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しばらく間が空いてしまったが、香港の締めくくりをしなければなるまい。 ワシとしてはもっと香港での時間を欲しかったが、今回は致し方が無い。 未練タ〜ラタラで31日の朝のフライトで帰国である。 ホテルの下が九龍駅なので、まこと便利。 ゆっくりとチェックアウトをした後、駅のところでチェックイン。これで手荷物から解放される。 空港に着いてから、ワシの乗る Hongkong Express UO616便 はゲートが522で、出国手続きはターミナル26と表示されていたのだが、久しぶりのワシには??? そんなのあったけ??? 確かに、空港に到着すると列車の両側のドアが開き、ターミナル2へは右側に降りなさいと言っていたのだが・・・しょうがないので駅の方に戻ってターミナル2を目指す。 しかし、人が少ないのよね・・・不安になっちまったよ。 とは言え、嘘の指示は無かろうとひたすら「出国手続き」を目指した。 まあ、閑散とした出国検査場があり、シャトルで搭乗口を目指します・・・着いたところは・・・従来の出発ロビー つまり、扱う航空会社が増えたので、Hongkong Express は T2 に check in カウンター があると云う事で、シティカウンターでチェックインした客は従来の出国検査場でも良かったのではないかと思います。 さて、もう一つの問題 ゲート522 従来の搭乗ゲートは大抵二桁の数字であったが、三桁は初めてです。 そこに行くには到着した時と同様、バスに乗らなければなりません。 つまり、従来の建物とは違う場所に搭乗口があるという事なんですな。 グーグルの航空写真 で確認すると、この時点では工事中のようです。 ワシが到着した時は夜だったのとトコロテンの如く繰り出されてしまい、またうれしくて舞い上がっていたので観察眼は全く機能していなかったのですが、出発までは時間があるのでゆっくりと観察できます。 そして目にしたものは! なつかし〜〜〜ぃ もちろん機内は香港人のツアー客で満席です。 しかし、いくら航空運賃が安いからと言って、機内食でお金を取るようなセコイことはしません。 「chicken or fish」と言うので、Fish をチョイス。 サーモンでしたが塩鮭ではありません。特別旨くは無いが、不味くもない。 香港に向かうときもそうだったのですが、メインディッシュに「そば」が付いているのよね。 香港の方って、ソバ好きだったっけ?? 酒のアテは無かったがあるだけまし!と決め込んで・・・グビッグビッ! さて、トップの写真、帰る途中に見かけた火山。 噴煙が出ているのよね。 沖縄に火山があったかなと調べてみたら 硫黄鳥島 と言う島がある。 しかし、その島は無人島であるらしいが、この島には何やら滑走路のようなものがあり、建物の様なものもかすかに感じ取られた。写真をクリックしてみてくだされ。 そこで更に調べると・・・・・・鹿児島県の 諏訪之瀬島 と云う事が判明した。 この島のことを調べるとこれまた面白い。 2004年の国勢調査で、世帯数25戸、人口48人とあった。 更にいろんなことをネットで調べると結構面白いのだが、ここでは割愛する。 それにしても夢の様な一週間だったな・・・・・・・あの時に戻りたい。
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香港
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梅雨の谷間の昨日、我が家の近辺で大きな交通事故。 先ずは午前4時半頃、大阪・茨木市の国道171号の交差点で大型タンクローリーと乗用車が衝突する事故があり、アオリを受けて名神高速で、茨城ICを先頭に渋滞が発生。 午前11時過ぎ、大阪府の名神高速道路で渋滞の列に大型トラックが突っ込み、車5台が炎上。 大型車の事故、おまけに高速道路上では、現場検証を含む後片付けが済むまで通行止めになる。 この結果、中国自動車道池田ICから名神茨木ICまでが通行止めとなり、はみ出した車が我が家の周辺に溢れだし、ニッチもサッチもいかないくらい渋滞が夜の9時過ぎまで続いておりましたな。 夕刻、そんな事とはツユ知らず、ジョギングに出かけましたが、万博の外周道も大渋滞。 排気ガスが立ち込める中、フタッパシリ(二周)しちまいました。 皆様もくれぐれも交通安全を。この一連の事故で四名の方が亡くなっております。 さて、香港で友人の訃報でかなり凹んでしまいましたが、翌日は昔のネットの「仲良しクラブ」が集合し、定番のヤムチャ! メンバーは shin さん、わんこさん、アミさん、ベッシーさん、それにワシの五人に・・・新メンバー増えました! それがこちら。 「ベッシーさんチの王子さま」 以前は他にも多くのお仲間がいたのですが、駐在の悲しさ、日本に帰国したり新たな地に展開したり・・・それでもこの日にこれだけ集まって飲茶が出来たことにワシはうれしく、元気を頂いたな。 食ったものは言えば、定番のメニューですが・・・ この後はわんこさんと昼ビを楽しみ、更に Junjun さんとも合流して更なる昼ビ。 他にも会いたかった人はたくさんいたのですが、何せワシにはそんなに時間を持ち合わせて、モトイ、金を持ち合わせていないものですから、翌日の朝のフライトで帰国です。 よって、その夜はトップのシンフォニー・オブ・ライツを撮影し、気になっていた日本人の板前さんを探しに行くことに。 彼の店は Google のストリート・ビューで見ると閉店していたので、かなり気になっておりましたが、shin さんの情報をもとに探したら、新たな名前「花之家」と言う名前で、以前の二倍ほどの広さで頑張っておりました。
また、Sさんが展開する「一平安」と言う麺屋も4店舗に増えて頑張っているし、ワンポアで三河屋と言う店もかなり繁盛しているそうな。 そんなこんなの旧知の方々の情報を仕入れ、喜び、懐かしむワシの旅は終わろうとしている。 |
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香港に戻り、荷物をホテルに預けてカメラだけを持って街中に。 香港の友人は「W酒店は街に出るのが大変だよ」といっていたが、香港の安いタクシーを使えばチムなら HK$20〜30 で行けるし、香港島は下の地下鉄を使えば一駅でセントラル。 昔取った杵柄で、慣れたものである。 街中をあっちへフラリ、こっちへフラリとしながら、コンビニで買った携帯電話の SIM カードをセットし友人に電話。 先ずは shin さん。 前回来たときは彼は本土に出張していて会えず仕舞い。今回は日曜日だったので自宅にいた。 で、翌日の飲茶を約束して、もう一人、どうしても会いたかったけいたさんに電話。 彼はワシが帰国後も何度も電話をくれていたし、比較的軽く付き合ってくれる気の良い人だった。 電話のコールサインのあと 「もしもし」 「もしもし、Donky です。ご無沙汰してます」 「もしもし、どちら様ですか」 「Donky です。佐伯さんの携帯ですよね」 「父は、5月1日に亡くなりました」 ガァ〜〜〜〜〜ン!!! ウソッ!!!!! 暫く絶句して声が出なかった。 やっとこさで言えたのは 「そうでしたか、お騒がせいたしまして申し訳ありませんでした」 だけだった。 彼には前妻との間に一人の男の子がおり、その子は確かカナダかアメリカに留学していたことを思い出し、父の死に直面して帰国していたのだろう。 そして彼と過ごした時間が走馬灯のように駆け巡っていた。 この後、ワシは茫然自失状態で、気持ちを落ち着かせるのにかなりの時間を要した。 思い起こせば、ワシの香港の友人で仕事以外でのお付き合いをしていただいたのはネットでの出会いが圧倒的であった。 ひところネットでの出会いを疑問視したり変な勘繰りを入れられたりしたのであるが、ワシの周辺の友達は香港の日常のネット掲示板で、いろんな人たちと出会いましたな。 掲示板で香港で生活して、困ったことや相談事を書き込むと、親切に回答してくれる人たちがいる。 そんな人たちがいつの間にか一度「飲茶でも」と集まりだし、何時も10人ほどが集まり「オフ会」と称して飲んで食って歌っての宴会を催しておりました。 そんな中での彼は大人しいが呑みだすと半端ない位の大酒呑みで、そのくせ乱れない。 年齢もワシより一回りも若いのになんで??? 気持ちが晴れないままわんこさんに電話し翌日の飲茶を提案し、けいたさんのことを尋ねるとご存じであった。 Donky さんにはメールしたはずだけど・・・電話もしたけど通じなかったし・・・と いずれも気が付かなかった。相すまぬ。今となってはどうしようもない。 香港に着いていきなりのパンチを食らったようなワシはその後全く元気が出なくて、街を徘徊するばかり。 よって、ロクな写真がない。 香港の街並みはモヤっているのか、はたまたワシの目が悪いのか・・・ 亡くなったけいたさんがカラオケに行くと歌っていたサザンの歌で元気出そ。 トップの写真はオーシャンターミナルの屋上からの夜景。
かなりかすんでいた。 |
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まだまだ深圳(シンセン)のことを書き綴りたいのであるが、取り急ぎ次に行こう。 深圳(シンセン)での拘束を解かれたワシは一目散に香港を目指しましたな。 丁度日曜日の朝のことでした。 深圳灣のイミグレーションを徒歩で越えて香港に。 今回は九龍に向かう乗合いバス。こちらはイミグレーションから丁度九龍のKCR駅までで40元だったかな? 今まで使っていたKCR鉄道に比べるとはるかに人が少なく気軽である。 日曜日のせいか、香港への買い出しだろうか、大勢の深圳近郊に駐在・出張で来ている日本人が乗り合わせておりまして、バスの車内ではあちこちから日本語が聞こえてきました。 「日本の企業戦士よ、頑張れよ〜〜」って心の中で声援を送りながら、25年前の自分の姿を投影した瞬間でした。 バスが九龍の駅に着けば、ホテルはその上にあります。 今回手配していただいたのは 香港W酒店 ちょっと変わった名前ですな。 でも、なかなか素敵なホテルでして、聞けば五つ星だそうな。 ロビーにはどこかで見たような大きなイラストがありまして、これで中国から文句が出ないかと心配しちゃうのですが・・・ 正確にはホテルの部屋の入室は午後だったのですが、その日の夕刻に写した部屋の様子は・・・ 先ずは部屋全体・・・ 窓を大きく取っているために明るく開放的。 こちらはバスルームで、左側にシャワーとトイレがあります。 部屋にはいろいろと用意してくれているのですが、ワシには用が無いシロモノ。 窓の外は西九龍の大きなマンションとセントラルがその間から見ることが出来ますが、あいにくのモヤで・・・ 部屋の入口の表示でどこかで見かけたようなイラストと部屋番号。 黒い丸はチャイムで、室内のボタンを押しと「Don`t Disturb」や 「Clean up」のランプが点灯する。 書斎か?って見まがうばかりのエレベータホール。 最初はエレベータを呼ぶ押しボタンの位置が判らなかったよ。 こちらは屋上のウェットと呼ばれるプール。この日は風が強く寒いくらいでしたので泳ぎませんでしたが・・・翌朝に目覚めの運動で飛び込みました。 このプール、シンガポール・マリーナベイサンズの屋上庭園プールには及びませんが、ここは65階だったかな? その高さからの香港の風景はなかなかでしたな。 セントラルの碼頭 渡船角方向 開発著しい西九龍 油麻地西側の Typhoon Shelter さて、香港の友人たちの再会だ! 宴会だ!! トップの写真は香港W酒店のエレベータと夜景の外観
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旅行から戻って一週間、この間に和歌山に二度走り、静岡にも車で走り・・・ 残念ながら富士山はモヤっとしておりました。 で、ついに車のメーターは・・・ 10万Kmを越えてしまいました。その距離は地球2周半。 この間、4年と2ヶ月チョイ。 月々2,000Kmですか。年24,00Kmにもなりますな。 きっと乗り過ぎなんでしょうね。 でも、近場のチョイノリはほとんどしませんし、大阪市内までだったら自転車で行くことさえありますから。 思い起こせば4年前に静岡の会社から「おいで・おいで」と呼ばれ、まさかベンツで通勤するわけにもいかんだろうと、それに静岡なら4WDが面白かろうと買った軽自動車。 その後隠居生活に入り、身分不相応なベンツは売り払い、この車を愛用している。 しかしエンジンは元気なものである。 この車になってから、先ずは飛ばさなくなった。それまではよく覆面のパトカーに追いかけられて、払った罰金でちょっとしたバイクは十分に買えているとおもう。 そんなわけで、ワシにはこの軽がお似合いかもしれぬ。 また、この間のジョギングは足に疲れがきておりまして、筋肉痛がなかなか取れない。 今日は天気が冴えないのを口実にゆったりまったり。 な〜んて思っていたが、結局夕刻に走りに出て、この1週間の結果は5回、万博外周道を6周しちゃいました。 さて、ワシと中国広東省の深圳(シンセン)市との関わりは1985年にさかのぼる。 当時勤めていた会社が合弁会社をこの地に設立したのを機に長期出張命令で、ノコノコとやってきた。 当時、その合弁会社が入居していたビルがこちらの1〜2階。 見かけは綺麗ですが、内実は・・・ でもね、1〜2階のところには空調の室外機がありますが、それ以上の階には室外機なんかありませんから、いかに先進的設備であったことか。 しかしその後工場は別のところに移転し、さらに合弁を解消してしまいましたな。 その思い出の地を訪れてみましたが・・・ 木々が生い茂り、ビルは薄汚れ・・・ また、ワシが寝起きしていた会社の寮も・・・ このビルの2階部分で写真の奥の方だったのですが、これまた同様に中国らしい(?)変遷を遂げておりましたな。 いや〜、実に驚きましたな。 結果的に行かなきゃ良かったと後悔しております。 こうして昔の写真を眺めていますと、26年の時間が走馬灯のように駆け巡っていきます。 トップの写真は深圳で見かけた花々。
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