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放置してたままですが。
書かなきゃいけん事なので… 2014年8月17日。 12年間お世話になってた洋服屋が、 20年の歴史を背負ってクローズしました。 単純に言えば『居所が無くなった』のです。 酸いも甘いも。 好きも嫌いも。 そして。 人間としての強さと弱さを味わせてもらって。 ‥からの、 喜怒哀楽を学ばせて貰えた所です。 でも。 単純に… 私の『身体の軸』となる『アメカジは生き様』 その原点 を育ててくれた… 言わば『生き方の育ての親方』です。 アメリカン・カジュアル、しかり。 そこから派生した… ネイティブアメリカンのアクセサリー、しかり。 やはり。 ココで学ばなければ、今の私の『生きる軸』が無いかと思われます。 でも。 その『軸となるモノ』で幾度となく心身共に闘う事が有って… それこそ。 『世の中で生きていく事とは?』 を教えてもらった『修行の場所』でも在りました。 私、熟女にはなりましたが… 腐っても『サービス業のプライド』を育てられました。 そして。 サービス業で生きてるためが『人間として生きてくために、素晴らしくカッコイイ価値』として見出だすを教えてもらいました。 カネよりも、生き様だよ。 60歳で死ぬために。 あの場所で生きてたのは… 良くも、 悪くも、 私にとっては『荒修行』だったワケです(笑) クローズする事。 正直悔しいです。 正直寂しいです。 でも。 私の精神を保つために、 お店を辞めたの事。 私にとっては、賢明な事だと思うのですよ… だから、ね。 みんな、ごめんね。 だからこそ。 今は、憎しむ事もなく。 ただ笑いながらお酒を呑める。 そんな仲を築けるような… 『闘った後はノーサイド』的な仲として。 そー言う関係性を。 数年後には死ぬであろう、これから先の事を。 ストレスが溜まらなく。 クソみたいな忌々しい思い出、笑えるように… そして。 好き勝手にバカみたいに毎日笑ってた日々の思い出として… そんなように思える時まで。 でも。 思わなくても… 無意識に味わえてるのを忘れないためにも。 そして。 そんな関係性を作るためにも… 私は、このお店を『生き様の居場所』として生きていこうなか、とね。 まあ。 昨日の事を忘れる人間なので。 12年とか。 20年とか。 即行忘れそうなんだけどね、いやマジで。 みんな、ごめんね(苦笑) そのためにも… このblogは生かしておこうと思います。 |
日常の特別な事
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このblogが抹殺されてなかった事を有り難く思いながら… blogもそーでしたが。 持ち主の私も腐りかけてます(汗) でも、ほら。 『肉は腐りかける方が旨味が増す』と言われますし。 だって、ほら。 今の流行りで『熟女』とかって、『熟れてる ≒ 腐り始めの手前』みたいな意味でしょ? (かなりの失言) でも、ねぇ。 自分で『熟女』と自虐的に言えてる方が、まだマシで。 今の流行りの『美魔女』とか言わないだけ、腐りかけていながらも、まだまだまともなアタマなんですよ、きっと(笑) 今でもプヲタでございます。 かろうじて、まだ人妻です。 そして。 本日で、バカボンのパパと同い年になりました♪ おめでとうございます。 ありがとうございます。 ですので。 タイトルは、バカボンのパパのような感じで音読してください。 『私、永遠の二十歳なの♪』と痛々しい事は申しません。 2回目の成人式を去年迎えて、楽しい熟女ライフを送っております。 でも、ですよ。 やはり、子供の頃に見ていたマンガの主人公と同い年になると、色んな意味で「歳を取った」と思います。 しかも。 私の誕生日は、上半期の最後の日。 明日になれば、夏本番!! …と言うよりも。 「今年も半分終わっちゃったよー」と半分反省し。 さらに。 誕生日が、誕生月の最後の日って、ナニか損をしているよーな。 誕生日前の29日間を、果たした「今月、私の誕生月なんです♪」と言い切って良いものかしら? なんて疑問を抱きつつ、いつの間にか誕生日になっちゃってるんですよねぇ(遠い目) で、です。 そんなグズグズな熟女な私なのですが、今年もプロレスの神様は見捨てておりませんでした!! 去年は、DDTプロレス @ 新木場 を。 そして。 今年は、大日本プロレス @ 後楽園 を。 こんなプヲタな熟女にプレゼントしてくれました♪ 有り難き幸せでございます(感涙) 15年位前は、生きる事に興味を無くしてた私でしたが… 今では、プロレスの未来を少しでも長く観ていきたい。 15年後はモチロン、還暦を迎えるまで生きる事を許して貰えるのならば、生きてるうちはプロレスをナマで観ていたい。 そのように、生きる糧を見つけて、一日一日を“光陰矢の如く”で過ごしております。 あとは。 毎年恒例の夏バテに加えて、春先の風邪で体調不良になりつつも、『二郎系ラーメン』にハマってしまいました(笑) て言っても。 毎日のようには食べてませんよ(汗)!! 週イチ、多い時には2〜3回かなぁ。 …て、多いですよね(爆) とてもプロレス観戦日記が書ける習性ではないようなので( ≒ ダメ人間) 食べた『二郎系ラーメン』をご報告していくblogにしようかと、今更ながらに路線変更していこうかと目論んでおります。 ( ̄ω ̄;) そんなプヲタでメタボが不安な熟女ですが、とりあえず生きております。 細々ですが、ココでまた生息しようとしているのは、最新のスマホに機種変してネットがサクサク見れるから♪ …と言うのは、内緒の話で(笑) これから改めてよろしくお願いいたします。 (何度目の挨拶?) 写真は。 今日“お誕生日プレゼント”として喰らい付いた『ラーメン大 池袋店』の『小ラーメン+味玉』に、恐ろしい呪文を唱えてしまいました。 ソレは『野菜増し増し』!! (´□`;) キャーーーーッ!! 二郎系ラーメンの中では『野菜増し』でもかなりのボリュームの『ラーメン大』なのに… ナニをとち狂ったか昨晩から体調調節して、誕生日記念と称して『野菜増し増し』を頼んでしまいました(笑) 後ろの“メタボの友達”『トクホ系炭酸飲料』はモチロン、粗びきコショウの容器すらも隠れる勢い(爆) 「満腹中枢は20分後に反応してくる」と言う医学的証言に基づいて、20分ジャストに完食しときましたが、ナニか? てか。 基本的にはスープは飲みませんので、安心してください。 (誰が?) |
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今日は昭和記念公園に、時期的にギリギリな紅葉を観に行けたね。
キミと同じ色の紅葉は、気候的に既に落ち葉になって、しかも枯れ果てていたけれど。 丘の上の紅葉は、かろうじてまだキレイな落ち葉が残って… 改めて、キミの色がとてもキレイな事に気付いたよ。 なるべくキミを傷付けないように、常にケアしていくよ。 モチロン、世間の汚れにまみれないようにもしてあげるさ。 今日はまだ2日目だけど、アウトドアブーツとしてたくさん歩いたね。 もう既に私に馴染んでくれたよね。 いつまでも、どこまでも、歩いて行けそうな、そんな気がしたよ。 そんなウキウキしたキモチで、素晴らしい発見もしたね。 水の中の落ち葉は、まるで時が止まっているかの如く… 落ち葉が色褪せずに漂っていて、とてもキレイで幻想的だったね。 でもね。 私が今日、ホントに楽しみにしてた事。 ソレは、イチョウ並木の『黄葉』の、その落ち葉の絨毯。 ナゼだと思う? ほら、やっぱり♪ キミの色のは、黄葉によく似合ってた。 でも、ナゼ『落ち葉の絨毯』だと思う? ソレは、キミが1mも空中に浮かぶ事が出来ないでしょ。 だから。 キミは、高い所に有るモノと出会う事はほぼ不可能でしょ? でも、キミに似合うモノが世の中にはたくさん有るハズ。 その1つが、イチョウの黄葉だと思った。 だからね。 イチョウ並木の落ち葉の絨毯をキミに踏んで欲しかったんだよね♪ 今日もステキな思い出が出来たさ。 ありがと。 あ、そうだ。 『キミに似合うモノが世の中にはたくさん有る』とは思ってるけど… 私は、キミにとって一番似合うオンナであり続けるよ。 そう約束するさ。 |
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おぉ。
前回は中三日で、今回は中四日。 だんだん更新が遠退きそうぢゃないか? しかも。 最近やっと登録したTwitterで、ヒマさえ有ればプロレス情報ばかり探してるんだってな。 まぁ。 Twitterでも呟かずに、専ら覗き見だけだそうだが(ニヤニヤ) そうやってTwitterばかりに時間を使いやがって、そのうちBLOGをたま放置していくんだろうな。 いやいやいやいや。 もう放置しないように努めますって!! コメント返しもガンバりますから、もう少し生温かく見守ってくださいまし(土下座) 昨日の我が街は、台風一過で清々しい強風でした。 梅雨の合間の晴天も有り、かなりキモチイィ〜♪ が、しかし。 街の隅っこに目を向けると… 台風で闘い疲れたビニール傘の群れ。 コレって、親切な方がまとめてくれてるみたいですが… 明らかに、台風の時に即行壊れて → そのまま道端に捨てた。 そんな感じぢゃないですか? 台風は風が強いって、バカでも分かるんだから… 台風の最中に簡素なビニール傘を使うのは、もっとバカ。 「アナウンサーみたいに雨合羽を使え!!」 …とは言いませんが。 せめて、骨組みの強い傘や、強風にも対応出来る傘を使うべきだと思います。 日本での傘の年間消費量は、とうとう日本の人口と同じくらいの本数になった、とか。 そのうちの大半がビニール傘、とか。 それを踏まえて冷静に考えると… 手軽に買えるビニール傘は、台風の最中では一瞬で使い物にならなくなり。 自分の家に持ち帰らずに、勝手に道路に捨てていき。 翌日は、見知らぬ方々が無償で片付けて。 数日後には、燃やせないゴミに収集されて。 十数年後には満杯になる埋め立て地に、ビニール傘の骨組みが貯められていく。 そんなんで、日本は大丈夫なの? もう5年も前の話ですが、私が見つけたステキな傘の話のBLOGです。 http://m.blogs.yahoo.co.jp/donzo2015/33524766.html 『Evereon』と言う、骨組みが折れにくいビニール傘です。 「はぁ? やっぱりビニール傘ぢゃん!!」 て思われますでしょうが(苦笑) この5年もの間で、かなりの進化を遂げてます。 子供用の小さいモノに、男性用の大きめのモノ。 骨組みのカラーも豊富になり、ビニールの柄も多種多様。 しかも。 骨組みよりも消耗や劣化が早いビニールは、取り替えが出来るように単品販売されてます。 イベント販売や通販の印象が強いEvereonですが、いつの間にか渋谷にお店が出来ておりました!! 実は、2年ほど前。 ご主人様に貸したお気に入りの傘。 そのまま、ドコかで無くされてしまいまして orz この2年間、ちゃんとした傘を持ってなかったんですよ(笑) で、先日。 やっとこさ渋谷まで行き、新たなるお気に入りの傘を見つけました♪ 直営店のみの販売になりますが(汗) 骨組みが2色になってるんです♪ どうやら、直営店のみですが… 毎月ごとに、限定のオリジナル傘を販売したり。 クリスマスでは、自分のオリジナル傘を骨組みから作る事が出来るそうなんです。 最後に。 もう3年も前の記事ですが、このEvereonの製作者の方のインタビューが有りますので、是非とも読んでみてください。 http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090205/130111/?ST=mobile 放射能の事。 TPP問題の事。 その他の環境問題も含めて、なんかおかしいと思えばデモがすぐに起こせる昨今。 ビニール傘の販売自粛も訴えた方が良いかと思うのは、100円ショップで働いているせいでしょうかね? まぁ。 どうせ捨ててしまうのならば… 最期はプロレスの乱闘での凶器に使ってあげればいいのにねぇ。 |
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約1ヶ月間も放置しちゃってました(汗)
でも。
このBLOG、まだ生かしておいても良かですか?
前回の日記には、再パート就職の話をさせて頂きました。
仕事ぶりの話は、今日はさておき。
今日の日記は、私の人生はモチロン・・・
日本にとっても初めての出来事だった、アノ東日本大震災の日の事を。
何でかって言うと。
今日は震災で他界された方々の“四十九日”だからです。
てか。
この事を書いておかないと、自分自身もなかなか前に進めまいような気がしたからです。
あの日もパートでした。
家から歩いて10分もしない所に、パート先の雑貨屋は在ります。
そこは、以前から紹介していた“激安商店街”の一角に在るのですが・・・
その“激安商店街”は、ちょこっと古いアーケードになってます。
朝イチから店長と働いていたのですが、
14時には、もう一人アルバイトの方が出勤してきて、入れ替わりに店長が出かける事になります。
2階建てのお店で、まだ入社1ヶ月も経たない私は1階のレジに居ました。
ホントいつも通り、レジの仕事をしながら、お客様の対応をしていました。
たまたまレジカウンターから出ていた時です。
立ち仕事ではよく有る“立ちくらみ”にも似た感覚の揺れを感じたのですが…
ソレは、店内の誰もが感じ始めた様子でした。
そして、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴーーと、まるで地下鉄が走ったような足元の振動を感じたのは、たった数秒間の出来事で。
次に起こったのは、お店自体が上に跳ね上がったような感覚。
そして、地面が大きく円を描きながら、いつまでもいつまでも揺れていました。
ソレは、まるで何かのアトラクションかのような。
いつまでも終わらない大きな揺れ。
カラダでは大きな揺れを感じで、何をどうして良いのか分からず。
でも。
アタマでは、とても現実的な事には思えず、まるで夢を見ているかの錯覚も起こしつつありました。
そんな感じに陥ってたのは、たぶんほんの一瞬の事かと思われます。
雑貨屋のお店には、食器類も多数取り扱いをしております。
店内には、入口から奥へと縦に通路が2本存在しています。
レジに対面してない奥の通路の左右に設置してある、あらゆる食器が床に落ちる音を聞いた瞬間、
私は無意識に“店員としての責任”を背負いながらの言動をしておりました。
メチャメチャ怖かったです。
でも。
ドコにも逃げ出せなかったんです。
だって。
この商店街はアーケードなので・・・
「もし店が潰れる程の大地震ならば、きっとアーケードの屋根も落ちてくる」
そう思ったからです。
ならば。
店内に居るお客様がヘタに外に飛び出されて、
アーケード内の落下物で怪我か、それ以上のナニかが生じてしまう事は避けようと判断しました。
だからといって。
店内の落下してくる食器で怪我をされたら、ソレはソレで問題です。
レジ側の通路は、幸い割れ物の商品は無かったので、
「こちらに来てください。外には飛び出さないでください。」
そう叫びながら、1階のお客様をレジ前に集めて、
何秒か、あるいは何分か、“店内でお客様が怪我をしない”ように促してました。
コレ以上の揺れが起こった場合の事をとっさに考えて・・・
食器側へと抜ける、レジ目の前の横の通路に立って、
私は食器棚に背を向けながら・・・
お客様をヘタに動かさないようにしたと同時に、食器の飛散がお客様に行かないようにようにしてました。
店外の通行人には、落下物の危険性を訴えて、
上を注意しながらも、必要ならば店内に“避難”する事を促しました。
ソレが正しいのか、今でも分かりませんが・・・
万が一より大きな揺れに対して、看板やアーケードの屋根が落ちてきて、
怪我以上のナニかが生じてしまうよりかは、まだマシかと思ったからです。
1人だけ。
中学生っぽい女の子が、
お店の2階から全速力で駆け下りてきて、店外に逃げて行ったのには、正直焦りました。
彼女自身が怪我したら大変だし。
飛び出した彼女が、勢いで誰かと激突してしまったら、もっと大変だし。
ソレよりも。
彼女のお母さんらしき人が私の目の前で「●●!!」と叫んでいたので、
コレ以上の何かが起きた時に、明らかに“家族と離れ離れになってしまう”事が予想できたからです。
あと。
天井から蛍光灯が割れて落ちて来る事も、想像しました。
プロレスのデスマッチも大好きな私ですので・・・
フード付きジャケットを着ていた方に「フードを被った方が良いですよ」と言いながら、
私がその方のフードを被せてました。
まぁ。
そうは言ってても「自分は被るモノが無いなぁ」なんて、一瞬思っちゃったりしたんですけどね(苦笑)
すごく長い時間を過ごしたと、そう思ってます。
現実とは思えない揺れが収まった後。
買い物途中の方々が、現実を取り戻すかのように慌てて会計を済ませていくワケです。
言葉では“落ち着いた誘導”が出来ていたのかもしれませんが・・・
いざレジ打ちをすると、足元は震えているし、指先はこわばっているし。
レジ作業をしていながらも・・・
「なんでこんな凄い地震を経験した後に、普通に買い物が出来るんだろか?」
と、レジ打ちをしながらも、正直不思議がってました。
2階の事をすっかり忘れてしまっていたのですが・・・
もう一人のアルバイトの方は私よりも一回り以上も年下なのに、
冷静にお客様誘導しながら、1階へと一緒に降りて来たのには、ただただ尊敬しました。
そして。
数分後に、用事から戻ってきた店長が、
商品の事よりも、お客様とスタッフの事を気にかけてくれてました。
改めてお店の中を見渡すと、食器の大半が床に落ちてました。
2階の商品は、食器以上に軽いモノばかりばので、1階以上に散乱してました。
店を一回閉店して、会社の本社と、そして、家族へ連絡してても、繋がる事は無く。
次の瞬間。
我が家(ご主人様の実家)の状況が心配になりました。
なにせ、築何十年の木造2階建て住宅ですし。
それよりも、なによりも。
ソコに住んでいる、ご主人様のご両親の安否が心配になりました。
実はパートでの仕事終了が15時だったのですが、震災が14時46分頃でして。
その後、お店の片付けが必要になったのはしょうがないにせよ、
家の事が心配になり、店長に事情を話して、一度家に帰らせてもらいました。
走って商店街を抜けて、最寄り駅に出ると・・・
ちょこっとしたロータリーに避難してきた方々が何十人か居たと同時に、
近くの交番の警察官が混乱防止に誘導してました。
警察官の1人に地震の事を尋ねたら「東北の方で、震度7らしいよ」との事。
ますます老朽化している我が家の事が心配で、慌てて戻りました。
密集した下町の住宅街の路地を入り込み、戻ってきた我が家。
外見は全く問題なかったです。
ただ。
お隣の家の瓦が落ちていたり、
周辺の住民の方々が、色々と安全確保をしていたり。
“家に居た人達の被災”は、“仕事中の被災”よりも心身共にダメージが大きい事を感じました。
家に戻ると、お義母さんの顔がこわばっていたのが、すぐに分かりました。
お義父さんは体調不良で寝込んでいたので、
お義母さんは事実上“独り”でどうして良いか、とても怖いをしたハズです。
お義母さんの不安を無くすためにも、元気良く声をかけ。
幸い、家はナニも不都合が無かったように見えましたが、
念のため、我が家(家の2階の1部屋)の状況を確認し、
そして。
実兄の奥さん(お義姉さん)のご実家が心配になり、
でも
「今は絶対に日本国内は電話が繋がりにくい」と思ったんです。
その時は『災害緊急伝言板』の使用方法は知らなくって、
当然、ご主人様への携帯電話にも繋がらなかったじょうたいでした。
時差でアメリカは夜中なのは分かっていましたが・・・
仕事先に戻らなければならない事を考えると、即座に実兄に“日本の緊急事態”を伝えるべきだと思いました。
日本国内(特に東日本から以北)は電話が不通でしたが、
日本から海外に電話するには、普段通りに掛かりまして。
案の定、夜中で就寝中の実兄の家族。
お義姉さんが“こんな夜中に、どうしたの?”的な雰囲気が、受話器の先からも伝わってきている矢先。
今度は、茨城県近くの大地震が起きました。
たまたま1階でお義母さんと一緒に居たので・・・
ダイニングテーブルの下に潜り込みながら、お義姉さんに“日本の事情説明”をしました。
電話しながらの“被災”なので、どのくらいの大きさの地震かは分からなくなってましたが、
お店で受けた揺れとは全く異なる、下からの突き上げが激しかった揺れだと覚えてます。
いつまでも家に居る事が、どうしても出来なかったワケで。
お義母さんに
「これからもっと大きな揺れが起きたら、近所の方々に助けを求めてください」
と、無責任にも近い話をして。
同時に。
近所の方々にも
「●●(苗字)です。ナニか有りましたら、両親をお願いできますでしょうか?」
「私は商店街の店で働いていまして、片づけでどうしても戻らなくてはなりません。」
と、なりふり構わずにお願いしてました。
30分くらいの帰宅で、後ろ髪を引かれる思いでしたが・・・
お店の片付けは、まず最初に必要な事でしたし。
ソレよりも、ナニよりも。
余震で更なる被害が起こるのでは?
明日からの営業はどうなるのか?
そんな事も心配になり、お店に急いで戻りました。
でも。
片付けよりも、まずは店長とアルバイトの方と“現実を取り戻すため”の会話を長い時間していて。
近所のお店の方や、運送会社の方や、系列店の方が、心配して来てくれて。
店を片付けて、営業をせずに、この日は19時頃に帰ることになりました。
ご主人様は、その日。
企業向けのイベント当日で、参加者の方々の避難誘導が大変だったそうです。
仕事中は連絡がつきにくいご主人様。
加えて、通信制限がされているので、2時間くらいは全く連絡がとれず。
でも。
「便りが無いのは、元気な証拠」と、勝手に思い込んで(苦笑)
私の方から、出来る限りの通信手段を駆使してました。
電話で声を聞く事は出来ませんでしたが・・・
同じ携帯電話会社の緊急連絡を使って、お互いの安否確認が出来た時は、ホント嬉しかったです。
結局。
イベント会場からの撤収をしたり、
公共交通手段の全面的な運休でしたり、
帰宅困難者が無謀にもレンタカーを借りて帰宅しようと、バカな行動したり、
そんなこんなで。
仕事でホントにクルマが必要で行動していたご主人様は、震災当日は帰って来れず。
次の日も、ご主人様は仕事で帰って来れず。
震災後、2日経ってから、帰宅出来る事となったご主人様。
駅まで迎えに行ったのですが・・・
ご主人様の顔を見た時に、緊張の糸が切れてしまって、
公衆の面前にも関わらず、号泣しながらもご主人様に抱き付いてしまいました。
あと。
お義姉さんのご実家のご両親も、何事も無く震災を免れていたそうです。
ですので。
我が家は全員無事でした。
だので。
せっかく無事なんですから、これからはキモチを改めてBLOGを続けていこうと思いました。
いや、マジで。
そんなこんなで。
長々ダラダラと書き続けてみましたが・・・
人生で初めて、そして、日本で初めての、あんな大きな地震の事を“記録”として留めておきました。
写真は。
震災からやく1ヶ月経っても、食べる事が出来なかった、大好物の納豆。
“買い占めは辞めよう”とか。
“物資が不足している”とか。
そんな状況の象徴的存在になってましたね。
だので。
つい最近、やっと納豆が喰えた時は、ホントに涙が出そうになりました、いやマジで。
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