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台風は関西方面では大したことなく過ぎ去ったようですが、関東地方の方々はこれからご用心くだされ。
また、香港のデモも、友人のフェイスブックでいろんな情報が伝わってきますが、くれぐれも暴力沙汰に巻き込まれないようご用心召されよ。 さて十月になっても相変わらずブログを放置してしまっておりますが、それでもお越しくださっている方々に真に申し訳なく、反省いたしております。 ジジィは性懲りもなく元気なんですが・・・初夏の頃にアレルギー性鼻炎と診断されて、プールに出かける頻度を減らし、幾分かは回復しておったのですが、ここにきて激しく再発。咳にクシャミに水洟に悩まされ、友人には呆れられ、見放される寸前までになっております? いえ、すでに見放されているかもしれぬ。 加えて右手の腱鞘炎と言いますかバネ指の方は少しは収まったいるものの、高値安定と言ったところで、収まる気配は無い。加えて今度は左手の指がチトおかしい。 加齢とはかくも面倒なものかと思うのですが、友人に言わせればお酒の呑み過ぎが原因でしょ・・・って、つれない。 そんなジジィが先週末にフラリと出かけたところがこちら。 ご存じ明石海峡大橋。 それは、こちら。 そう、明石海峡大橋の橋脚のてっぺんを探訪するツアーに出かけてみた!
話は横道になりますが、上の写真を下の方に目を移していきますと、ちょっとス〜〜ッテなりません?
このツアーの詳細は 明石海峡大橋ブリッジワールド で検索すればすぐに見つかりますので、そこを読んでいただければよろしいかと思います。 なにせ、ツアーの前には説明会があり、誓約書にサインをさせられたり、注意事項を延々としますので、結構ビビらされますね。
説明会のあとは橋の科学館で大橋に関するレクチャーを受け、一般の方が入れるプロムナードから横道に入れば、そこはもう海上50mのスケルトンの世界! 鳴門海峡ほどではありませんが、潮流の速さもよく判ります。
この作業用通路を1km歩いて、橋脚まで。
狭い橋脚の内部を潜り抜け、エレベータで290m上昇、気圧の変化で耳がツ〜んとします。 そして狭い階段を登って、ハッチを出れば・・・ 明石方面も 淡路方面も 鷲掴み状態! 写真の右下にカーソルを置いての虫眼鏡をレッツクリック。
天気が良ければアベノハルカスも関空もみえるそうな。さすが標高290mの世界です。
風景を十分に堪能したら、ハッチを潜って下に降ります。
橋のこの作業用通路、、写真の右側の通路は淡路島への電力ケーブルがあり、写真の左手には淡路島への水道管が走り、
これだけの鉄の塊、熱の膨張も半端ではありませんので、あちこちにその伸縮に対応するノウハウがあり、お話を聞いていますと工事に関わる大変さを実感できます。
因みにこのツアーを案内してくださった方々はこの橋の建設にかかわった方がたでして、裏話など楽しく拝聴させていただきましたな。
高所恐怖症の方も、そうでない方も、一度お試しあれ。
多分今年の予約は終わっているのかな?
11月から3月末まではツアーはありませんので、今からだと来年になってしまいそうですが、開催日に橋の科学館に行って、空きがあれば飛び込みでも参加できますので、運試し?
追記 このツアーには、高所恐怖症の方、閉所恐怖症の方葉参加できません。 また最近は外国人の参加が増えているそうな。この時も8人の中国人(多分台湾)が参加しておりました。 |
橋
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お天気がすぐれない三連休の最終日。
さて何をしようか思案中。 取りあえず先週の写真を引っ張り出してみます。 天気が良かったので、我が家から50Kmほどの明石海峡大橋の夕陽を。
毎日、海から昇る太陽や、海にに沈む太陽を見られる地域に住んでいる方を、羨ましく思うのよね。
ワシなんか、それを望んだら、これだけ走らなきゃならんのだから。
この日は、この橋の展望台のところから写真を撮りたいと思っていたが、思いのほかここまで時間がかかり、おまけに日没が結構早くなっていて、入場手続きをしていては間に合わぬと断念し、その機会を逸してしまった。
エ〜感じの夕刻ゴールデン・タイム。
で、定時になりますと5分間のレインボー。これで丁度6時です。多分7時だとバックがまっ黒になってしまいますね。
お気に召せば写真右下にカーソルを合わせて、虫眼鏡をクリックすれば、それなりの大きさでご覧になります。
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物を捨てるという行為は何故かしら罪悪感を感じてしまうのは貧乏性なのかな。 だが、必要以上のモノを抱えているのは自分の生活空間を埋め尽くしてしまい、整理が追い付かない。 我が家の実家も母が高齢者住宅に居を移してから三年が経過。 実家を訪れる度に庭の掃除などをしているが、押し入れや物置にはモノが溢れている。 思い出深いものは仕方がないとしても、捨てて当然と思うような壊れたラジオなどの電気器具から決して履かないであろう靴、着ないであろう古着、見ないであろう書籍等々。 はっきり言って残されては始末に困るようなモノが所狭しと保存されている。 一番悩ましいのは30年ほど前に亡くなった父親の日記とコレクション。 残すべきか処分すべき、未だに悩んでいる。 そんなガラクタの中からワシ宛ての手紙束が出てきた。 ワシの記憶では、古い手紙は結婚した時に庭で焼き捨てたと思っていたが、学生時代に住んでいた福岡から引き揚げた際に運んだモノがそっくりそのまま残っていたのだな。 この件に関しては追々紹介するとして・・・ そんなこんなの状態ですので、時々実家に泊まり込み、古いモノの処分などをし、ゴミの収集日の朝に排出して帰ってきますが、なかなか捗らない。 また一日中ゴミの山と格闘するのも辛いものがありますので、時には自分の故郷の周辺を徘徊しております。 ワシが育ったところは和歌山市の中心部から少し南の閑静な住宅街。 家から西に700mほどで、南北1.5Kmほど、白砂青松の水軒浜と言うのがありまして、なにせ遠浅の綺麗な砂浜ですから漁師は地引網を引き、子供は投げ釣りに興じ、気の早いときには5月の終わりには海に飛び込んでいたように思う。 ワシが小学生や中学生の頃に海に行くと、衝動的に飛び込んでいたな。つまり水着なんてものは着ていなかった。 正式な水着は黒い褌の様なモノだったり、下着のパンツだけだったり、フリチンだったり・・・ これは決して男子だけではなく女子も同じように遊んでいた、まことにおおらかな光景であったように思う。まぁ中学生にもなれば一応水泳パンツを穿いていたようにも思うが・・・ そんな思い出を探しに出ようとしても、今はその砂浜も埋め立てられてしまい、面影は皆無。 だがその浜への道中に水軒川に架かる北橋というのがあり、先日そこを通りかかった時、そのあまりにも古い橋を見かけて、これは写真に撮っておかなければと思い、後日カメラを携えてその水軒川に架かる北橋を訪ねてみた。 その間わずか一週間ほどだったのですが、なんと橋の架け替え工事が始まっていた。 そこで慌てて撮影したのですが・・・ 川は決して綺麗な清流ではありませんが昔からボラの稚魚、イナが多い川でして、 それを狙って鳥たちも集まります。 で、問題の橋から我が家方面を眺めますと・・・ お判りいただけるかと思いますが・・・欄干の部分が木製です! 欄干の左側には「きたばし」と彫られ、右側には「昭和五十六年十二月竣工」とありましたので、ワシの記憶にある橋から一度架け替えられていたようです。 それにしても今時車も通行する橋に2トンと言う重量制限はきついよね。 橋の向こうに見える緑はその昔松林だったのですが、今は雑木林になっておりましたな。その向こうから聞こえていた潮騒が懐かしい。 またそこから眺める夕日は格別で、淡路島とその南側にある沼島、天気が良ければ四国の山々に沈む夕日と海面に映える残照。子供心にも響く情景でした。 郷愁に浸っていては進みません、さて、肝心の橋ですが・・・欄干の袂の橋柱の上部は見る影もなく朽ちておりましたな。 今工事して、出来上がるのは来年の3月だそうな。 こうして また和歌山の思い出のモノが消えてゆく。 トップは和歌山市のシンボルとも言える「伏虎城」 (和歌山城) を紹介しました。 これからオヤジのブログは懐古趣味的昔語りが増えるのだろうか?? |
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テレビのCMに、 あ〜〜ッ 気持ちイイナ〜〜 あ〜 何にも喋る気がしない・・・ アンタ、一回だけ商品名、言っとき・・・ なんて一見手抜きのようなフレーズがあるんですが、 あ〜 何にも したく ない・・・ なんて気分の時ってあるよね。 その時は自分の軟弱な態度に嫌悪感さえ覚えるのですが、とりあえず今日の記事をアップしとこ。 日本ではサッカーのワールドカップで盛り上がって、巷は参議院選挙で賑やかになりつつありますが・・・ 一方では宮崎県の口蹄疫対策で知事の東国原さんは、その対応の激務で見る影も無く痩せてしまっている。 その宮崎県にある吊橋、照葉大吊橋(てるはおおつりばし)は、宮崎県東諸県郡綾町の本庄川(綾南川、大淀川の支流)にあり、その場所は こちら 架設されたのは 1984年(昭和59年)3月、当時としては先日の 谷瀬の吊橋 を凌ぐ大きさで、長さ:250m、高さ:142m と、高さでは日本一の吊橋となりましたが、九重夢吊り橋 にその座を奪われ、加えてこの口蹄疫騒動で、多分、今頃は訪れる人も無く、ひっそりとしているのではないでしょうかね。 今は口蹄疫の感染抑止のために宮崎を訪れることは差し控えなければなりませんが、早く収まることを願ってやみません。
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ここ15年ほど、観光の目玉として各地にいろんな吊橋が出来て、すっかりその王座を奪われてしまった感のある谷瀬の吊橋。 この橋が出きる前は丸木橋だったのですが、たびたび流失するので、村の人々が大金を拠出して、1954年に生活のための吊橋として架けられた。 今でも他の観光用の吊橋と違って原チャのオバチャンや自転車に乗った学生が通行している、生活道路の一部なんですな。 この橋の大きさはと言いますと 長さ 297m 高さ54m 橋の下の流れは熊野川の上流の十津川で、今ではキャンプ場にもなっている。。 橋は見ての通り、ワイヤーに渡した横木の上に板を載せただけ。 端っこは落下防止の金網がありますが、載せた板の下は横木だけ。その証拠に大きな節穴からは奈落が・・・ ワシは何度もこの地に来ており、その都度渡っておりますのでナンともありませんが、どうもご婦人方はワーワー、キャーキャーと賑やかな声を谷間に響かせていらっしゃいますな。 歩き心地は、ナンといっても、古いので揺れる揺れる。 それに冒頭の注意書きが心理的に影響しているのかもしれませんな。 なお、日本一の長さを誇る九重夢吊り橋の記事は こちらをクリック
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