえる戦国の城」と題して、大学の教授らを招いてのシンポジウムが開かれたので、この講演を聴いてきた。
午前と午後の2部構成で行われ、自分はこのうち午後の部に参加した。目的は当ブログでもたまに書き込みをしていただいている、”余湖くんのホームページ”の管理人”オレンジャー”こと余湖さんの講演である。
時間の関係で午後の部は全体的に短縮されてしまったが、各大学教授の説明、主催した茨城大学の学生さんたちの説明など、なかなか濃い内容の講演であったと思う。そんななかでも”常総戦隊ヤブレンジャー”という名前はかなり際立っておりましたが…
ともあれ、茨城ではあまり行われない企画だったのは間違いないでしょう。参加したお客さんたちにも、かなり関心を持たせられたのではないかと思います。今後も、このような企画が行われることを期待したいです。もちろん、他の地域でも。

感じたことをいくつか。
終了前のコーディネーターさんの一言「余湖さんに来て頂いて良かった」という言葉、自分もうなずいていました。
学校在学の頃は授業は寝てしまえがモットーだった自分の考えで申し訳ございませんが、普通、こういった講演の場は大抵、堅苦しい雰囲気になってしまうと思います。当たり前ですが…
そこを余湖さんがいい感じに笑いを誘って聞きやすい雰囲気にしてくれていたのが印象に残りました。終盤の何か言いたそうな顔をしていたのも良かったです。

あとは何気にヤブレンジャーのみなさんというか、”図説:茨城の城郭”の執筆者達が以前のつくば市多気山城現地説明会以来、ほぼ全員来ていたというのも、かなり驚きました。そんなこんなで、とても充実した午後からの数時間でした。

現地でお会いしたみなさま、また機会がありましたらご一緒できることを楽しみにしております。


暗い画像になってしまって申し訳ないのですが、余湖さんの講演中のお姿であります。

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多気山城現説

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本日13日は、つくば市北条の地にある山城”多気山城”の発掘調査現地説明会が、絶好の行楽日和の中、午前と午後の2回に分けて行われました。自分はアオレンジャーさんと共に、午後の部に参加してまいりました。

この多気山城には実は初登城なのだが、他のいろいろな方々が茨城癸韻了馨襪班床舛気譴討い訥未蝓∨榲にすごい遺構であった。
郭の周囲を取り巻く深さ約7mほどの横堀には圧倒されるばかり。しかもこれが2重に構築されているから驚きは2倍どころではない。
今回の発掘では誰が築いたかなどはよく分からずじまいだったが、小田氏を撃退した後の16世紀後半に今の姿になったのは間違いないようである。調査員の方は、築城指示を出したのは佐竹氏が、築城担当をしたのは真壁氏や多賀谷氏あたりではないかと考察されていた。

この多気山城の発掘、宗教団体による営林事業の施設建設に伴う記録保存で、今回限りで後は大部分が消失すると思われる。団体側は”寺社による営林事業”なる文書まで出して、山の景観は保存されるとしているが、それはあくまで遠くから見た山の姿であって、山の内部はどうでもいいのであろう。自分が住む土地の殿様が関わった城が、また一つ、消えてしまうと思うととても胸が苦しくなる。
時代の流れなのかね…

ちなみに、ここへは真っ直ぐ向かったわけではなく、午前中は内原・友部・笠間、午後は筑波山付近・八郷など所々寄り道していった。いずれそれらについては紹介すると思います。
今日はとにかく、おなかいっぱいの1日でした。


上の画像は、多気山城の1郭の南側にある通称”馬ノリバ”という鞍部西側の堀。

下の画像は、帰りに寄った八郷町にある”善光寺”境内にある”小田一族の墓”。

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