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京都の宝ヶ池近くのホテルに3連泊したご一行、京都の4泊目は嵐山にあります高級旅館に移動。
車で嵐山に向かい、まぁチェックインには早いので駐車場に車を置いて、先ずはトロッコ列車に体験乗車。
このトロッコ列車、もともとは京都から日本海側に向かい、山陰方面を経由して下関に向かう山陰線と言う線路がありましたが、高速化や複線化で線路が架け替えられることになりました。 それまでは保津川渓谷のカーブに沿ってノロノロと動く列車でしたが、架け替えとなれば当然直線的な線路となり、このクネクネとした線路はお払い箱。 しかしそれでは勿体ないと、観光の目玉に少し先の亀岡までトロッコ列車を走らせることに。 この亀岡、特にとりたてて観光資源があるわけではないのですが、嵐山に流れる保津川があり、そこを小舟で下る保津川下りの出発点でもありますな。 つまり、トロッコ列車で亀岡に向かい、船で下って嵐山に戻る観光コースが出来ております。 とはいえ、列車で25分、船の下りが2時間、なんだかんだで4時間近い観光コースですので、忙しい中国からの団体客はほとんどありません。 そんなところを体験していただきました。 トロッコ列車で亀岡に向かう車窓からは、川下りの観光船の他に、ラフティングを楽しむ若い方々の姿も多かった。 また、車内では余興的に鬼さんが乗車してきて、お客さんと記念写真。しかし恐れるお子様向けにアンパンマンのお面を用意するあたりはチト心優し良い鬼さんなんでしょうな。
さて、肝心の川下り。 亀岡の乗船場辺りは流れも穏やかで、三人の船頭さんが船を進めます。 護岸は昔ながらの岸で、今時のコンクリート製ではなかった。 また野鳥も多くアオサギがエサを咥えておりましたな。 他にもカワウなども大きなエサを加えて飛んでおりました。 やがて流れの速い所に差しかかりますと、暑さを暫し忘れさせてくれます。 また先ほど乗ったトロッコ列車が見えますと皆が手を振り暫し賑やかな時間。 嵐山に戻ったところで、先ずは旅館にチェックイン。 なにせ、駐車場は無いし、旅館までは渡月橋の袂から船で行くというまことに不便な場所なので、大きな荷物はワシの車に残したまま。必要なものだけを持って向かいます。 旅館に向かう船はおよそ十人ほど乗れる船で、ワシも同行させていただきました。 旅館にチェックインした後、夕食まで時間があるので、嵐山界隈を散歩。 ただし、お寺などは閉まる時間なので、竹林へ 彼らが界隈を散歩して尋ねるのは、
この樹は誰が植えたのか、という質問。 どうやら自生の概念があまりない。 振り返ってみれば香港だって、昔の写真を見たら、今でこそ緑豊かな山も昔は禿山ばかり。
中国も結構禿山が多かった。北京の長城、八達嶺だって、ヒョロヒョロの木々が多かったのを思い出したよ。30年ほど昔のことだけど。 そして夕刻に旅館に帰着。暮れなずむ旅館の前庭が綺麗だった。
さて、最終日の20日。
朝、旅館に向かう道を歩いてみた・・・
旅館の前の船着き場では出発するゲストを丁寧にお見送りする姿が・・・
ワシが観察した限りでは、ゲストの数と従業員の数はほゞイコールではないだろうか。
なにせ、部屋は独立した戸建ての家、そこに朝食を運んだり、ゲストの荷物、消費財の運搬。 しかも屋根なしの炎天下の労働はきついと思うよ。 またホピタリティもロビーに該当する建物には飲み物や書籍、CDやDVDの貸し出し等十分すぎるほど供えられているが・・・部屋にはテレビが無いらしい。
あくまでも泊まるを目的とするのではなく、リラクゼーションを提供するのが目的らしく、従業員はきつい仕事ながら、笑顔を絶やさずお客様優先が徹底されているように見受けられます。 気になる方は こちらで チェックしてみてください。
彼らもなかなか立ち去り難く、昼ごろまでグダグダして動かない。 やっと動く気になってくれたところで、京都駅に移動。この後彼らは東京で4泊。予定では今日の夕刻に帰国することになっているが、東京は楽しんだのでしょうかね。
ひゃ〜、それにしてもリッチだわ。 で、京都駅で 先日記事にした 出来事に遭遇。 思い出したくないことを思い出してしまった!
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徒然
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今年も何時までも暑い日々が続きますね。
残暑お見舞い申し上げます なんて挨拶は基本的に何時までなのか知らないのですが、この分なら、今月いっぱいは十分通用しそうです。
さて、中国からの友人のアテンドがまだまだ続きます。 17日。
京都観光と言えば金閣寺や清水寺等が代表的な所。 そこで朝から金閣寺へ。まあ、朝の早い時間帯だったので、人はそう多くもなく、車も容易に駐車することが出来ました。 この金閣寺の駐車場は時間制でそんなに高くはないのですが、京都市内の駐車場は本当に高いと思いますよね。 市営でありながら、1回800円なんてざらで、『二時間くらいでお願いしますね』 なんて平気でのたまわる。
境内でのサルスベリ・・・中国名が判らず苦労しますわ。
続いて銀閣寺に向かうも、車は駐車の間に温度が上昇し、サウナ状態。
午前中でこの二寺を回って、汗だく。 ランチで十分休息して、午後は岡崎公園方面へ。 ここには京都市立美術館と国立近代美術館がある。
先ずは京都市立美術館。 関西国展 と 上村淳之−作家の眼。 基本、美術館などでは撮影禁止なのですが、この関西国展はOKみたいだった。 ではではと、 午後の美術館 の雰囲気を。著作権を害さない範囲で撮影をしてみました。 こんな雰囲気、好きだな。
続いてこの京都市立美術館の対面、国立近代美術館へ。 建物の窓外に平安神宮の鳥居と京都市立美術館、その後方は比叡山から東山。
展示は KATAGAMI Style −もうひとつのジャポニスム と コレクション・ギャラリー。 この後清水寺に向かうも渋滞に巻き込まれ、ニッチモサッチモ動かなくなってしまい、参拝は時間切れアウト。 こうして、彼らの京都二日目は終わってしまった。 さて、三日目の18日。 彼らのご所望で、滋賀県の焼き物で有名な信楽にありますミホ・ミュージアムへ。 ここは彼らのたっての希望で、ワシ自身はその存在さえ知らなかった。 ネットで一応その位置や、概略をチェックして置いて、車で出かけたが、道中の道は先日のゲリラ豪雨の影響か、川の水は濁り、路面には結構砂が浮いていたな。 京都のホテルから小一時間ほどで、信楽の山の中の美術館に到着。
駐車場に車を置いて、レセプションセンターへ。そこで入場料を支払って、徒歩か電気自動車で、ミュージアムに向かいます。 こちらがミュージアムに向かう道で両側は枝垂桜のようですので、桜の季節は見事な風景でしょうね。 坂を登ってところでトンネルがあるのですが、壁面に工夫が凝らされて、一般のトンネルとは趣が異なり、ちょっと違和感を感じてしまいますね。
トンネル内部から振り返ってみますと、桜の樹の緑が反射しているのですが、桜の時はきっと素晴らしい風景かと思います。
トンネルを出たところで橋になっているのですが、下はそんなに深くは無い小さな谷で水も無し。敢えて盛り土の道にしないで橋を置いたものと思います。
こちらがミュージアムの建物。入口は小さいのですが・・・・
中に入って入口を振り返り・・・
正面は窓外の借景が広がり
正面から翼を広げるように左右に広がりを見せております。
なかなか素晴らしい建築なので、どなたの手によるものかと調べたら、イオ・ミン・ペイと言う中国系アメリカ人。
代表的な建築物として、ルーブル美術館のピラミッドやケネディ図書館、香港にあります中国銀行だそうな。 何故に彼らはミホ・ミュージアムなのかと思っていた謎が解けたような気がしましたな。 展示物は世界から集めた古物が中心でした。
一体このミホ・ミュージアムのバックボーンは一体なんなのかって調べたら、とある宗教団体に突き当たったよ。
ある意味、そ〜なんだと思い当たった瞬間に、急に熱は冷めちまった。 この後佐川美術館に向かったモノの、すごい雷雨に見舞われ、また到着時刻が遅かったために入館をあきらめ、雨の琵琶湖を車窓にて眺めるが・・・あちこちで落雷の稲光。すっげーと思いながらも運転していては写真もままならぬ。
そんな三日目が終わってしまったよ。 |
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昨日は疲れていたのか、つまらぬことにカッカしてしまいました。さすがに12時前には高鼾の世界に突入したので、本日は今日の晴天のようにまことに晴れやか。
朝の空気も少しは秋の気配があるような涼やかな風が吹き抜けております。 でも、日中はかなり暑くなってしまうのではないでしょうか。 さて、ここからはワシの日記的に記憶を残すためのもので、記事としては面白くないかもしれぬ。
よって適当に読み飛ばして下さい。 中国から日本に来る観光客と言えば、高度経済成長期の日本がそうであったように、ドッサリと買い物をする団体客と言うイメージがあるのですが、中国からの我が友人の今回の目的は日本の伝統的なものと、美術館めぐり、それに安藤忠雄の建築物。
ワシにはそんな高尚な趣味がないので、ネットで探しまくりましたとも。
で、ワシ単独でのアテンドは14日の午後から、大阪市内。
午後1時半に宿泊しているペンションへ。 ペンションと言えば観光地や避暑地などの、どちらかと言えばカントリーな所ばかりと思っていたのですが、大阪のど真ん中にもあるのですね。初めて知りましたとも。 そのペンションは北野天満宮のすぐ裏、繁盛亭の隣。
先ずは天神橋筋商店街を散策してみたのですが、娘さんがどうも元気がない。聞けばまだ昼飯を食べてないとのこと。 そりゃ、失礼とうどん屋に飛び込んだ。ワシはすでに食ってましたので、とりあえず、ビールのみ。 その後少し歩いてはみたものの、真夏の大阪は暑い。 ならば涼しい所に移動しようと、中之島にあります国立国際美術館にご案内。 展示は・・・リアル・ジャパネスクに、<私>の解体へ:柏原えつとむの場合展とコレクションの三つ。
正直、ワシも仕事でいわゆるデザイナーと言う種類の人種と付き合ったことがあるのですが、どうも自己満足的な作品ばかりが目について、鼻について、好きになれない作品が多い。 もっと、穏やかで、温かみのある作品があればなと思いながら美術館を後にした。 折角の中之島だから、ブラブラ散歩しながらと思ったが、想った以上に暑く、お二人とも辛そうなので梅田の量販店に案内。 特に買うものは無いので、ダラダラと・・・ 翌日は直島のアートサイトに出かけるというので、ワシはお役御免。
明けて、16日、京都への移動。ここからが怒涛の五日間の始まりです。
宿泊しているペンションに迎えに行くが、どうも中国の方の時間と云うのはいい加減で、約束の時間より遅れるのが常。 やっと出てきたと思ったら大きな旅行鞄が二つ、そりゃそうだろう、沖縄1泊、大阪3泊、京都4泊、東京4泊の長旅である。
日本人でもこんな長旅をする御仁はそう多くないであろう。思えば中国の方々も裕福になったものだ。 車に乗るなり、友人たちのお土産に日本製の風呂で使うタオルを買いたいと、チト風変わりなご所望。
確かに軽いから苦にはならない。で、我が家の近くの量販店に立ち寄り、15本ほどのお買い上げ。 何でも良い、ドンドン日本にお金を落としていってください。 とりあえずお土産を調達したので、ここからは本来の目的に突入です。
続いて車で山崎まで。
山崎と言えばサントリーが有名ではあるが、ここにアサヒビールの 大山崎山荘美術館 と云うのがある。 もともとは加賀正太郎という実業家が天王山の中腹、秀吉と光秀が戦った山崎の合戦場を望むこの地に建築されたもので、かつては開発の波に呑みこまれそうになったのですが、地元の方々と当時の京都府知事蜷川氏等の努力で、アサヒビールが取得し、美術館として現在に至っている登録有形文化財でもあります。
その地のバルコニーからの眺めを、パノラマで・・・
車で乗り付けることはできませんので、駅前の駐車場に車を停めて坂を上りますと、趣のある門がありました。 さらに坂を上っていきますと、洋風ロッジと云ってよいのかしら、こちらが本館。
ここには彼らが求める安藤忠雄氏が設計した地中館(1995年竣工)、山手館(2012年竣工)とともに公開されています。
建物内は一応撮影禁止なので、展示物などや詳細については こちら。
まぁ、展示物以外なら構わないかと、地中館の内部階段を、パチリンコ。
この地中館にはモネの水連が展示されているのですが、この建物の横にはそのモネを連想させるような庭園が広がっておりました。
その後京都のホテルにチェックイン。 暫し休憩後に市内へ繰り出す。目的地は・・・ そう、錦市場。
市場と言えば生鮮食料品などが中心ですので、海外へのお土産なんぞ多くは無いのですが、日本の伝統的な商業施設であり、食文化に関わるいろいろなモノが溢れていますので、昨今は外国人の観光客も増加していると聞き及んでおります。 そこで、買い食いするのも日本経済を支えることになりますので・・・と思ったが、ナ〜〜ンも買わなかったな。 とはいえ、これは何だの質問連発で、ワシも疲れます。 四条界隈を散策した後・・・16日と言えば五山の送り火。 定番の出町柳までの御案内なのですが、これがもう、すごい人の波。 駅から外に出る人の波を歩きながら友人に昔の深圳と香港の通関手続きをする羅湖を思い出すねと話し合っておりましたとも。 8時に、銀閣寺の上の山に大文字の明かりが灯ります。
画面の人ごみの中の白い点々はカメラもしくは携帯の液晶画面の明かりだと思いますが、昨今はこんな風景になっているのですね。
とはいえ、年に一度の行事ですので、彼らにとっても、ラッキーだったのではないでしょうか。
とりあえず、京都一日目の観光は終了いたしました。
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一番わかっているようで
一番わからぬこの自分
相田みつを
昨夜は呑みすぎたかな・・・
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今日はまことに良い天気でした。 こうなればオヤジはあちこち走り回ります。 ♪ 梅はさいたか〜、 桜はまだかいな ♪ 街中を自転車で走りますと、引っ越しの大型トラックがあちこちのマンション前にデ〜ンと駐車していて、車道を走るワシには気を使う存在であるが、転勤シーズンなんだなと実感させられる。 万博公園の方に行きますと、桜の蕾もかなり膨らんでますが、未だ二、三日ほどかな。
それでもさすがにあちこちに春を感じさせる風景があちこちにあり、その一部を上にアップしておきます。 |

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