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夏の参院選挙の投票日。 皆さんは投票にお出かけになりましたか? ワシは朝は自分の権利を行使するために近くの集会場に出かけて投票し、その足で和歌山に出かけて母親を投票所まで連れて行き、キチンと済ませましたが・・・ ネットの情報では 午後6時現在の投票率39.60% 前回下回る なんてことになっていますな。と云うことは40%くらい?? せめて80%くらいになってほしいものだ。 なんで投票しないんだろう。 自分の一票では何にも変わらないとか思っているの? 忙しいから行けないの? もしそう思っているなら、大きな間違いだと思う。 投票は義務だと思います。 その義務を行使しないで、でてきた結果に文句を言うのは筋違い。 また、結果が自分の思い通りにならないからといって、反発するのは民主主義の原理に反する。 そういった思いをキッチリと踏まえたうえでの選挙権。 大事にして欲しいものだと思います。 今夜のTV番組は全て選挙一色。 各局とも自分たちの能力全てを出し切った取材で予測し、結論を一分一秒でも速く出そうと躍起である。 これを見ていて、ワシは冷ややかになるのよね。 どっちを見ても金太郎飴の如く同じ内容! 実につまらん。 どこかの民放で、この時間帯にバラエティでも流し、選挙結果はテロップでと考える局は無いのか? きっと視聴率は上がるともうのですがね。 確かに結果を速く知りたい気持ちは判るが、全部が全部、同じテーマで放送するなんて、一寸おかしいと思わない?? しゃーない、こうしてブログの記事を書いている・・・・・ で、 1991〜1992年の香港の写真。 ご存知、尖沙咀を海から眺めた風景dすが、ものの見事に平らです。 この当時は空港が啓徳にあった関係で、九龍地区のビルの高さ制限が非常に厳しかったために、逆に綺麗な状態でしたな。半島酒店の新しい建物もありませんから。 もちろんクリックで大きくなります。 こちらは灣仔 香港会議展覧中心の新翼がまだ無い頃。 左後ろで中環廣場(Central plaza)が建設中のようでクレーンが見えております。 この当時、ワシはこの右後ろくらいの所に住んでおりました・・・ 懐かしい。 こちらは説明の必要も無いセントラル。 IFC は影も形もありません。 それにしても遠目の効く良い天気だこと! 最近の香港ではほとんどお目にかかれないのではないかな。
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香港
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今まで古い啓徳空港の写真ばかりを出しておりましたが、それ以外の写真を出してみたい。 まだまだ全ての写真をスキャンし終わっていないのですが・・・ 先ずは飛行機が来るまでの暇つぶしに撮ったものと思われる九龍・旺角から太古方面の写真。太古城からモロコシ丘(Kornhill)が写っておりますな。 時期的に5月の終わりごろから6月の初めごろではないかと思います。 その理由は香港迷にはお判りかと思いますが、紅い花。 旺角界隈は大きな邸宅が多く、その庭先などに咲いておりましたな。 一方、撮影時期は定かではないですが、ピークの盧吉道、丁度上環の上部にあたるところから九龍方面。 今では埋め立てられてしまった油麻地の台風シェルターから瑪頭まで。 いずれもクリックで大きくなります。
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香港の空港が今のランタオ島の 赤鱲角 (チック・ラップ・コック)に移って久しいが、その前はここ啓徳空港。 日本から香港に向かう場合、香港島の南を回ってランタオ島で大きく旋回し、高度を下げながらさらに旋回する。 これは香港ターンと呼ばれ、空港近くになりますと、客席、特に右側の席からは街の車や人々が間近に見え、ある種の恐怖感さえ覚える。 ビルをかすめるかのように高度を下げながら、飛行機がやっと水平になったかと思うと飛行場外周のフェンスが見え、ドスンと着陸。 この時に西洋人の乗客が多い時などは拍手が沸き起こる。 ここ啓徳に初めて来たのが1985年5月の終わり。深圳に向かう道中であった。実に25年前。 その時は自分の荷物以外に仕事で使うコンピュータまで持っての移動であったな。 その後何度も日本と深圳の間を往復しましたが、1990年末に香港の駐在で1997年3月までと2003年7月から2006年9月まで、香港に巣食うこととなった。 特に駐在のときは住居費や車、ゴルフ場の会員権まで付いて、それはもうバブリーな時期でしたな。 いや、そんな話は横に置いておいて・・・ で、駐在である以上はお客様のお出迎えもお仕事であったりする。 なぜなら、この空港、市街までほんのわずかな距離なのですが、結構トラブルに巻き込まれる方が多かった。 空港から九龍(現在の紅磡 ホンハム)までタクシーに乗ったら5,000円とられたとか、電車に乗るときに改札で財布を掏られて30万無くしたとか・・・それはもうトラブルの連続でしたな。 さて、着陸した飛行機は滑走路の先端でUターンして誘導路を駐機場までタクシング。 大体JAL機は空港建物に直接たどり着けな場合が多かったので、建物手前の駐機場でタラップからバスに乗り換える。 機の扉が開けられ、外に出た瞬間、ムァ〜〜っとする熱気が肌に纏わり付き、「アッ!香港だ!」と意識したものだ。 今は飛行機からセントラルの駅まで空調されているので、空港バス以外はかなり香港を感じる時間がずれ込んでいる。 駐機場とターミナル・ビルを結ぶバスは香港に来る以前に乗ったことがある。それはロスの空港だった。 幅が広く、車高は低く、あちこちに扉がある。 きっとアメリカ製だなと思わせる代物だった。(間違っていたらゴメンネ) あのバスたちは廃港後どこに行ったのだろうか。世界のどこかの空港で走っているのだろうな。 自分で移動するときは空港バスで、伊丹からの飛行機はお昼に到着しますので、そのまま会社に出勤。 お客様が来るときは車でターミナルビルにある立体駐車場に停めてお出迎えしていたな。 時間があるときはその駐車場から着陸する飛行機を眺めていたものだった。 そんな思いがこの写真から蘇ってきた・・・ |
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我が家は9年ほど前に大々的なリフォームをした。 家の中を空にする必要があったので、同じ建物内の空き家を二ヶ月拝借し、大移動のお引っ越し。 完成後、またまたお引っ越しし、荷物はその時に思いつくまま詰め込んだ。 その後ワシが香港や静岡に出稼ぎに行ったが、こうして落ち着いてみると、色々と増えた荷物に生活空間が圧迫されてきた。 となるとお荷物の事業仕訳が必要となる。 つまり、要る物は要る、要らない物は捨てる。 ところが・・・ とある段ボール箱から写真のフィルムが出てきた。 すっかり忘れていた・・・ その中に、1990年末から1997年まで駐在していた時に撮影したスライドが出てきた。 画質はデジカメには及ばないがネガカラーよりきれいな画像を期待してスキャンしてみたよ。 それがトップの写真。 香港迷には貴重なものと判断し、大きなサイズのままですので、重たくてすみません。 もちろん説明の必要は無いと思うが、今は無き啓徳空港。 長いレンズを振り回していたので、ブレているものもありますが・・・ご勘弁を。 一番上の写真と同じアングルの写真は 以前に紹介 したことがあるのですが、あれはネガカラーだったのですが・・・参考までに 以後、ご期待を。 今後、時間をかけて20年近く前の香港を並べてみたいと思います。
このブログの原点が香港ですから。 |






