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さて現地時間、夜の8時過ぎに香港の空港に降りったったワシはいきなり中国本土から派遣されてきたエージェントに確保され、強制的に車に乗せられた。 昔は香港の空港からだと、香港北部のKCRの駅を目指し、そこから鉄道で国境を越えたのであるが、今回は乗合いのミニバンに収容された。 やがて車は夜の香港を走り抜け、漆黒の海の上の長い橋を走って、中国本土へと。 この橋はグーグルの地図で見ると・・・[こんな感じなのでここをクリック] 地図の上部が深圳(シンセン)で、下が香港。同じ中国でもいだに入出国管理が行われております。 それこそ随分昔の話であるが、香港と深圳(シンセン)の間に、従来のルートとは別に新たなルートが造られていた。 それは・・・流浮山と云う所から深圳灣と云う所に架けられた橋を渡るルートである。以前の写真は [ここをクリック] しますと過去記事が出てきます。 今回、何が驚いたかと言うと、この車に乗って入国すると、入国審査が車に乗ったまま一切の手続きがなされると云う事である。 そしてワシが発した言葉は、 「このカバンの中身は何か」と問う中国税関の質問に「ワシの衣服である」だけ。 あの羅湖の乱雑で粗雑で曖昧かつ意味不明な長蛇の混乱と猥雑で不親切かつ傲慢な入国通関手続きが実に小気味よく展開されるのであるな。 これは驚きでしたね。 しかも料金は一人HK$150で日本円にして2,000円もしない。 その結果、実に二時間もしないうちに深圳(シンセン)のとあるホテルに移送・軟禁され、その夜は更けていった。 翌朝、ホテルでの朝食もソコソコのうちにエージェントが迎えに来て、次なる場所に連行される羽目に。 その道中に見かけた深圳(シンセン)の交通事情を若干説明しておこう。 ワシが初めて訪れた1985年は車の数が圧倒的に少なく、道路はホコテン状態でしたが急速なモータリゼーションの結果、自動車道がかなり整備されて、一般道を高速道路並みに走ることができるのであるが、なにせ人民主体を詠っているお国柄のため歩行者は・・・ 一寸余談ですが・・・上の写真の案内表示、右は進行方向を右上に指していますが、左側の矢印、なんで下を向いているのでしょうね。 訳がわからん・・・ この二人、歩道に戻るにはどうするのでしょうね。かなり交通量が多いのですが・・・ でも車を保有している層はごくわずか。大部分の人の足は公共交通の地下鉄や自転車であることには変わりはありません。 それにしても、見事に荷物を積んでおりますな。 因みに交通信号は日本と同じようなものが多いのですが場所によっては 矢印だけの場合もあります。この写真の場合、直進はOKですが左折は赤なんで停車。青になるまで59秒と言う表示ですな。 で、後方の高いビルは現在工事中で、100数階あるそうな。そんなに高いビルばかり作ってどうするのでしょうね。
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早いもので7月もあと一週間。 日本は梅雨が明けず、豪雨による被害が出ているようですね。災害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。 朝、テレビを点けて気温を見ますとすでに30度。 昨夜は友人たちとスポーツバーで呑んで、友人からの招待で友人宅でさらに呑んで、帰宅したのは日付が変わっていたと思うのだが、二日酔いの老人には、朝からこの暑さは堪える。 そういえば昨日の3時から5時頃まで、雷がにぎやかだったのですが、この二時間に対地放電が1500回、空中放電が400回以上の雷があったそうな。道理である。 香港では上からモノが落ちてきて、結構新聞種になるのですが、先日も旺角(Mon Lok)で鋏が落ちてきて、通行人が怪我をしたとの記事がありましたし。 どうせ落ちくるのなら、金目のものにして欲しい。 え? 流浮山ってどこにあるか判らない?? そこは香港の北西部、本当に新界の端っこなんです。でもオイスター(ソースも含む)で有名な所でもありますが。おヒマな折に香港の地図でも広げてみてください。 あまりの長さゆえに超広角レンズでやっとこさ。
例によって写真をクリックしますとオリジナルサイズで見ることが出来ます。 海の向うは何かと不自由な中国の町 深センです。 |
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香港の北隣、深セン市は香港の工場としての役割をはたしてすでに20年。 |
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昨日の記事の続き・・・ 流浮山の海岸が牡蠣殻で、埋まっているって書きましたが、どれくらい埋まっているのか。 それが本日の一番上の3枚の写真。 遠くから眺めると牡蠣殻の中にマングローブ・・・なかなか良い風景で趣があるのですが、近場の風景はゴミが一杯で...って、元々ゴミを棄てているので、こんな状態って感じなのですが...。 では、その中味は・・・シッカリと食べてきました。バス停前の料理屋さんで...。 天日干しした牡蠣の串。 ビールにぴったり! で、流浮山の商店街はどんな感じかと言いますと、細長い路地の両側に、海産物等を売るお店が軒を並べ、所々にスィーツのお店があったりで、結構楽しいですよ。 そんな中で見つけたのが最後の写真。 行事の軍配の様な物体、何か判ります? 判らない方は写真をクリック! はい、判りましたね。そう、大ヤモリの開きの干物・・・これってナンだ?
実は漢方薬の材料ですね。 右隣にタツノオトシゴの干物 奥にはヨウジウオの干物が並んでおりました・・・。 |
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一ヶ月ちょっと前の事なのですが...同好会の仲間と流浮山という所に行ってきました。 集合場所は南昌という地下鉄とKCRの西鐵線の乗換駅。 集合時間には8名ほど集まり、初参加の小生も○○です。ヨロシク!って挨拶し、西鐵に乗車。 元朗の一つ先の東水圍まで。 そこからタクシーで・・・とタクシー乗り場に出てみたが、 ガラ〜〜〜ン。香港とは思えない静けさ・・・。 二台止まっているタクシーだが、一台目、運転手がいない。 何処に行った〜〜? 二台目・・・休憩中だったが、流浮山のバス停まで行ってくれることに。 でも全員が乗れないのもう一台を無線で探してもらったが、あいにく近くにはいないとの事。 付近をウロウロしながら、大通りに出て、 車線の中央で信号待ちしている タクシーに 無理やり 乗り込んで、いざ〜〜。 で、何で流浮山(Lau Fau Shan)なのか。 流浮山とは香港の新界、西北の端っこにある、小さな漁村。 この流浮山はかのバイブル「地球の歩き方」においてさえ1ページだけしか載っていないのだ。 もともと流浮山は昔、牡蠣の養殖で有名な場所でした。(ビミョウに過去形になってる) 今も細々と牡蠣の養殖をしていますし、海鮮料理が美味しいところでもあります。(このなんと言う甘美な響き・・・) バス停横の細く長く続く市場の中をツッキ切ると、海岸線に出ます。 そこはもう、牡蠣殻の山また山、 チミタチ!こんなにも食べてしまったのか〜 って、憤りさえ覚えてしまいます。 海岸線は砂でも岩でもありません。単なる牡蠣の殻の捨て場所になってます。遠くにマングローブの緑が、牡蠣殻の白い中で映えています...。 僅かに残ったコンクリートの船着場のような所には、牡蠣が日向ぼっこ、いえ、天日干しされています。(決してつまみ食いはしてません。ハイ) その横では、オバちゃんが観光客向けに細々と、海産物のBBQをやっておりまして、スゴ〜〜く良い匂い・・・。 ふと、視線を海のほうに向けますと......でっか〜〜ぃ橋が建設中。そしてその先に深センの蛇口の街が霞んで見えます。 これが話題の・・・いえ、話題にはなってませんがそのうちなると思いますので・・・ 深港西部通道 であります。(写真をクリックしますと詳細がよく判ると思います) 予定では今年開通するそうですが、果たしてこの状況で大丈夫かしらって、思ってしまいました。 香港が英国領で統治されていた昔、この香港から深センに行く人などはほとんどおりません。当時は竹のカーテンと呼ばれ、車の出入りは文錦渡一箇所だけでした。 その後、深センが経済特区に指定された83年(だったような)以降に、羅湖の拡張、沙頭角、落馬洲・皇崗と拡張されてきました。 しかし、現状ではどの通路も飽和状態となり、この蛇口に通じるルートが深セン灣を横切るルートとして建設されています。 恐るべし発展であります。
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