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2019-08-25 08:00:00NEW !
テーマ:中国と朝鮮
中国人の出鱈目さは、物凄いね、
 
何しろ桁が違う。
 
一度に捕まった人数が366人。
 
 
んで、そのうちの27人は、入国の処理もされてないし、犯罪履歴もあるみたいなんだよね。
 
つまり密入国って事かな。
 
ーーーーーーーーーーーーーー
366人の中国人がバベットで逮捕
20190822
https://cne.wtf/2019/08/22/366-chinese-rounded-up-in-bavet/amp/?fbclid=IwAR0Abzr-NZjL8M18T4W23zAqsAo65wJzfSN2eFzMvXuz2EzWo0nb2OzhuPI&__twitter_impression=true
Svay Rieng:2019年8月21日の夜、Svay Rieng州警察と協力して出入国管理局の警察が、Svay Rieng州Bavet町Bavet Kandal村にある8階建ての建物に滞在している350人以上の中国人を検査し、拘留しました。
 
27人の中国人は法的文書を持たず、中国の指名手配者リストにも載っていました。
 
令状を持つ中国国民は拘留され、尋問とフォローアップ手続きのために入国管理局に送られました。
 
中国当局のリストに名前が含まれていない合計339人の中国人は、合法的に働くことを許可するための正しい文書を作成するために1週間滞在を許可されました。
=============
 
 
犯罪者の27人は送還、残りの339人は、就労ビザが無かったので、そのために一週間待たされるんだが。
 
結局そのまま働けるって事だよね。
 
カンボジア、緩いわ。
 
 
カンボジアはますます、中国人の天国ですわ。
 
フンセンは、中国に国を売り渡す気でいるんじゃないかねえ。
 
お金を出して、その手伝いをしてるのが、日本の外務省です。
 
 
今回は8階建てのビルだったんだが。
 
そのうち、中国人犯罪者集団の町が、出来るんじゃないかと。
 
たははー
 
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頑張れ日本!
日本人に生まれてよかった!
        
2019-08-25 06:00:00NEW !
テーマ:中国と朝鮮
あれだけの動画や画像があっても、逮捕しない。
 
話しを聞いて、リリースだと。
 
この男、また、日本女を狙って、ナンパ・暴行をするんだろうね。
 
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「日女性暴行「韓国の男性調査されて帰宅... 「暴行したことがない」
2019-08-24 17:23
https://www.yna.co.kr/view/AKR20190824025452004
 いわゆる『弘益大日本人女性暴行』動画と関連して、加害者と指目された韓国人男性が警察に出席して調査を受けた。
 
ソウル麻浦警察署は24日午後、韓国人のA氏を警察署に呼んで調査した後に帰宅させた。
 
A氏の身元を確認した警察はこの日午後1時頃、A氏の家に捜査官を送って警察署に任意同行したことが伝えられた。
 
 調査を終えた後の午後3時40分頃、黒いマスクと帽子を着用したまま警察署を出てきたA氏は暴行を認めるのかという取材陣の質問に「暴行したことは無い」と答えた。
 
また、撮影された映像に対しては「操作された物で、暴行したことは無い」と容疑を否認した。
 
 警察は動画に登場した日本人女性もこの日午後に呼んで被害事実を確認している。
 
 前日SNSで公開された動画には、路上である男性が映像撮影者を脅迫的に追いかけてきて、日本人と女性を卑下する表現と悪口を言う姿が収められていた。
 
 問題の動画の中で男性が女性と見られる被害者を暴行する写真も一緒にアップされて議論が拡散した。
 
 被害者側は弘益大前を通り掛かった中で問題の男性が後を付けてきて、無視すると悪口と暴行をしたと主張した。
 
この写真をアップしたTwitterユーザーは日本語で「韓国人が暴言を言って差別的な言葉を続けた」として「動画を撮っていると突然駆けてきて髪の毛を引っ張って暴行した」とした。
 
その上「韓国の治安は非常に悪い」と付け加えた。
 
 警察は「日本女性が韓国男性に暴言・暴行される映像と写真がSNSにアップされた」という申告を受け付けて真相把握に乗り出した。
=============
 
 
やったのが韓国人で、やられたのが日本人女性(または女性)だと、韓国では、被害者を粗雑に扱うんだろうね。
 
 
ネット民が、色々調べてるんだが。
 
やられた女は、在日だとか言ってる奴が居るんだが・・・・確証がない。
 
在日でも日本人でも良いけど、女性だけで韓国行くと、こういう目に遭うかもって事を、考えて置くべきだわ。

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これは抗日義士

反日無罪キタ━(゚∀゚)━!

「日本の経済報復が許せなかった」て言えば全て無罪

旭日旗が見えたでもいいね

反日無罪

外務省危険レベル上げろよ

 フェイクかーw
どうやって作るんだそんなのw

文明のない未開の地に行くから…

日本人に対する暴行なんて罪になるかよ笑笑笑

反日無罪
 韓国では当たり前の常識で、そんなところに行く方が悪い

 そもそも日本人が謝罪しないことが原因

頭おかしい地域

ついにこの手の事件が起ったか。ヘイトって見苦しいね

これ日本のメディアは全然報道してないの?

抗日の英雄の凱旋

なっ、韓国警察はまともに相手してくれないだろ
こんな韓国に高校卒業後に家出して、韓国人の恋人を作って韓国に住む双子の姉も姉なら
新大久保で韓国人男性に暴行を受けたのに韓国好きを公言し、何度も韓国人に行った挙句に再度暴行を受けて、韓国人が日本語と韓国語で罵倒している内容を理解しながら、韓国語が喋れないからと言う理由で当初韓国警察に訴えず、在韓日本大使館にも連絡を取らないことの理由もなぜか説明しない双子の妹も妹だわ、0才から仲の良い幼馴染の男性も釣り目一重瞼だし

日本大使館に助けを求めないのは在日だから?

韓国警察になぜ行かなかったのか?との質問には、韓国語が喋れないからと答えていたが
大使館に行かなかったのはなぜか?との質問には、なぜだかノーコメントだしな

姉ちゃんの恋人に一緒に警察に行って貰えば良かったのにね、おかしいよね。

つまり姉も姉の恋人も双子の【 妹を助けなかった 】という
コリアンって薄情じゃん
イアンフは日本人から金が取れるから騒ぐけど
こういうのは金を取れないから黙るのかね
イアンフが連行されて騒がなかったコリアンと同じだな
コリアンはやっぱり金目なんだな

周りの韓国人が誰も助けなかったから、同伴した友達が、姉に連絡して、妹を姉と恋人が一緒に助けたそうだよ。

韓国語を喋れないから当初、韓国警察に行かなかったという理由だけれど、普通、姉かその恋人かが警察呼ぶよな
しかも、本人は、日本語と韓国語で罵倒されたってこと理解してるし

暴行受けたマヌケ女は韓流キチガイで韓国男に暴行されたのはこれで2回目だそうだな、
これで韓国って国、韓国人って人種がどんなものか目覚めなかったら本物の馬鹿だわ。

在日だから韓国人の事を擁護するんじゃね?
在日は韓国朝鮮の事を擁護する、日本の帰化議員とか

韓国に住んでいる双子の姉に友達連れて観光がてら会いに行ったとか
しかも韓国に行くのは初めてじゃないとか

結局被害者が在日というソースはないの?
 煽り運転で犯人に仕立て上げられた女性もいたからコメント慎重にしないと
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日本人に生まれてよかった!
        

狼魔人日記より転載

■究極の逆転向者ー富村順一■

2019-08-25 07:48:03 | ★改定版集団自決
■究極の逆転向者ー富村順一■
前回、極左作家富村順一氏の恐喝に屈して『鉄の暴風』の記事を人目を避けるように削除した沖縄タイムスは、その歴史に致命的汚点を残したと書いた。
口止め料として50万円を脅し取った上、タイムスの願いを踏みにじって自著で「削除記事」を暴露し大儲けをした富村順一氏について今回も触れる。
現在大阪西成区に在住の元極左活動家、富村順一氏は、係争中の「集団自決裁判」には不自由な車椅子の体を押して大阪地裁まで来て、梅澤・赤松両元隊長の無実を訴え、大江に謝罪を求める文書を配布した。
それまでの極左的発言から、ドラマチックな「転向」をし、原告側応援団の仲間入りした富村氏は、それまでの作家として、あるいは沖縄の「文化人」としての安逸な生活を失ってしまった。 
富村氏が「転向」の代償として受けたのは社会的経済的マイナスの他に、「裏切り者」として左翼集団による肉体的暴力だった。その結果現在車椅子生活を強いられている。
富村氏は、左翼集団の暴力により、手にも損傷を受け、原稿を書くことさえママならない状態であるという。
■富村氏が極左作家になった経緯■
富村順一氏は1930年5月3日、沖縄県国頭郡本部に生をうけるが、生来の反抗心から学校でトラブルを起こし小学校二年で放校となる。
15歳で終戦を迎えるが、戦後は窃盗、暴力行為と刑務所の出入獄を繰り返し、1955年保釈中にクリ舟で米軍統治下の沖縄を脱出し、奄美徳之島経由で島伝いに鹿児島に上陸する。
以後全国を放浪するがその間も犯罪を繰り返し、各地の刑務所の出入獄をくり返す。
1970年7月8日、「70年安保騒動」に刺激をうけ、「東京タワー占拠事件」を引き起こす。 
その日、富村氏は牛刀二丁を手に、たまたま東京タワー見学中の米人宣教師を人質にとり、タワー特別展望台を占拠して、次のように叫んだ。
「日本人よ、君たちは沖縄のことは口をだすな」
「天皇は第二次世界大戦で300万人を犠牲にした責任をとれ」
「沖縄の女性みたいに、正田美智子も売春婦になり、沖縄人民のためにつくせ」
結局、逮捕、起訴され、懲役3年の実刑を受けるが、公判中その過激な言動に共鳴した左翼弁護士の支援団体が結成され、獄中で弁護団と交した手紙が『わんがうまりあ沖縄」(富村順一著 拓植書房 1972年)として出版されることになる。
出版日が沖縄返還の日の直前という話題性と、特異な犯罪を起こした沖縄出身者という好奇の目もあったが、そのたどたどしい日本語の文体をそのまま校正なしに出版したことが読者の興味をそそり、この手の本には珍しく重版を続けベストセラーの仲間入りをする。
ちなみに同書の前書きには「富村公判対策委員会 富村順一手記編集委員会」の名で次のような解説が付いている。
○原文中、ら行とだ行の置き換えが、たとえば「やられる」が「やだでる」のように用いられています。これを17頁〜35頁までの間のみ、ルビをつけ例としました。 それ以降は原文のままにしておきました。
○原文の漢字の誤用はカタカナに書きかえました。しかし、これはすべてではなく、誤解をまねくものを主にし、本人の原文中、カタカナで記されているものとの区別はつけません。
○送りガナはあえて統一しませんでした。
○原文中、促音がないものが大部ありますが、それも原文のままです。
○原文中、「   」の部分を傍点をつけ、「    」をはずしました。
支援弁護団と出版社の描いた「小学校もろくに出てない虐げられた沖縄人が書いた日本に対する抗議の書」、といったイメージは見事成功した。
同書の成功以後極左集団の支持を受け、次々とサヨクが狂喜するような過激なテーマの出版を続け、沖縄に戻っても沖縄タイムスを始めとする左翼メディアや左翼文化人にちやほやされ、講演会や執筆活動に追われるようになり、すっかり沖縄左翼のヒーロー的存在になる。
富村氏の著作を拾ってみても沖縄の左翼文化人が喜ぶような過激なそのタイトルが並んでいる。
『沖縄にとって天皇制とは何か』沖縄タイムス社 編。 沖縄タイムス社。 1976。 タイムス選書 
『沖縄戦語り歩き 愚童の破天荒旅日記』 富村 順一 編著。 柘植書房。 1995。 
『沖縄戦に散った愛 天皇の押し花になった子供たち』 富村 順一 著。 JCA出版。 1982。 
『隠された沖縄戦記』 富村 順一 著。 JCA出版。 1979。 
『韓国の被爆者』 富村順一 著。 JCA出版。 1980。 
『皇軍とアイヌ兵 沖縄戦に消えたアイヌ兵の生涯』 富村 順一 著。 JCA出版。 1981。 
『最敬礼拒否の足跡 戦犯天皇を裁く』 富村 順一 著。 破防法研究会。 1974。 
『十字架と天皇。 富村 順一 著』 たいまつ社。 1977。 (たいまつ新書18)。
『富村順一氏意見陳述集 「東京タワー事件」』 富村 順一 著。 富村公判対策委員会。 1971。 
『もう一つのひめゆり部隊 −戦後沖縄の売春婦−』 富村 順一 著。 JCA出版。 1982。  
 『琉球慰安婦 天皇制下の闇の性』 富村 順一 著。 JCA。 1977。  
 『わんがうまりあ沖縄 富村順一獄中手記』 富村 順一 著。 柘植書房。 1972。  
                    ◇
富村順一氏の人となり知るための参考に、本人を良く知ると思われる人物のネット記事を次に紹介する。
毎年この時期になるとなぜか三人の人間のことをおもいだす。ひとりは沖縄人であり、ひとりは日本人であり、そしてもうひとりは韓国人だ。ふたりはすでに故人となられ、もうひとりは消息が掴めない。▼最初に出会ったのは沖縄生まれの富村順一というヤクザものだった。二十代初めのころのことだ。どのような経緯から知り合うことになったか判然としないのだが、当時さかんにおこなわれていた新左翼系の集会の場ではなかったか。ごつい身体に野獣のような精気をみなぎらせ真っ黒に日焼けした四角い顔で手刷りのパンフをひとり頒布していた。パンフには『死後も差別される朝鮮人』というおだやかならざる表題が付いていた。好奇心から手にとってみた、そこには沖縄の離島のひとつで第二次大戦末期に日本軍によって島の住民多数が虐殺された事件のことが記されていた。そのなかには乳児までが日本軍によって斬り殺された在日朝鮮人一家・具仲会さんの名前があり、彼が訴えていたのは、そのことだった。「オレは沖縄人だが、在日朝鮮人は日本人に差別され沖縄人にも差別されている、住民虐殺のあったその島でも朝鮮人故に同じ虐殺遺族の人たちからも避けられてしまって居るんだ、二重三重の差別の実態をオレは告発したい」と富村はわたしに熱っぽく語りかけた。そうしたことからわたしも彼の運動に協力することになったのだった。▼沖縄出身のフリーライターの友人が居て彼もまた富村の主張に共鳴し参加した。やがて運動はひろがって、虐殺の地に無念の想いのままに死んでいった被害者たちの石碑を建てることになった。それはけして「慰霊の碑」ではない、むしろ死んでいった人びとの恨みを刻んだものであるべきだということになり、『痛恨之碑』と名付けることになった。
                   *
 
嘗て「東京タワ-事件」というのがあった。1970年7月8日の『朝日新聞』に「8日午前11時半ごろ、東京芝公園の東京タワ-特別展望台(地上250メト-ル)のエレベ-タ-前で、男が刃物を持ち『韓国人と20歳以下の者はおろしてやるが、日本人と、アメリカ人はおろさない』とわめいていると愛宕署に連絡があった。20人ほどいた客をエレベ-タ-で降ろしはじめたとき、男は新潟市の日本ル-テル教会宣教師ヒンズ・ダビテさん(39)のところへ男がかけより、ダビテさんの首に刃渡り20センチの包丁をつきつけた。愛宕署員が『刃物を捨てろ』と説得する一方で、さらに応援がかけつけ、約15分後にすきをみてとびかかり、警棒で包丁をたたき落とし、脅迫、銃刀法違反で逮捕した。調べに対し男は沖縄・本部東区富村順一(40)」と報じられていた。
1972年発行の富村順一公判資料『怨念は永遠に』によれば、事件当日の富村はシャツに「日本人よ君たちは沖縄のことに口を出すな」「天皇は第二次大戦で200万人を犠牲にした責任をとれ」と書いていたという。また、意見陳述では『天皇の娘である島津貴子や皇太子の妻美智子も皇后も、天皇や皇太子の前で米軍に強姦させてみたい」と述べたという。
 
私はこの資料を『青い海』大阪編集室で見た。編集長の津野さんから色々来と話を聞かされたが私には関心がなかった。あんなことで世の中が変わるのか、というのが正直な感想であった。大阪でも沖縄でも敬愛する先輩たちが富村裁判の応援に名前を連ねていた。
1974年発行の沖縄婦人連絡会議なるビラには「富村の女性解放への敵対を糾弾する、
また、白老出身のアイヌ・ウタリは「どうか我らウタリよ、この富村順一なるシャモ(蛆虫)にだまされないでください」などと富村への批判が続出した。
私は、1989年ごろ、大阪ナンバ高島屋前で富村順一を見かけるようになった。このとき貰った名刺には『新日本文学会/富村愚童」とあった。駅のタバコ自動販売機でピ-スを買ってあげると色々と話(「新川明の弱みをにぎっている」など)をしてくれたが、詳細は省く。数日後、富村は自分の本の宣伝をしながら、自分が載っているいる新聞記事(新聞名不詳)コピ-をくれた。新聞記事の題は「さがし続けた夏」で「富村順一、沖縄出身。62歳。かつて、新左翼から「反権力」の象徴にまつり上げられたことがある若いころは、ならず者だった。胸に骸骨、背中に竜の入れ墨がある。『骸骨の順』と呼ばれた。(略)
 
【おまけ】
沖縄タイムス・コラムに掲載された富村順一氏に関する記事。
1973年は沖縄返還の翌年である。
 
  沖縄タイムス  唐獅子
  意識した熱狂を
 
わたしでないわたしが走り出し、ブレーキがきかなくなり、意味のわからないことを口走り、行動をとり始める。いま思うと、子どものころからその傾向があったが、政治運動に参加するようになってから、とみに顕著になった。
60年安保闘争のころ、学生大会や政治集会においてもそうであったし、市議会議員に立候補したのも、その後の諸々の闘争においても<いけない、いけない>とブレーキをかけても、暴走するのが常であった。 そんな自分に気付き、壁に<衆人みな酔い、われひとり醒めたり>と<闘いの中にあり、闘いの外に立つ>を貼ったが、結果はやはり狂気じみたものであった。
マックス・ヴェーバーが「職業としての政治」で述べている<政治状況への冷徹な厳しい認識><いかなるものにも挫折しない堅い意志>を持つ職業政治家(革命家)というものに、わたしは、羨望しつつも冷徹で透徹した頭脳による醒めた判断と行為、<白鳥の声など聞こえない(庄司薫)><狼なんかこわくない>といいきれるそのさまに、どうにもやりきれない嫌悪感と劣等感を抱く。
ところで、沖縄の政治(革命)家は、どうであろうか。憤死した謝花昇、「ズル顕」こと宮本顕治にまんまとやられた徳田球一、東京タワー占拠事件の富村順一、二宮尊徳像破壊の大城俊雄、皇居突入の沖青委、国会正門激突死の上原安隆、国会への爆竹投下の沖青同。彼らに共通した沖縄的なものがありはしないか。政治外の日常生活においても、衝動・唐突、大胆・狂気としか思えぬ行動をある日突然行う傾向を沖縄の民は多く持っているのではないだろうか。ロシア革命での作家ゴリキーの悲鳴に似た心やさしいひよわさ、私小説風にいえば、破滅型としかいいようのない傾向を沖縄の民は宿命的に持っているのではないだろうか。お人好し丸出しで痛々しい屋良朝苗知事、背伸びしながらシドロモドロな演説をする国場幸昌議員、両氏の演説の中に自分自身の類型を発見しない沖縄の民は少なくないだろう。
先日、石川県金沢市で富村順一氏から渡された小論文の題名が『浮んだ舟は走る』。わたしは中野重治の『歌のわかれ』を思い浮かべながら、「こんな歌をうたってはいけませんよ」といったが、富村氏の言動に自分自身の多くを見た嫌悪感がいわせたものだった。
さて、沖縄の民は、冷徹な立ち振る舞いなど出来ないのだから、貧乏くじ引き引き意識しながら、熱狂であろうではないか。
 
沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
PHP研究所

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コメント


自民党の石破茂は本当にバカというか、北朝鮮に女をあてがわれ逆らえないという疑惑を信用したくなる人物だ。
石破茂は23日付の自身のブログで、
火病韓国が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を決めたことについて言及し、
「日韓関係は問題解決の見込みの立たない状態に陥った。わが国が敗戦後、戦争責任と正面から向き合ってこなかったことが多くの問題の根底にあり、さまざまな形で表面化している」と分析した???
まったく意味不明だ。

大東亜戦争敗戦に至った責任の所在を明らかにし、
欧米列強のアジア侵略に立ち向かった日本が、敗戦に至った経緯を明らかにするというのなら、東京裁判史観からの脱却という意味では正しい。
 
ところが、石破茂は軍事オタクだが、靖国神社を否定する政治家だ。
東京裁判史観にどっぷり浸かる歴史観であり、
日本が侵略戦争をしたという戦勝国史観からの発想だからおかしいのだ。
 
石破茂は、明治維新後の日韓関係を再考する必要性を強調し、
「(ナチス・ドイツの戦争犯罪を裁いた)ニュルンベルク裁判とは別に戦争責任を自らの手で明らかにしたドイツとの違いは認識しなくてはならない」とも指摘した。
 
ドイツはナチスの行為を反省したが、
第二次大戦に関しては謝罪などしていない。
 
平成30年11月30日、早稲田大学で講演した石破茂は
「独立国だった韓国を併合し、名字を変えることが行われた。そういう歴史があったことをどれだけ認識するかだ」と自身の歴史観を披露した。
 
一方的な韓国人の歴史観を肯定した石破茂の歴史観だ。
この人物に日本の首相になる資格はない。
創始改名は強制ではない。
朝鮮半島併合への過程を、韓国史観で読み解けるほど、当時の朝鮮は立派な国ではなかった。せめて現在の韓国くらいの矜持と意地があれば、日本が併合する必要もなかっただろう。
 
本当に石破茂は北朝鮮に女をあてがわれ、逆らえない腐った政治家なのだろうか?
大東亜戦争を侵略戦争と否定し、靖国神社を否定する政治家。
石破茂の歴史観は日本の政治家に相応しくない人物には違いない。
 
日韓外交が日韓紛争と対立を鮮明にしていく時に、
韓国よりの発言や、
北朝鮮よりに発言する人物を要注意する必要がある。
 

私的憂国の書より転載

朝日新聞の社説の読み方

 ← 応援クリック、ありがとうございます。

 北朝鮮が昨日、日韓のGSOMIA決裂を嘲笑うかのように、ふたたびミサイル2発を発射した。米韓軍事演習中に、抗議の意味を含めて発射するならまだしも、今回は演習終了後の発射だ。北朝鮮としての、日韓の明確な決裂に対する祝砲だったのかもしれない。

 このミサイルに関する南鮮軍の発表は日本政府の発表から30分遅れだったという。そして、南鮮軍はミサイルの飛行距離を約380km、最高高度は約97kmと発表したが、日本の防衛省が発表した飛行距離(約400kmと350km)とは異なっている。どちらの分析の制度が高いかは推して知るべしだが、こういう事態が続けば、反日政策を国民の安全に優先させたことを南鮮国民が知る日も近くなる。まぁ、それを知っても反日から抜け出せないのが彼らだ、ということもできるが。

missle-30min-late.jpg

 さて、22日の青瓦台の発表を受け、産経と毎日は23日の社説でこの事案を採り上げたが、朝日と読売はスルーした。読売のスルーはこの際脇に置くが、朝日が採り上げなかったのはどういうわけだろう。日韓関係の悪化に最も敏感なのは朝日新聞である。それは、国家間関係の悪化を安倍政権の失政として利用したいためで、朝日は何かが起きるにつけ、一応の体裁上は南鮮を批判するものの、日本政府にも等しく対応を求めてきた。今回、朝日が脊髄反射できなかった理由は定かではないが、一日遅れで出てきた社説「日韓情報協定 対立拡大の連鎖を断て」は、相変わらずの論調だから笑えてしまう。

 脅威に立ち向かううえで最も肝要なのは、米韓日の結束であり、3国政府はそのための調整を長年重ねてきた。今回の日韓協定もその財産の一つであり、両国の防衛当局がこれまで双方に有益だと認めてきた。

 まず、日米韓の三国を「米韓日」と表記する意味が分からない。二国間は日米、日韓であり、それが三国となれば日独伊、日中韓、日米韓と表現するのが標準だ。この社説を書いた人物の国籍はどこだ?という疑問を持つ人は、私だけではないはずだ。

 安倍政権は輸出規制強化の理由に安全保障面の問題を掲げたが、今回の文政権はそれを逆手に協定破棄に踏み切った。歴史問題から、経済、安保へと広がる対立の連鎖を断ち切らなくてはならない。

 この部分もある意味、独特だ。それは、「歴史問題から、経済、安保へと広がる対立の…」の部分に主語がないのだ。「南鮮は」というならわかる。しかし、朝日が経ち切れと主張しているのは、「対立の連鎖」だ。対立とは、二者の立場が異なることによって起こることだから、この文章を普通に読めば、朝日が対立を断ち切れと言っている相手は「日韓両国」と読む以外にない。つまり、朝日は日韓両国を等しく叱っているのだ。

 文大統領は今月、植民地支配からの解放を祝う日の演説で、厳しい日本批判を控えた。だが報復合戦の根本にあるのは徴用工問題であり、この懸案を少しずつでも進展させなければ関係改善は望めない。

 日本が輸出規制で韓国に対する優遇措置を外すのは、今月28日。そして、日韓の情報協定が効力を失うのは11月23日。これらの日程もにらみつつ、両政府は徴用工問題への対応策を落ち着いて話しあうべきだ。

 社説の締めの部分である。朝日は日韓両国に対し、交渉のテーブルにつけと言っている。しかし、これも噴飯ものだ。問題の根源は、国際法違反の状態を続けている南鮮にある。しかも、「ホワイト国除外は、徴用工訴訟問題に対する日本の報復」という論が筋違いであることは、拙ブログでも他のサイトでも散々指摘されてきたことだ。結論から言えば、交渉も、話し合うべき対策もないのである。

 朝日の社説には、読者が流し読みすると騙されてしまいそうになる仕掛けが、このように埋め込まれているのだ。だから、朝日の社説は読み込んだ方がいい。朝日新聞嫌いの私が毎朝の日課にしている社説熟読は、敵を知る上では、苦痛は伴うけれども、あながち無駄な時間ではない。


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[ 2019/08/25 07:22 ] メディア | TB(0) CM(0) 

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