香港法定史跡
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さて、昨日紹介いたしました 法定古跡のHP をつぶさに見てみますと、買った地図には法廷古跡は79箇所だったのですが、HPでは80箇所になっております。ワチャ〜〜。 ワシが生存中に全部をカバーする事は可能なんでしょうか。 場所によってはその場所への案内に『事前に政庁に上陸許可の申請をしなさい』とかありますので、かなり大変な作業ですよ。 とりあえず可能な場所を優先してまいりたいと存じます。 せっかく東涌小砲台まで出向いたのですから、当然、東涌砲台を無視する事は出来ません。 東涌小砲台から歩くこと30分で、東涌砲台にたどり着きます。 このゲート潜ってすぐにあるのが東涌砲台です。(一番上の上の写真) その門を潜った所に、上の三枚目の写真の案内看板がありました。 ワシは英語はさっぱりです。ましてや広東語にいたってはチンプンカンプンですので、これを翻訳しなさいなんて、無理な要求はなさらないでください。 でも書いてあるのが漢字だけに、『こんな感じかな』ってくらいは判ります。 今になって読み返して気付いたのですが、『入り口の上の大理石に道光12年(西暦1832年)の文字がある』って・・・知らなかった。まあ、いいや。 この大砲の砲身にも道光21年の文字を見ることが出来ます。 また、この大砲を作った人の名前『砲匠 李陳霍』とあります。 多分李さん、陳さん、霍さんの三人の苗字ではないかと思うのですが。 東涌小砲台に比べますと、ここはそれなりの規模があり、また歴史の重みを感じることが出来ます。 ここで一句 廃校に 嬌声響かす 童かな |
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東涌って所、御存知でしょうか? 香港の空港から列車に乗って、すぐのところに高層住宅が密集している所と言えばお判りかと思いますが。 あの高層集合住宅は全て97年以後に建設されたものです。 それ以前は、何もありません。単に僅かな漁村があっただけですから。 そして、地名はもっぱら と言う地名で呼ばれておりました。空港を造っていた当時、啓徳(カイタック)と言う地名が香港の空港として使われていましたので、新空港も現地の地名を全面的に押し出そうとしたのですが、何となく卑猥(Check Love Cock)と言うことで却下されたとか......。 とはいえ、空港が出来て、鉄道も出来たので、鉄道の運賃収入を得るために、そこに新興団地の造成を許可したと言う、政府の鳴り物入りの団地です。 出来た当時はゴースト・タウンの様相でしたが、10年も経てばそれなりに形は出来てしまいます。 オマケにここから、昴平(Ngong Ping)の天壇大仏までロープ・ウェイを作って観光客を呼び込もうと頑張っております。 昨年の新聞によりますとこのロープ・ウェイは今年の初めに完成と言ってましたが、その気配がまったくなく、最近の新聞では6月中に完成するとなってました。 ワシの事務所の近くにあります公園も大改修をしているのですが、工事を始めた当時は12月に完成となってましたが、未だに手直しなどしておりまして、一体何時になったら終わるのやら、かなりいい加減です。 とは言え、このロープ・ウェイもそこそこ出来上がっておりますので、今年中には完成するでしょう。左端のゴンドラが見えますでしょうか。 ![]() ワシはこれを見に来たのでは無いので、先を急ぎます。 海岸のそばにあります東涌小砲台。 それが上の写真です。 ここに辿り着いた時点で汗が噴出しておりました。四月だと言うのに蝉も鳴いておりました。 入り口の脇に看板がありまして、 この砲台は今から200年ほど前に清政府が広州に向かう船の管理などを目的としてつくり、30名ほどがここに駐屯したとあります。 1983年に法定古跡として登録され、この後ろにある砲台跡(?)はシッカリとフェンスに守られておりました。 ![]() 地図は相変わらず中原地産さん から勝手に使わせていただいております。ごめんなさい。 なお、ネット検索しましたところ、
http://www.lcsd.gov.hk/CE/Museum/Monument/b5/monuments.php に法定古跡に関する記述(由来やロケーション)がありますので、興味のある方はご覧ください。 |
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本日はスキャン画像が大きくて、開くのが大変でしょうが、御勘弁願います。 先日、会社の帰りにローカルの本屋さんを覗いた時にワシの視点を釘付けにしたものが、上の本。 香港街(広東語ではホンコンガイ)英語で Hong Kong Guide 2006。広東語の発音も英語の発音もほぼ同じ。 発行が地政總署檜處 とありますので、政府が発行しているようだ。 パラパラとめくって見ると、航空写真のページの次にイラストの地図が続いている。 ネットにグーグル・マップ と言うのがあります。それはNASAのデータ写真データと地図をかさねたもので日本とかアメリカの地図が用意されていますが、香港は写真だけ。 で、この本は航空機から撮影した写真を使っているそうな。 地図を手っ取り早く見るのはやはりネットで見るのが安上がりです。でもネットの便利さは認めるとしても、一覧性という部分ではこの手のペーパー・メディアには敵わない。 今までは『香港街道指南』と言う地図を愛用していたのですが、今、持っているのは2003年版。 そろそろ新しい地図でもと思っていた矢先だけに、思わず手が伸びてしまった次第。 何が気に入ったのか。 先ずはサイズ。横190mm 縦270mm B−5 よりは大きいが、A−4 よりは小さい。チョット中途半端な大きさですが、今まで使っていたものより大きいので、老眼のワシにはありがたい。 今年のバージョンはバス停の位置を追加したと表紙に書いてある。で中を見ると確かにバス停に赤い点があるのですが、どのバスが停まるんだ?? チョット中途半端です。 そして次に何が気に入ったかと言いますと、その中にあった『法定古跡』のリスト。 香港政府公認の79箇所の古い史跡のリストがありました。 当然その位置や、小さいながらも写真も掲載されております。 それを全て自分の手で、カメラに収めてやろうじゃないかと言う、またまたバカな発想がムクムクと立ち上がり、本日、新しい書庫を設けることにしました。 名付けて『香港法定史跡』 うん? 何も名付けてませんね。そのまんま・・・ですが。 すでに撮影している物もありますので、同じ写真的が再登場してくるかもしれませんが、気長に79箇所を制覇したいと思っております。 そんな本の紹介で、こんなことをネタにしている人はいないだろうとタカを括っていたのですが、いたのよね。茶道さん 、貴女も、マメやね。 本屋さんには100ドルと、120ドル(1ドル約15円)のバージョンがあり、120ドルの本には別刷りの索引(主にビルなど)が付いておりました。 と言うことで、本日は週末でカメラ片手にと思っていたのですが、朝から霞がかかって、オマケに曇り空。
早く戻って欲しいな。青い空! |
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香港の変化の早さ、ダイナミックスは二日前のセントラルの風景をご覧頂いても御理解いただけるかとは思うのですが、その変革は中心部だけではありません。 香港の中心部から北西に行ったところに元朗(ユンロン)と言う所があります。 今でこそ九廣西鐵線ができていますが、15年ほど前は周囲は田畑で囲まれ、池にはアヒルが養殖され、独特の帽子(?)を被った客家(ハッカ)の人たちが行き交う姿が、僕にとっての元朗の原風景です。 しかし、時間の移ろいとともに街には高層住宅が林立し、いまや一大ベットタウンになっております。 その元朗からさらにひと駅西側に天水圍と言うところがあります。 ここも開発著しい所ではありますが、農業や園芸などが昔から行われている所です。その天水圍の駅の近くに、Tsui Shin Lau (漢字が無いが・・・○星樓)と夜ばれれるパゴダ(多重塔)の古跡があります。 もちろん随分改修されてしまって、古い感じはしないのですが、古くからの祠があります。 この建物、六角形の三層です。 中には祭壇と上に行く木製の急な階段がありますが、上は立入り禁止でした。残念。 このあたりを散策しますと周囲をレンガで囲んだ城壁村がいくつか残っております。 その中は本当に狭く、人がすれ違うのがやっとと言うくらいしかありません。大型家具を入れるときにはどうするのかと他人事ながら心配してしまいます。 周囲には高層住宅があり、このように古い建物が残っている不思議な街...お出かけになってはいかがですか?
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