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私が通った中学は海峡に面した浜辺にあった。産業道路を挟んで向いには広いグラウンドがあり、その先には戦後間もなくにあった大火の犠牲者を弔うための慰霊堂がある。
大火の時は海を目指して逃げて来た人たちが熱風で水際に追い詰められ溺死したり、炎のつむじ風にまかれ焼死し、当時空き地だったこのグラウンドに死体が累々と並べられたそうだ。
校舎は鉄筋コンクリートの地上3階建てで、左右と中央に階段があった。この中央階段1階の裏が校庭への出口になっていて、簡単な道具箱が置いてありテニス部だった私はここをラケット置き場に使っていた。
この階段の裏側には不思議な事に更に下へ続く階段があった。テニスボールを落とした時などはテニス部の誰も拾いに行こうとはしなかった。それでもこの場所をたまり場にする生徒は多かったと思う。
この階段を降りた同級生から聞いた話。
隆英が覗き込むと階段は数段あってその先は濡れたコンリートの床に見える。イズミと理恵子が「止めなよ」と止めるなか、ポーンと飛び下りる。と、床と思っていたところは水面で、派手な水しぶきがあがった。危うくバランスをとって転ばずにはすんだが、水の底はヌルリととして足が沈み気色が悪い。深さは臍より上、胸より下くらい。
隆英は上にいる力丸に懐中電燈をもって降りてくるように促すと、すぐに飛び込んで来たのは意外に森尾だった。森尾という男はいつも斜に構えて髪一本乱れたところを見た事がない。こんな探検など子供っぽいと冷笑していた。上でイズミが森尾に戻るよう不満げな声をあげている。森尾は涼しい顔で懐中電灯をつけると隆英に渡した。先に行けと言うのだ。試されてるような気がして少し腹が立った。隆英も何てことない様子で周りを照らした。周りはブロックで出来ていて先は暗くて見えない。隆英は力丸にもう一度「こいよ!」と声を掛けると懐中電灯をタオルで頭にくくりつけ泳ぎはじめた。力丸の方を見た時眉間にしわを寄せているイズミが見えた。
この地下道がどんなに長くても校舎の端までだろう。たいした事はない。隆英が泳ぎはじめると森尾も泳ぎはじめ、少し間をおいて力丸の飛び込む音とバシャバシャと水を蹴る音が聞こえた。
ブロックで出来た地下道がは音が変な風に響く。森尾なのか力丸なのか荒い息が隆英の耳もとで聞こえる。
服を着たまま泳ぐのは大変疲れる。そろそろ足がつきたかったが、あのドロッとした底の感触が嫌で泳ぎ続けた。水は海水なので体が浮くからなんとかなった。
森尾が「もう校舎の端にきてないか?」と言った。気配があった方と逆隣にいたので少し驚く。
隆英も不信に思っていた。この地下道は校舎の外に出ているようだ。隆英は「お前達は引き返していいぞ」と言ってみた。森尾の顔は見えないが「ふん」と言ったのが聞こえた。
「おおおおお。おおおおお。」力丸がふざけて変な声を出す。「うるせーぞ!」と言ってから、それでも隆英は感心していた。力丸は口ばっかのビビリなので付いて来ないのではと内心思っていたのだ。
先に幽かな光がある。やっと通路の端に着いた。嫌な泥の中に足をおろすと懐中電灯に照らされた壁に錆だらけの梯子が取り付けられている。それを登る時、隆英は心底ほっとしていた。登り切った頭上の幽かに外の光が漏れている重い蓋を持ち上げると、明るい太陽の光と爽やかな空気が入って来た。
外に出るとそこは慰霊堂の横に建てられた慰霊碑のまん前だった。馴染みの風景に安堵しながら登ってくる森尾に手を貸した。
しかしその後に力丸はなかなか現れない。呼び掛けても返事も聞こえない。怖くなって引き返したのか?しかし、一人で引き返す方が怖くはないか?溺れたのではないか?と思うと隆英は胸が締め付けられるような気がした。
森尾に先生を呼んでくるように言うと、隆英は一人で通路を戻る事にした。森尾が一緒に行くと行ったが、早く先生を呼んだ方がいいと説得して一人通路に降りた。
確かに光が見える直前まで力丸の荒い息が耳もとで聞こえていたはずだ。「おーい。力丸。ざけんなよ!」水の溜まった通路を照らすが力丸の姿はない。電燈を頭にくくりつけ、再度泳ぎはじめた。
暫くすると少し先から力丸の息が聞こえてきた。「力丸!」と声を掛けると「おおおおおお」とさっきと同じ声を出した。ふざけてなのか、怖じけづいたのか、力丸は一人通路を戻っていたのだ。
隆英は心配させられた分、力丸に腹が立った。力丸は隆英の少し先を泳いでいる。隆英は力丸を追いこそうとしたが中々追いつけない。隆英の方が力丸より泳ぎが上手いはずだった。しかし服を着たまま泳ぐということは生半可ではない。体が重く、ただひたすら出口を求めた。
やがて先に光が見えて来た。「隆英!」先生や理恵子が呼ぶ声が聞こえる。
やっと出口につくと重い体を引きずりあげ、先生や他の生徒の手を借りて校庭の入り口までいって水道の水を飲んだ。
石段に座り込んで肩で息をしながら目をあげると、全然疲れていない力丸が居る。
それも濡れていない。力丸は「悪い」といい、何やら言い訳をしている。
力丸は通路に降りて来なかったのだ。
隆英は力丸の後ろの森尾を見る。森尾はイズミに説教されていた。誰か他のやつが来たはずだが、森尾と隆英以外にそんな様子のやつは居ない。
落ち着いたところで森尾と隆英は2人で先生に保健室に連れていかれ、体操着に着替えてから職員室でたっぷり叱られた。
隆英は帰り道で森尾に確かめようかとも思ったがそれはやめた。
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