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2007年ザルツブルク音楽祭の公演。指揮はダニエル・バレンボイム、演出はアンドレア・ブレット。時代設定を1980年代のロシア(ソ連時代でもヨーロッパではこの名前で呼ばれる方が多かったらしい)にしたもので、当時のロシア(ソ連)は改革派のフルシチョフ失脚後、82年にブレジネフが死去するまで停滞時代と呼ばれ、さらに後を次いだアンドロポフ、チェルネンコと短命政権が続き、85年から書記長になったゴルバチョフの改革から冷戦終了、その後の民主化と一気に転換(崩壊?)していくのである。 そして経済も何もかもが停滞していたこの時代の閉塞感をブレットは、『エフゲニー・オネーギン』に持ち込んだのである。 実はこの公演生の舞台を昨年ザルツブルクで観ている。当初の感想はあまりよくなかった。ブレットの演出がよくわからなかったのと、合唱団の感情を押し殺した歌。そして小粒な歌手たち。これらにあまりピント来なかったのだが、今こうして改めて見返してみると、まったく異なる印象をもつようになった。 ブレッドンの演出だが、ここまで読み替えた『オネーギン』は初めてみたが概ね成功していると思う。閉塞した社会状況を表すためまったく無表情に演技と歌唱をする合唱陣は、主要人物を浮かび上がらせるにも役に立っている。 歌手には目立って大物(フルラネット以外)はいないものの、マッティ(オネーギン)、サムイル(タチアナ)、カイザー(レンスキー)等ハイレベルな歌唱と演技を楽しむことができる。 バレンボイムとウィーンpoは、合唱陣とは全く異なり、かなり激しくテンポを揺さぶり、もの凄い早さでオケがバレンボイムの棒に付いて行くところは壮快だ。無機質な合唱と激しいオケ、この対比が閉塞感を余計に強調しているようにも感じられた。
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かなり激しくテンポを揺さぶり:は彼の尊敬するフルトヴェングラーのいつもの真似ですよ。
2008/7/29(火) 午前 3:41 [ 菅野 ]
『エフゲニー・オネーギン』、オデュッセウスの最も苦手とする作品です。ボリショイの舞台をレンタルした新国の上演を観たのですが、これほど長く感じた経験もないですね。ホント退屈しました。
といいながら、コンヴィチュニーの演出観たさに二期会のチケットを取りました。このDVD、購入して予習します!!
2008/7/29(火) 午後 6:19 [ オデュッセウス ]
菅野 さん>フルトヴェングラーの真似でも最近はあまり言われなくなってきたような気がします。政治的にもかなり力を持っていますし、バレンボイムがこんな地位にのぼるとは少し予想外でした。
2008/7/29(火) 午後 11:50
オデュッセウスさん>予習に適切なDVDかどうかは疑問ですが、、このオペラ、なかなかきちっとはまる演奏もなかなかありませんよ。
2008/7/29(火) 午後 11:52
あのテンポの動きの元は持論フルヴェンです。彼はカラヤンやチェリの振りの真似もしてましたが止めたようですね。音楽は彼は最近やたらと甘ったるくなりましたね。昔のほうがいいです。とはいえ今日のザルツブルクのブーレーズWPとのバルトークの一番は終演でした。レパートリーが珍しいとこういうTVも見たくなりますね。ポリーニの特許も追い越されそうで真っ青でしょう。
「オネーギン」は渋いオペラですよ。僕も小沢さんのウイーンで最初は何回も退屈しましたね。オーケストレーションとピアノスコアが地味なのです。でも今では楽しめます。旋律は難しくありません。この曲をバレエのように華やかで楽しいと期待すると失望しますよ。
2008/7/30(水) 午前 6:29 [ 菅野 ]
恥ずかしながらこのオペラは未経験なのですが、歌手を見ると興味が湧いてきました。アンナ・サムイルはミュンヘンでヴィオレッタを聴きました。周り圧倒するような存在感・オーラはまだ感じられませんが綺麗な声、そして丁寧な歌唱で感心しました。
2008/8/3(日) 午前 0:02 [ mar*in*bba*o ]
僕もこのオペラはあまり知りませんね。見たのはWienで小澤さんのとワイマール歌劇場ぐらいだったかな?そんなに接する頻度は多くありません。CDも無しスコアもまだ無しです。いつも音楽だけ聴いています。
2008/8/3(日) 午前 1:50 [ 菅野 ]
martinabbadoさん>このオペラは、1幕”手紙の場”でサムイルの歌うタチアナの長いアリアがあるのですが、ここが一つの聴かせどころなんですが、なんかイマイチなんですね。まだ若いですし、存在感や迫力をしっかり身につけていって欲しいと思います。
2008/8/3(日) 午後 8:56
菅野さん>ドイツでもやっていなくはないですけど、取り上げる劇場は少ないですよね。メロディーメーカーらしいチャイコフスキーの魅力が発揮された曲だとは思いますが、人物の描き方や場面場面の深みや表現はイマイチだとも思うのですがどうでしょうか?
2008/8/3(日) 午後 8:59
いつも聴衆はバレエ音楽のようなものを期待するのですね。筋が筋だし余り派手な効果は期待できないですね。でも「スペードの女王」になるとまた表現が派手にはなりますが、チャイコは声楽作品は傑作は残っていないようです。
今日はTVで「ホヴァンシチーナ」ナガノのミュンヘンの録画です。ショスタコ・ストラヴィンスキー版ですね。この曲のWagnerのリングと同じ価値があるのを改めて発見しました。版がいつも混乱しているのが残念!
2008/8/3(日) 午後 9:36 [ 菅野 ]
そうでしたか、サムイルは存在感というか貫禄というか、歌唱以外の部分が大きくなってくれば、きっと大きな歌手になるような気がします。これからですね。
2008/8/3(日) 午後 10:59 [ mar*in*bba*o ]