どーも、某です!

クラリネットとどーもくんと電王をこよなく愛す転勤族妻のブログに千人もありがとうございます!

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今年の5月下旬に旦那の転勤が決まり、そこからどんどんと体重の減る生活になったのだが。

まず、その当時は吹奏楽団の楽譜整理をしていて、暇さえあれば倉庫に通って整頓やリストへの記入というのをやっていた。

倉庫の2階に楽譜置き場があり、トタン屋根の倉庫の熱気は最上階の2階へ。かといって風通しを良くし過ぎると、譜面が飛ぶので、この作業はさながらサウナで生活するような感じであった。

それを演奏会前までにひと段落させるために日程も詰めたため、少しずつズボンがゆるくなっていった。


そして6月は演奏会の練習に本腰を入れ、自主練習も増やしたため、消費カロリーも増した。この頃、高校生の楽器問題でカンカンに怒っていたのと、フォローをしながらも、今後高校生を誰がよく世話してくれるだろうかという心配と、いつ引越しのことを言おうかという心労からますます痩せていった。

この頃は練習に行く度に、事情を知らない団員さんに「どうしたの、毎回痩せて大丈夫?」と心配されるように。


また、次の新居は私の元実家に決まっていたのだが、春から人に貸していて、その方の建て替えが済み次第でないと我々も引越しできなかったため、日にちも最初決められなかったのだが(それがまた心労に)

6月半ば→旦那単身赴任で職場近くに住み始め
7月半ば→本引越し(業者がやる)
7月末→週末の練習拠点として確保、最終撤退

という日程で、単身赴任先と元実家と吹奏楽やってた町を行ったり来たりを、このガソリン高ゆえなるべくエアコン使わなかったらますます痩せていってしまった。


とどめは、最終撤退数日前に練習と大掃除を兼ねて泊り込んでいたのだが、既に大半の家財道具は引越ししており、マンションには楽器一式と必要最低限の照明と布団、掃除機など掃除道具と扇風機、ラジカセと発砲スチロール箱しかなく、練習と大掃除のためだけの生活であった。これが・・・

折りしも今年の猛暑。ちょっと掃除をするだけですぐだくだくに。また、バイトも辞めて小遣いがとっくに危険水域に達していたため、食事も安く済ませ、スーパーで安くて冷えた飲料を買い、保冷の氷をめいっぱい詰め込んで帰ってきてスチロール箱に入れ、冷蔵庫として生活を。

友人にその話をしたら、洞窟で裸電球の下掃除と練習を迷彩服着てやっている姿が頭に浮かび、離れられなくなったそうです。

そんなサバイバル生活で、計5キロ減り、上部大会には進めませんでしたが県大会金賞で「VICTORY!」といった所です。

ここからは、ブログの日誌と重なる部分が出てくるので、年間行事表風にまとめると

9月・B♭管での活動再開

10月・市の音楽祭で2曲ステージに・顎関節症発症

11月・定演・倉庫業でアレルギー悪化、退職

12月・弁当工場で靴盗まれ、以後ちりめん工場で日雇いで働く。
    アンコンに挑戦・徹夜で会場取りに参加

1月・アンコンでグダグダに、反省

2月・近所のおもちゃ屋で働き始める・6月の演奏会に向け曲の練習開始

3月・ハーモニーDの携帯カバーを縫製・楽譜係を拝命

4月・楽譜整理・楽譜返却・リスト作りに着手

5月下旬・転勤判明、すべてに間に合うようフル稼働

6月・高校生に駄楽器を売った楽器店に大激怒、演奏会、旦那を単身赴任に、通い家事。月末退社。

7月・荷造り、楽譜に関わる作業を最後有志に協力いただきひと段落、本引越し、
   練習に通い大掃除して最終撤退(これは次回に。ビリーキャンプ真っ青。)

8月・コンクール、退団


9月、遠いけどホームセンター内のリフォームコーナーに就職決まる。


来週から頑張ります!

そんなこんなで、机にかじりつきっぱなしの試験勉強と、体を動かす引越し手伝い、その往復の片道2時間半のドライブで気分転換が図れたというか、効率的に時間を使うように出来、無事引越し終了とと試験合格と相成ったのだった。でも実技のある1級じゃ、実務積まないと難しいんだろうというのも分かった。


しかし、接客して建物を良くするという仕事はなかなか無く、(ホームセンターの中のリフォームコーナーみたいので働くか、接客は無くても集合住宅の図面を描くようなものをやりたいと考えていた)あっても私のようないつ引っ越してしまうか不安な者にはOKが出なかった。


そんなある日。


新・実家に遊びに行ったある日のこと。近所のレンタルビデオ屋で半額セールがやってたから見たら?と言われたのが、「スウィングガールズ」。前も一度見たんだけど、熱心に勧めるので、嫌な予感がしつつも見始める。

何が嫌って、あんないい話みたら懐かしくて泣いちゃうじゃないか。そんな姿はあまり人様には見せたくない・・・


案の定というか、今までに無い大号泣になってしまった。今までのストレスの蓄積にも因ると思うが。


そして、決意したのだった。仕事が採ってもらえないなら、今はその時期でない。今は今のところにいるうち限定で吹奏楽を再開しようと。


そして、仕事はいつ辞めても迷惑にならない日雇いの倉庫での仕分けを週2日ほどにし、住んでいる市の活動が盛んな吹奏楽団の門を叩いて、その練習を週3日始めたのだった。

卒業後

その知らせは、突然に、しかも予想外にやってきた。
というか、こんな生活してると、ある程度のことは想定内なんだけども、それは明らかに想定外でびびった。


母から「おばあちゃんが生活しやすいように、近所にでた中古の物件に住み替えることに決めたから!」



・・・いや、うつか自律神経失調症かで具合の悪い叔母さんが祖母が弱ったら世話できないといってるとか、母が引き取るよ!といったとかそこまでは把握してたけど、実家を変えるとは・・・


「家買ったらすかんぴんだからさ、できるだけ引越しは自力でやろうと思って、ほら、この前のあんたみたく」


そうだねえ、というか、みんなそれで納得してるの?

「お父さんはいいっていってるけど、(妹たち)は大反対!お金もったいないしめんどくさいし、慣れたところがいいって」

そりゃ、そうだとおもうよ・・・



広告と、オープンハウスを見学に行き、一週間悩んだ結論ということで、家から出ている身としてはどうこういう筋合いはなかった。幸い就職もまだで、50を過ぎた母に自力引越しの過酷さを一人背負わせる訳にはいかなかったので、多忙な父と、仕事を持つ上決定にぶーぶーな兄弟の代わりに手伝うことにした。



そんなわけで、自力引越しの手伝いとCADの試験2級の勉強を6月半ばまで並行する日々となったのだった。

私が専門学校に通い始めた時期は、この地方で盛り上がった万博のコンパニオンさん達が契約終了とほぼ同時に失業保険をもらい始め、それが切れるぎりぎりで合格してもうしばらくその恩恵にあやかれるという時期であった。

そのため、同じ教室の中にそのような方も多く、若くてきれい、パソコンも得意、成績優秀という面々に囲まれて、未知の勉強をすることになり、どんより落ち込んではいるものの、とりあえず朝1・2番を争う早さで教室に行き(田舎から通ってたので、それを逃すとぎりぎり遅刻寸前というのしかなかったのもあるが)、分からなくて一人先生に質問しまくって授業を受け、放課後も時間いっぱいまで練習するという日々が続いた。

苦手な理数系の考え方をしないと先に進まないのと、これまた苦手なパソコンに関わる知識、眉間にしわが寄る日々が続いた。
また、運が悪いことに昼休憩を共にするクラスメイトが、私と全く違う価値観に生きている人と本来はいい人なのにそれにひきづられてしまっているなあという面子だったので、休憩時間も苦痛になってしまった。

更に運の悪いことに、学校はいろんなテナントの入っているテナントビルにあったのだが、簡単に窓が開かない構造や、築年数からエアコンもそれなりに汚れてきているだろうという状況だったため、常にくしゃみが出、マスクが手放せない状況になってしまったのだった。恐るべし、都会の空気。それは卒業間近に花粉症発症という恐ろしい事態につながるのだった。

そんな訳で、心身共に衰弱しながら学校を卒業し、晴れてその技能で働こうと就職活動を始めようとするところに、また次のヤマが。

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