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マラソン競技の由来が古代ギリシャにある、ということは良く知られていますね。マラトンの戦いで勝利をおさめたアテネ軍の一人の兵士がアテネの城門まで約40キロを走り、「わが軍の勝利」を告げて息絶えたという故事によるそうです。さて、アテネが勝ったのはわかるのですが、どこの国がマラトンで敗れたかご存じでしょうか? わかる方は古代史通ですね。 答えはアケメネス朝ペルシャで、遠征したのは皇帝ダリウス1世の甥のマルドニウス、紀元前490年のことでした。[第二次ペルシャ戦争] 今のイランとギリシャは相当離れているのになぜペルシャ軍がそんな所に居たか、不思議に思いませんか? アケメネス朝ペルシャは世界初の帝国と言われています。中国やローマよりも古い今でいう「超大国」で最盛期にはインドからエジプト・マケドニアまでの23カ国を支配下においていました。民主主義の発祥地、ギリシャもその射程に入っていたわけです。ペルシャ軍は何度も戦争をしかけて侵略を計ったのですが、アテネはスパルタと同盟を結んで対抗、[第三次ペルシャ戦争] ついに撃退したのです。 ※下は貢ぎ物を持って並んでいる各国使節のレリーフ。ペルセポリス宮殿謁見の間への大階段の壁です。 アレキサンダーの遠征はマラトンの160年後のことです。ペルセポリスの炎上は、ペルシャ軍がギリシャ神殿を破壊したことへの報復なんだそうです。当時のペルシャの宗教はゾロアスター教です。キリスト教も仏教も、イスラム教もまだない頃の話です。
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炎上って見ると最近はブログのことかと思ってしまう
2005/4/25(月) 午前 7:31 [ 加藤晃生 ]
ブログ炎上??なんですか? 現実には遭遇したくないですけど、なにがあるかわかりませんね・・・
2005/4/27(水) 午後 2:23
☆⌒(*^ー゜v thanks!!こちらもこちらも宜しくです!
2006/10/8(日) 午後 1:39 [ MIY ]