怪談

お前の後ろに何かいるぞ

人から聞いた怪談

[ リスト | 詳細 ]

昔、人から聞いた不思議な話を書き留めていこうと思う。
なるべく、本人の話した通りに書いている。
だから文中の”私”は、私に話してくれた本人のことです。
記事検索
検索

全1ページ

[1]

地下通路

私が通った中学は海峡に面した浜辺にあった。産業道路を挟んで向いには広いグラウンドがあり、その先には戦後間もなくにあった大火の犠牲者を弔うための慰霊堂がある。
大火の時は海を目指して逃げて来た人たちが熱風で水際に追い詰められ溺死したり、炎のつむじ風にまかれ焼死し、当時空き地だったこのグラウンドに死体が累々と並べられたそうだ。

校舎は鉄筋コンクリートの地上3階建てで、左右と中央に階段があった。この中央階段1階の裏が校庭への出口になっていて、簡単な道具箱が置いてありテニス部だった私はここをラケット置き場に使っていた。
この階段の裏側には不思議な事に更に下へ続く階段があった。テニスボールを落とした時などはテニス部の誰も拾いに行こうとはしなかった。それでもこの場所をたまり場にする生徒は多かったと思う。

この階段を降りた同級生から聞いた話。

隆英が覗き込むと階段は数段あってその先は濡れたコンリートの床に見える。イズミと理恵子が「止めなよ」と止めるなか、ポーンと飛び下りる。と、床と思っていたところは水面で、派手な水しぶきがあがった。危うくバランスをとって転ばずにはすんだが、水の底はヌルリととして足が沈み気色が悪い。深さは臍より上、胸より下くらい。
隆英は上にいる力丸に懐中電燈をもって降りてくるように促すと、すぐに飛び込んで来たのは意外に森尾だった。森尾という男はいつも斜に構えて髪一本乱れたところを見た事がない。こんな探検など子供っぽいと冷笑していた。上でイズミが森尾に戻るよう不満げな声をあげている。森尾は涼しい顔で懐中電灯をつけると隆英に渡した。先に行けと言うのだ。試されてるような気がして少し腹が立った。隆英も何てことない様子で周りを照らした。周りはブロックで出来ていて先は暗くて見えない。隆英は力丸にもう一度「こいよ!」と声を掛けると懐中電灯をタオルで頭にくくりつけ泳ぎはじめた。力丸の方を見た時眉間にしわを寄せているイズミが見えた。
この地下道がどんなに長くても校舎の端までだろう。たいした事はない。隆英が泳ぎはじめると森尾も泳ぎはじめ、少し間をおいて力丸の飛び込む音とバシャバシャと水を蹴る音が聞こえた。
ブロックで出来た地下道がは音が変な風に響く。森尾なのか力丸なのか荒い息が隆英の耳もとで聞こえる。

服を着たまま泳ぐのは大変疲れる。そろそろ足がつきたかったが、あのドロッとした底の感触が嫌で泳ぎ続けた。水は海水なので体が浮くからなんとかなった。
森尾が「もう校舎の端にきてないか?」と言った。気配があった方と逆隣にいたので少し驚く。
隆英も不信に思っていた。この地下道は校舎の外に出ているようだ。隆英は「お前達は引き返していいぞ」と言ってみた。森尾の顔は見えないが「ふん」と言ったのが聞こえた。
「おおおおお。おおおおお。」力丸がふざけて変な声を出す。「うるせーぞ!」と言ってから、それでも隆英は感心していた。力丸は口ばっかのビビリなので付いて来ないのではと内心思っていたのだ。

先に幽かな光がある。やっと通路の端に着いた。嫌な泥の中に足をおろすと懐中電灯に照らされた壁に錆だらけの梯子が取り付けられている。それを登る時、隆英は心底ほっとしていた。登り切った頭上の幽かに外の光が漏れている重い蓋を持ち上げると、明るい太陽の光と爽やかな空気が入って来た。
外に出るとそこは慰霊堂の横に建てられた慰霊碑のまん前だった。馴染みの風景に安堵しながら登ってくる森尾に手を貸した。

しかしその後に力丸はなかなか現れない。呼び掛けても返事も聞こえない。怖くなって引き返したのか?しかし、一人で引き返す方が怖くはないか?溺れたのではないか?と思うと隆英は胸が締め付けられるような気がした。
森尾に先生を呼んでくるように言うと、隆英は一人で通路を戻る事にした。森尾が一緒に行くと行ったが、早く先生を呼んだ方がいいと説得して一人通路に降りた。

確かに光が見える直前まで力丸の荒い息が耳もとで聞こえていたはずだ。「おーい。力丸。ざけんなよ!」水の溜まった通路を照らすが力丸の姿はない。電燈を頭にくくりつけ、再度泳ぎはじめた。
暫くすると少し先から力丸の息が聞こえてきた。「力丸!」と声を掛けると「おおおおおお」とさっきと同じ声を出した。ふざけてなのか、怖じけづいたのか、力丸は一人通路を戻っていたのだ。
隆英は心配させられた分、力丸に腹が立った。力丸は隆英の少し先を泳いでいる。隆英は力丸を追いこそうとしたが中々追いつけない。隆英の方が力丸より泳ぎが上手いはずだった。しかし服を着たまま泳ぐということは生半可ではない。体が重く、ただひたすら出口を求めた。

やがて先に光が見えて来た。「隆英!」先生や理恵子が呼ぶ声が聞こえる。
やっと出口につくと重い体を引きずりあげ、先生や他の生徒の手を借りて校庭の入り口までいって水道の水を飲んだ。
石段に座り込んで肩で息をしながら目をあげると、全然疲れていない力丸が居る。
それも濡れていない。力丸は「悪い」といい、何やら言い訳をしている。

力丸は通路に降りて来なかったのだ。

隆英は力丸の後ろの森尾を見る。森尾はイズミに説教されていた。誰か他のやつが来たはずだが、森尾と隆英以外にそんな様子のやつは居ない。
落ち着いたところで森尾と隆英は2人で先生に保健室に連れていかれ、体操着に着替えてから職員室でたっぷり叱られた。

隆英は帰り道で森尾に確かめようかとも思ったがそれはやめた。

凶相の家

家の形を空から見た時に五角形をしているのは縁起が悪いと言う話を聞いたことがあります。

私の友人の家は3叉路にあるため土地の形に合わせて一部ななめに切れる形で、まさに五角形をしていました。
そのせいか、この家には不思議な事がいろいろ起こります。
以前、その家に住む友人と電話で話していると急に電話の向こうで雑音がして友人が黙ってしまいました。
どうしたのか聞くと、突然家中の水道が一気に水を出し始めたといいます。彼女は一人留守番中であったのに。
またある時は、夜の玄関に白い影が立っていたそうです。彼女の家は廊下に電話が置いてあり、その先に曇りがラスのガラリ戸の玄関があります。夜更けに無言電話がつづいた時期があって、無言電話の時は必ず玄関のガラリ戸越しに白い人陰が揺れているのだそうです。
始めは悪戯だと思っていたけど、夜の曇りガラスの向こうにいる人陰は暗くに映る事に気がついてから、家族みんな夜更けの電話には出なくなったそうです。

そんな彼女の家で私が体験した話です。
年末か年始か忘れましたが、雪の薄く積っているシーズンでした。
その頃、彼女の家の縁側の雨戸を毎朝どんどんと叩く悪戯をされていました。
二人で犯人を確かめようと私は彼女の家に泊まりに行ました。
冬の遅い明け方、まだ真っ暗な内に起きると二人で雨戸の内側に座って犯人が来るのを待ちました。
夜明けの直前くらいの空が青みを帯びた感じのする頃、突然激しく雨戸が鳴りだしました。
がんがんがんがん。思いっきり叩かれ木戸は撓るほど振動しています。
正体を暴くつもりでいたのに、いざとなると怖さに圧倒され二人はその場で固まり、とても雨戸を開けて犯人と御対面なんて出来ません。
犯人は雨戸を叩くのを止めると、無言のままざっざっと靴音をさせて妙に整然と、軍隊の行進を思わせる感じで遠ざかっていきます。
靴音からみると人数も意外な程沢山なのが分かります。
私達は足音がすっかり遠ざかってから、おそるおそる雨戸を開けました。
庭の薄く積った雪の上に、複数の足跡があります。足跡を追って行くと家を廻り込んで
、ちょうど三叉路のところにあたる庭の端の尖った地形部分までつづいていました。
庭は高い塀で囲まれていて、ここを乗り越えたとは思いにくいけど、既に明るくなった周りに人は誰も居ません。
塀の下の開いてる部分から覗くと、そこの雪はまだ綺麗な新雪で足跡なんかありません。

残された足跡は子供のもののようで10センチを少しこえるくらいのモノでした。
でも、少し奇妙なのは足跡が妙に細長いことです。
ひょろ長い無数の足跡をみながら、どこかでまだ幽かに足音がつづいてるように感じていました。
この日以来は雨戸を叩かれることはなくなりましたが。

警備員の話

私が警備会社から派遣されたのは、幼稚園、中学、高校からなる伝統あるミッション系の女学園でした。
学園は瀟洒な洋館の校舎とセーラ服にブレザーという姿で、地元の少女達には人気があります。
1900年代始めに建てられた木造の校舎は幾つかの棟に別れ、宣教師館と呼ばれる建物は特に美しく、以前はファッション雑誌の撮影や映画の舞台として使われる事も多くあったそうです。

しかし、この少女達のあこがれの校舎も夜ともなれば薄暗くギシギシと鳴る板床の、なんとも心もとないものであります。
私の仕事は夜警、夜8時に全ての施錠を確認しながら巡回し、夜半に2度巡回、翌朝7時前に巡回をしてから正面玄関を開けます。 孤独で単調な日々です。
私がこの建物に活気ある昼の姿を見出せたのは、学園祭やテスト前等で学生さんや先生方が遅くまで残っている時くらいですね。
普段はこの大きな空間に私一人です。

晩秋のころのことです。学園内の木々は既に葉が落ちきり、虚しく枝だけが空に伸びていました。
その日もいつも通り8時に15分程早く学校に着くと、用務員の西田さんが暖かい詰め所でお茶を入れて迎えてくれました。
西田さんと私はお茶を飲んでから連れ立って校内の施錠に向かいます。まあ、大抵は西田さんが先に済ませてくれていますが。
歳も近く妻に先立てれているという共通点を持つ私達は、なにやかにやと世間話をしながら巡回します。
初老の男2人、毎日何を話す事があるのかと思われるでしょうね。でも私にとっては1日で最も楽しい時間です。
仕事を終えると西田さんはひとり自宅へ向かいます。誰も居ない冷たく暗い我家へ。

西田さんを見送り警備会社へ報告の電話を入れると次の巡回まですることもなく、詰め所でテレビを見て過ごします。
さっき西田さんが使ったお茶の茶わんが水きりに伏せてあるのを拭いて食器棚に仕舞い、ついでに煎餅の入った缶を出そうかとした時、
ふいに食器棚のガラスがかたかたと小刻みに震え出しました。ぎくりとして照明を振り仰ぐと、揺れています。地震です。
すぐに物音はガタガタと大きくなり体にも揺れが感じられました。
その場で凍り付いていると、やがて揺れは収まり、音も静まっていき、やがて何ごともなかったように静かになりました。

私は体に入った力を抜いてちゃぶ台の前に座りました。部屋の中を見渡すと壁や棚で幽かにモノの軋む音がしています。
震度を見ようとテレビを見ていましたが、いつまでも地震の情報は流れません。さして不信に思いもしなかったけれど、それでもざわざわとした落ち着かない気分は残っていた気がします。
この街では大昔に大きな地震があり、その折の火事で沢山人が死んでいるのです。その当時私は5歳かそこらで、夜中に親に背負われ避難した時の不安な感じを、今でもよく覚えています。

地震のあった後なので、学校内を見回る事にしました。窓でも外れていればそこから誰か侵入してこないとも限らないからです。
私の前任者のころ生徒が入り込んで校内で花火をしてぼやを起こした事があるという話を聞いていましたので。

私は作業用の外套を着て手袋をはめ、懐中電灯を手に部屋を出ました。
普通の家の茶の間と変わらない詰め所ですが、一歩出るとそこは暗く冷たい人間味のない空間です。
詰め所を出ると長く廊下が延びています。廊下を半ばまで行くと正面玄関がありホールになっていて、そこと廊下の突き当たりの2ケ所だけは常夜灯がつけられたままです。常夜灯といっても年代物の薄ぐらい白熱電球のついた照明で、その真下にぼんやり丸い光の溜まりが出来るくらいのものです。かえって周りの暗闇を強調しているような気がしたものです。

玄関ホールの少し手前でぎくりとしました。人影が角を曲がったのを目の端に捕らえたからです。
玄関の向かい側は大階段になっており、階段の両脇を回り込んで後に広い廊下が延びていて、大講堂へ繋がる渡り廊下まで続いています。
人陰を見たように思ったのはその階段の向こう側の廊下です。やはり地震で壊れた窓か通用口から人が入り込んだのです。
そう思った私は小走りに追い掛けました。廊下を曲がるとやはり人が居ました。渡り廊下に向かって歩いています。
三つ編みにセーラ服を着ています。またしても生徒が入り込んでるのです。
内心ほっとしました。凶暴そうな大男でも居た時には自分の方が危ないわけですし、逆に誰も居なかったらそれはそれでゾッとするでしょうし。
「おーい、ちょっと待ちなさい」
声をかけてみましたが、女生徒は無視してそのまま歩き続けます。
私が早足になると女生徒も走りだしました。追い掛けて私も走ります。
走りながら少し不信に感じたのは、女生徒がセーラ服の下にズボンを履いている事です。いえ、ズボンと言うよりモンペですね。こんな格好、今時のお嬢さんがするものでしょうか?暗い廊下に足音が反響します。
女学生は渡り廊下の手前の角をバタバタと足音をけたたましくたてて曲がりました。
そこは納戸に向かう短い廊下で行き止まりです。
追い詰めたと思い廊下を曲がると、納戸の半空きの扉から彼女の階段をかけおりる足音が聞こえています。なぜか納戸の施錠がされていなかったため、女学生が駆け込んだようです。
納戸を開けるとすぐ入り口の電気を付けました。
しかしそこには入り口から数段階段があるだけでその先はコンクリートの床です。
狭い納戸には誰も居らず、ただ虚ろに階段をかけ降りる足音が響いていました。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事