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…と言っても、私自身の事では無いのですが。 本日、昔の職場である洋服屋の同僚が退職した。 彼は、私よりも3つ年下で、入社は私よりも遅いけど… 店を建て始める頃から洋服屋の社長と知り合いになった。 初めは社長の飲み友達だったけど… 店に必要な存在と説得されて、飲食業から鞍替えして洋服屋に入社してきた。 彼の入社は店にはモチロン、私の支えになったけど… 同時に、毎日のように社長と対立する結果にもなった。 社長も彼もオトコのA型だから、何事にも細かく、自己主張が激しく、自信を持って自分が正しいと思っている。 間に挟まれた私はオンナのO型だから、とにかく面倒な事が嫌いで、毎日のように彼らの板挟みになってる事が辛かった。 でも、私は既に洋服屋を辞める事を目論んでいたから… 彼と社長の自己主張をいかに店に反映させるか。 そして。 彼が洋服屋の次期店長として定着していくように、板挟みになりながらも彼らの“潤滑油”として存在していた。 全部がイヤな事ばかりぢゃなかったけど… 笑顔が長続きする事はあまり多くはなく、いがみ合ったり、文句を言ったり聞いたり、そんな毎日だった。 でも。 彼が洋服屋に来てくれたからこそ、時間が掛かったが私はようやく退職する事が出来た。 有る意味、あの洋服屋に新しい“生け贄”になったのが、彼だった。 決して景気は上向きではないし、華々しく見える洋服業界が実は恵まれた環境でないし。 ナニよりも、ワンマン方針の社長の下で働いていく事が大変なのは、“飲み友達の時”では分からなかった事だっただろう。 そして。 洋服屋の内部に入り込んだ彼が、どんなに大変な想いをしながら新しい店作りをしてきたか… 私はソレを知るのが怖くて、退職してから1年ほどは店に立ち寄る事はモチロン、連絡すら出来なかった。 私が辞めてからも店が繁栄してきたのは、彼の努力の賜物だろう。 ニーズに合わせて、ガチガチのアメカジから脱却し、でも時代に媚びる事をしないでアノ洋服屋は生き続けてきた。 私にとって苦手なA型男性だし、3つも年下だけど、私はアノ洋服屋を生かし続けてきた彼を尊敬している。 また。 12年間働いていた私が洋服屋を辞める事が出来たのは彼のお陰なのは確かな事で、今でも感謝している。 そして。 私に大切なコトバを教えてくれたのも、彼だった。 「何事にもテキトーですよ」 テキトーとは、決して“ちゃらんぽらん”な事ではないし、物事を途中で投げ出すワケでもない。 テキトーとは『適して当たる』と書いて『適当』となる。 「何事も、むやみやたらに動き回るのではなく、最小限の動きで『適して当てて』いけばいいんですよ」 「ソレは仕事だけぢゃなく、人生そのものでもテキトーですよ」 今はしがないパートの身分なのに、売上のために無心で商品出しをし、全力で接客をしている。 そして。 20代で鬱病を経験し、今でも考え過ぎて煮詰まってしまう。 そんな四十路の私にとって… 『何事にもテキトーに』と言うコトバは、自分の心身に言い聞かせるための呪文になってます。 コトバをくれてありがとう、同僚。 そして。 “生け贄”になってくれて、ホントにお疲れ様です。 時代に逆行するかのような存在のアノ洋服屋は、新しい“生け贄”の後輩達が社長をテキトーにあしらいながら育ててくれるでしょう。 貴方は新しい道を歩むために、どうかテキトーに突き進んでください。 私も残り少ない時間を後悔なく、息絶えるまでテキトーに生けるようにしていきます。 写真は、テキトーにひなたぼっこをするネコの図 |
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