社会学っぽい話

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さて、私たち個人はそれぞれ別の存在です。

それぞれ異なる主体としてこの社会の中で行動しています。


そして、その際に私たちは自分の利益を最大化するために行動します。

ここで不思議に思われたことはないでしょうか。


すべての人が自分の利益にだけ関心を払って行動するなら、ホッブスが言うところの「万人の万人に対する戦い」が出現してくるはずなのに、私たちの社会はそうなっていない。

むしろ、社会は一定の秩序を持って運行されています。人々が自分の望むものを最大限獲得できるようにするように動いているはずなのに社会には秩序がある。


これはなぜだろう?


これが社会学で秩序問題と呼ばれている問題関心です。


個人が主体として自由に行動しているにもかかわらず、社会が破綻せずに秩序を保ってられるのはなぜなのか。

この問題への回答に苦心した理論家に、T.パーソンズがあげられます。

非常におおざっぱに言うと、彼の議論は、


人々が自分の望んでいるものを求めているのに、それが闘争状態に至らないのは、人々の望んでいるものが似ているからだ。という結論になります。

すなわち、「人々が望むモノ」の段階である程度の共通性があることによって、行為者同士の相互作用が可能になり、社会が可能になるという風に考えたんですね。





この考え方は、全体社会の統合という観点で用いていますので、「価値による統合」という観点に重点がありすぎるということで批判されてはいますが、

一方で、この価値による相互行為の可能性(コミュニケーションの可能性)は現在でも社会学において重要なファクターであり続けているように思います。

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はじめまして。

興味深い問題ですね。

最近は、政治学・憲法学の分野でも、ホッブスの自然状態に対して、懐疑的な態度が主流のような気がします。

>「人々の望んでいるものが似ている」・・・なるほど。

カントに言わせれば、人はア・プリオリに存在する道徳律に自律的に従っているというところでしょうか。

2007/9/20(木) 午後 11:54 [ derecho ]

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