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中国の毒餃子の論理
たとえて言うと、以下のようなもの。
泥棒が大金を盗みました。
そのあと、お金をくだらないことに使い、叉無一文になりました。
警察に窃盗の容疑で捕まったのですが
彼は、否認しました。理由は以下
「俺が盗んだのだら、金を持っているはずだろ、俺は今金を持っていない、だから盗んだはずが無い」
検査をして何も問題がみつからなかったからといって
天洋食品で混入されていないと証明できているわけではないのに・・・
こんなごまかしの論理を堂々と政府機関の役人が強弁する国です。中国は、ますます信用できない国になりましたね。
この様な説明に対し、中国国内から、ある力を持った立場からの反論が出来ない、起きないのは、
正義が行われない国といわざるを得ません。完全に正義が実現される社会はあり無いでしょうが
程度の問題として、あまりに酷いといわざるを得ません。言論の自由の無い国は信用できません。
正義は言論の自由が無ければ、実現できないことです。
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要は、支那製品を買わない、しかないでしょう。
2008/3/6(木) 午後 4:12 [ 無路無双 ]
そんなに単純に結論を出さないでください(笑い)
私が心配しているのは、中国にかな、支那に対して感情的な親近感が先行して見ている人が日本人には多く、かの国をきちんと理解して欲しくて書いているのです。
2008/3/10(月) 午後 4:07 [ don*u*xot*jpn ]