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私が警備会社から派遣されたのは、幼稚園、中学、高校からなる伝統あるミッション系の女学園でした。
学園は瀟洒な洋館の校舎とセーラ服にブレザーという姿で、地元の少女達には人気があります。
1900年代始めに建てられた木造の校舎は幾つかの棟に別れ、宣教師館と呼ばれる建物は特に美しく、以前はファッション雑誌の撮影や映画の舞台として使われる事も多くあったそうです。
しかし、この少女達のあこがれの校舎も夜ともなれば薄暗くギシギシと鳴る板床の、なんとも心もとないものであります。
私の仕事は夜警、夜8時に全ての施錠を確認しながら巡回し、夜半に2度巡回、翌朝7時前に巡回をしてから正面玄関を開けます。 孤独で単調な日々です。
私がこの建物に活気ある昼の姿を見出せたのは、学園祭やテスト前等で学生さんや先生方が遅くまで残っている時くらいですね。
普段はこの大きな空間に私一人です。
晩秋のころのことです。学園内の木々は既に葉が落ちきり、虚しく枝だけが空に伸びていました。
その日もいつも通り8時に15分程早く学校に着くと、用務員の西田さんが暖かい詰め所でお茶を入れて迎えてくれました。
西田さんと私はお茶を飲んでから連れ立って校内の施錠に向かいます。まあ、大抵は西田さんが先に済ませてくれていますが。
歳も近く妻に先立てれているという共通点を持つ私達は、なにやかにやと世間話をしながら巡回します。
初老の男2人、毎日何を話す事があるのかと思われるでしょうね。でも私にとっては1日で最も楽しい時間です。
仕事を終えると西田さんはひとり自宅へ向かいます。誰も居ない冷たく暗い我家へ。
西田さんを見送り警備会社へ報告の電話を入れると次の巡回まですることもなく、詰め所でテレビを見て過ごします。
さっき西田さんが使ったお茶の茶わんが水きりに伏せてあるのを拭いて食器棚に仕舞い、ついでに煎餅の入った缶を出そうかとした時、
ふいに食器棚のガラスがかたかたと小刻みに震え出しました。ぎくりとして照明を振り仰ぐと、揺れています。地震です。
すぐに物音はガタガタと大きくなり体にも揺れが感じられました。
その場で凍り付いていると、やがて揺れは収まり、音も静まっていき、やがて何ごともなかったように静かになりました。
私は体に入った力を抜いてちゃぶ台の前に座りました。部屋の中を見渡すと壁や棚で幽かにモノの軋む音がしています。
震度を見ようとテレビを見ていましたが、いつまでも地震の情報は流れません。さして不信に思いもしなかったけれど、それでもざわざわとした落ち着かない気分は残っていた気がします。
この街では大昔に大きな地震があり、その折の火事で沢山人が死んでいるのです。その当時私は5歳かそこらで、夜中に親に背負われ避難した時の不安な感じを、今でもよく覚えています。
地震のあった後なので、学校内を見回る事にしました。窓でも外れていればそこから誰か侵入してこないとも限らないからです。
私の前任者のころ生徒が入り込んで校内で花火をしてぼやを起こした事があるという話を聞いていましたので。
私は作業用の外套を着て手袋をはめ、懐中電灯を手に部屋を出ました。
普通の家の茶の間と変わらない詰め所ですが、一歩出るとそこは暗く冷たい人間味のない空間です。
詰め所を出ると長く廊下が延びています。廊下を半ばまで行くと正面玄関がありホールになっていて、そこと廊下の突き当たりの2ケ所だけは常夜灯がつけられたままです。常夜灯といっても年代物の薄ぐらい白熱電球のついた照明で、その真下にぼんやり丸い光の溜まりが出来るくらいのものです。かえって周りの暗闇を強調しているような気がしたものです。
玄関ホールの少し手前でぎくりとしました。人影が角を曲がったのを目の端に捕らえたからです。
玄関の向かい側は大階段になっており、階段の両脇を回り込んで後に広い廊下が延びていて、大講堂へ繋がる渡り廊下まで続いています。
人陰を見たように思ったのはその階段の向こう側の廊下です。やはり地震で壊れた窓か通用口から人が入り込んだのです。
そう思った私は小走りに追い掛けました。廊下を曲がるとやはり人が居ました。渡り廊下に向かって歩いています。
三つ編みにセーラ服を着ています。またしても生徒が入り込んでるのです。
内心ほっとしました。凶暴そうな大男でも居た時には自分の方が危ないわけですし、逆に誰も居なかったらそれはそれでゾッとするでしょうし。
「おーい、ちょっと待ちなさい」
声をかけてみましたが、女生徒は無視してそのまま歩き続けます。
私が早足になると女生徒も走りだしました。追い掛けて私も走ります。
走りながら少し不信に感じたのは、女生徒がセーラ服の下にズボンを履いている事です。いえ、ズボンと言うよりモンペですね。こんな格好、今時のお嬢さんがするものでしょうか?暗い廊下に足音が反響します。
女学生は渡り廊下の手前の角をバタバタと足音をけたたましくたてて曲がりました。
そこは納戸に向かう短い廊下で行き止まりです。
追い詰めたと思い廊下を曲がると、納戸の半空きの扉から彼女の階段をかけおりる足音が聞こえています。なぜか納戸の施錠がされていなかったため、女学生が駆け込んだようです。
納戸を開けるとすぐ入り口の電気を付けました。
しかしそこには入り口から数段階段があるだけでその先はコンクリートの床です。
狭い納戸には誰も居らず、ただ虚ろに階段をかけ降りる足音が響いていました。
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