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緩和ケアって、いわゆる末期の人の苦痛をとってあげることですが。 びーがた中学生ぐらいのころから興味津津でした。 高校で進路を決めるときに、悩みに悩んでいたぐらい。 臨床心理士って職業があって。 フランスの臨床心理士の人が書いた本に出会ってさらに強くその道に惹かれたのです。 『死にゆく人とともにいて』っていう本。 この本との出会いは高校のとき。 高校の図書室の司書さんがなかなかいい味出してるおばちゃんで。 びーがたバリバリ体育会系な見てくれに似合わず、しょっちゅう図書室にいました。 そして、座って自習とか全くしなくて、ほんまに本を読むことに没頭。 進路に思い悩むふりをして、現実逃避にいろんな本を読み漁ってたら、おばちゃんが「ハイ」って。 おばちゃんにとっては進学校にいない感じのキャラが見てておもろかったらしいけど。 あんたに言われたくないよぐらいの濃いかんじの人。 どんな本が好きとか、話したこともあったけど、渡された本を見てびっくりした。 ほんまに人の読んでる本よく見てるなぁと感動したけど、あとで聞くと自分が読んでおもしろかったからという(笑) でも、素敵な本と出会わせてくれた。 そのころ、タイトルに「死」っていう字がはいってる本ばっかりを選んで読んでた。 普通の人がみたら相当アブナイんやけど、でもジャンルはバラバラで。 共通点が「死」とわかったのはきっとそのおばちゃんだけ。 ほんまえぇ味出してるわ。 びーがた基本的に、頭で考えないことが得意。 って、そんなやつが医者やっててえーんか??? というのはさておき。 頭で考えないで、動いたり感じたりすること。 まぁ要は原始的なところでたぶんとても深い。 嗅覚とか味覚とか、たぶん独特。 そういう感覚が生きることとか死ぬことに直結するもので。 生まれたころはそこが生きるか死ぬかのところやけど、大きくなってそういうところが鈍くなってくる。 便利なものに囲まれてると、できることもできなくなるように。 なんか、緩和ケアとどんどん離れていくんやけど、何が言いたいかというと、 行き着くところは考えないことなんじゃないかなって。 考えないというより考えられない。 でもしんどい。つらい。かなしい。 でも、生きてる。 そういう人の苦痛をとるために先人が思い悩んで確立してきた技術だったり対話だったり。 緩和ケアって、特別なことになってるけど、特別でもなんでもないやんね? 誰でもできるし、誰でも直面しうるし、誰でもされる側に立つ可能性がある。 今日、病院の緩和ケア部会なるものに潜り込んでみたんです。 病院の建て替えが決まって、病床をどういう風にしようかという話から、 有名な緩和ケア病棟とかがある病院に見学に行ってきたスタッフが報告をしたりだとか、 実際に困っている、行き詰っている患者さんのケアについての相談をしたりだとか。 つい最近、ローテーションしてた時の担当だった患者さんが亡くなりました。 末期がんだったけど、この緩和ケア部会では外科と呼吸器科の患者さんがメインで。 というか参加するドクターがそこやっていう話なんやけど。 うちの担当してた患者さんは産婦人科の方でした。 すごく怖がりな人。 入院もたくさんして、 最後の入院も長かったけど、 病棟の看護師さんみんなが彼女のことを知ってたけど、 顔を見に行くといつも、 「一分でも長くそばにいてほしい」と彼女は言っていた。 忙しいのはわかってんねん。 でも、できるだけでいいから、おってや。 もう、泊まっていきや。 冗談とも本気ともわからない感じで。
こわくてこわくてしょうがないから。 こわいけど自分の病気のこととか聞きたくないから。 自分が死んでしまうなんて、きっと思ってなかった。 受け入れてなかった。 なーんかなぁ。。。 別に誰も何も悪くないのに、なーんかなぁ。。。 |
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