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人間の長い間の食生活の基本に戻る食事療法は、がんの予防、がんの再発防止に適している。未精製の穀物主体の食事にし、野菜や海草をしっかり摂り、肉や乳製品はほどほどにする。これが食事療法の基本と言っていい。
世界がん研究基金が1997年に「がん予防のための提言」を行っている。その中で、食生活に関しては、精製度の低い炭水化物、野菜・果物・豆類を積極的に摂り、砂糖、アルコール類、肉類、動物性脂肪、塩分などは控えめにすることが提言されている。
また、ハーバード大学のウォルター・ウィレット教授が、2001年に作成した「ハーバード大学健康食事ピラミッド」(図1参照)でも、まず、運動をして体重をコントロールすることを重視した上で、積極的に摂るべきは、未精製の穀物・植物性オイル、野菜・果物、ナッツ・豆類、魚・鶏・卵の順になっている。
逆に、赤肉・バター・白米・白パン・ジャガイモ・パスタ・菓子類はできるだけ少なく、乳製品・カルシウムなどはほどほどにと位置づけられている
人間よりずっと多様な植物の遺伝子
ファイトケミカルという言葉をご存知だろうか。ファイト(phyto)とはギリシァ語で植物を、ケミカルは英語で化学を意味している。つまりファイトケミカルとは植物に含まれる化学成分を意味している。
こんなことを話したのは他でもない。今、このファイトケミカルが、がん患者さんの食生活を考えるうえで、重要な意味を持つ食品として注目を集め始めているのだ。
「これまでもがん予防に効果のある食生活については多様な提言が行われてきました。しかし、がんを患った人たちに好ましい食生活については、ほとんど何の研究も行われてこなかった。さまざまな健康食品ががんに効くといわれますが、エビデンス(科学的根拠)という点では不透明な部分が少なくない。そうしたなかで、ファイトケミカルの抗がん作用が徐々に明らかにされ始め、その効用に対して期待が高まっているのです」
と、語るのはハーバード大学でファイトケミカルのがん免疫と生化学の研究に取り組み、現在もセレン・クリニック診療部長として研究を続けている高橋弘さんだ。
この植物の知られざる食効について、高橋さんはこう語る。
「植物というと動物に比べた場合に、下等な生物という印象が持たれているかもしれません。しかし、じっさいのところはまったく違っています。植物には過酷で流動的な環境変化のなかで発芽し、成長を遂げるために動物にはない、さまざまな自己防衛機能が内包されています。たとえば植物の種子には、雨風にさらされる野ざらしの状態で、腐敗を抑えるとともに動物に捕食されないよう、酸化を抑える抗酸化成分や動物を遠ざける匂いや苦味の成分などが含まれています。
こうした自己防衛システムが内包されていることもあるのでしょう。植物の遺伝子は人間の3万5000をはるかに上回る4万種類にも達しているのです。そして、そうした自己防衛機能をはじめとする機能性成分がファイトケミカルと呼ばれているのです」
ファイトケミカルとは
ファイトケミカルとは具体的にどんな食品のどんな成分を指しているのだろう。
もっともわかりやすいのが、以前、その抗酸化作用が話題になった赤ワインに含まれるポリフェノールと呼ばれる色素成分だ。ちなみに緑茶に含まれるカテキンもこのポリフェノールの一種である。さらに大豆に含まれるイソフラボン、ニンニクに含まれるイオウ化合物もファイトケミカルの一種だ。
高橋さんによると、現在、存在が確認されているファイトケミカルは約900種類。しかし分子構造をもとに推測すると、存在の可能性は1万種類にも達するという。
植物には未だ知られざる食効が潜んでいる。それを解き明かすことが、がんの抑制につながっていく可能性も決して小さくはなさそうだ。
[ファイトケミカルの代表例]
スルフォラファン ブロッコリー キャベツ
メチルシステインスルホキシド ニンニク ネギ
ポリフェノール 赤ワイン
リコピン スイカ トマト
イソフラボン 大豆
リグナン ゴマ
カテキンやタンニン お茶
カロテン類 緑黄色野菜に含まれる
アントシアニン ブルーベリー
テルペン類 かんきつ類の苦味や香り成分
オイゲノール バナナ
緑黄色野菜だけでなく淡色野菜にも多く存在する 段階ごとに発がんを抑える
じっさいにこのファイトケミカルにはがんを抑えるどんな働きがあるのだろう。その前にまずは、発がんから増殖・転移に至るがん発症のプロセスを簡単に見ておこう。
現在ではがんは何段階ものプロセスを経て進行する多段階発がん説が主流を占めている。
そのなかでイニシエーション(初期段階)では、活性酸素をはじめとしてニコチン、タール、ベンツピレン、ウイルスなどが細胞内の遺伝子を損傷して、がんの前段階である「がんの芽」を形成する。
もっとも通常の場合には、免疫細胞の働きで「がんの芽」は消失する。しかし免疫機能が低下し、タバコ、アルコール、食塩、脂肪、インシュリンやエストロゲンなどのホルモン、活性酸素の作用が加わると、「がんの芽」は臨床がんへと発展する。これが第2段階のプロモーションだ。
そうして次のプログレッションという段階では、さらにがんは活発に増殖を繰り返し、その一部は血流などに乗って、体内の他の部分にも転移していく。その時にはがんは血管を破り、転移する部位の正常細胞を破壊する。
こうしたがんの進行を抑えるには、発がん物質やがんの促進物質の作用を抑えるとともにがんを撃退する免疫機能の強化も求められる。高橋さんがファイトケミカルに注目しているのも、こうした抗がん作用の強力さによるものだ。
「ファイトケミカルのなかには、強力な抗酸化力や免疫賦活作用を持っているものが少なくない。それらをバランスよく摂取することで、がん予防はもちろん、すでに発生したがんの抑制にも効果があると考えられます」
と高橋さんは語る。
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