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仏事についての疑問質問5  「喪に服す」とはどういうことか?  Part


  家族が亡くなり、親戚の方から「喪に服さなければならない。」と言われましたが、どのようにすれ  ば良いでしょうか。


  広辞苑によれば、「喪」とは「人の死後、その親族が一定期間世を避けて家に篭もり、身を慎むこと」とあります。これは、民俗信仰から来た言葉です。古来から日本人は死を恐れ、死体を恐れてきました。それは、死によって死者の体がケガレ、その家も親族もケガレてしまうと考えてきたからです。死のケガレが無くなるまで一定の期間が必要であり、その期間中身を慎むよう強いられてきたのです。
今日でも、「葬儀に参列したから(死のケガレが付いたから)、正月が出来ない。」とか「親族が亡くなったから、知人の結婚式には出れない。」と真顔で言う方がかなりおられます。
「死によって死者がケガレ、その親族がケガレるから身を慎まなければならない。」という考え方は、仏教の教えではありません。服喪という言葉で他人の行動を縛りつけるのはおかしな事です。

「喪に服す」という行為そのものが間違っている、と言うのではありません。これは、各人が自発的に行うことだと思います。ケガレていると言う俗信から他者の行動を規制するのは間違っている、と言うことです。
 服喪に関する質問には関連して、その期間について質問されることがあります。仏教の立場から「何日間が正しい。」「何日間は家に篭りなさい。」と言うことはありません。神道的な立場から、明治七年に政府が太政官布告で期間を定めており、神社や葬儀社のホームページなどではこれを参考にして服喪の期間を解説しているようです。一応の参考にはなるかもしれませんが、これは絶対的なものではありません。
 ある檀家さんが家族の葬儀が終わった際に葬儀社の方(一応、社長だったらしいのですが)に「旅行の予約をしていたのだが、どうしたら良いだろうか?」と相談したら、その社長は「今は喪中だろうが、皆んな旅行に行っていますよ。かまいませんよ。」という答だったとのことでした。そして、私に「そういう答でしたが、どうでしょうか?」と聞いてきました。葬儀屋さんの答が「赤信号、みんなで渡れば、大丈夫」的な答だったことに、あきれてしまいました。一応、その檀家さんには私なりの考えを説明しましたが、具体的な内容については次回に詳しく申し上げたいと思います。

 服喪ということについて仏教の立場からどう考えるべきか、今回は総論的なことをのべさせていただきます。

 仏教的に「喪に服す」とは、追善また精進という行であるべきだと思います。故人の冥福を願って、何か善行を積む。供養の為に、自発的に自分なりの修行を始める。そういう意味での服喪なら、たいへん良いことだと思います。



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